夏祭り当日。集まったのは、この前の探検をしたときのメンバーだった。―――ただ一人、樹を抜いて。
「樹は用事があるから行けないらしい。仕方ないね」
そう言った零は、黒地の浴衣を着ていた。今井さんも白地の浴衣を着ている。
「じゃ、回るか」
イチがそう言って、僕らは歩き出した。
相変わらずの人の多さ。どんどん人が溢れかえってくる。
食べ物を焼く煙と熱気、人のざわめきが僕を襲う。
(それでもマシになったなぁ)
昔はすぐダウンして、吐き気が襲ってきたものだ。
(それで冬姉におぶられて家へ帰ったんだ)
「お前、夏祭り苦手とか言ってなかったっけ。平気なの?」
イチが聞いて来た。僕は小さく笑うと、平気になったよ、と答えた。
「成長したなぁと思うよ」
「まあな、もう半年で卒業だし。人は変わるよな」
「……そうだね」
「それにしても樹、残念だったよな。夏祭りとかあいつ、好きなのにさ」
―――樹。用事があると言って来るのを断った樹。
「まあ、まだ夏祭りはあるし、そのとき誘えば良いんじゃないかな」
「まあな。そういや、零と今井は?」
「カキ氷のところ並んでるけど」
「ええっ、俺も食べたいのに! なんで一言言わないんだよ」
はぁ、とわざとらしくため息をつき、イチは苦笑した。そして、ぼんやりと呟く。
「俺も昔、あんまり夏祭り好きじゃなかった」
「え?」
「いろいろあって。人が多くて、なんかいつもと違う空間は苦手だったんだ。だけど、今は凄く好き。この感じとか、なんとも言い難いけどさ」
だから、とイチは続ける。
「お前もきっと夏祭りが好きになるときが来るよ。この感じ、ってのが理解するときが」
「……そうかもね」
零と今井さんが駆け寄って来るのが見えた。零の右手にはカキ氷、左手にはフランクフルト。今井さんはカキ氷だけだ。
「おま、どんな組み合わせ? カキ氷食いながらフランクフルト食うの?」
「んなわけないじゃん、気持ち悪い。カキ氷は二人にあげるつもりで買って来たんだよ。ほら、スプーン二つあるでしょ?」
「ああ…って、二人で一緒に食べるのかよ?」
「僕はパスね。気持ち悪いから」
「いや、え、いや確かに気持ち悪いけどそれはひどい」
「あはは」
「乾いた笑いはやめてくれ」
―――樹も来れば良かったのに。
なんとなく、そう思った。
*
日は落ち、夏祭りも佳境へ入った頃。ポケットに入れてあった僕の携帯が震え出した。常にマナーモードなのだ。
「……冬姉?」
姉からの着信だった。急いでボタンを押し、人混みからならべく離れる。
「どうしたの?」
『さっき葛原君から電話が来たから、知らせておこうと思って』
「樹から?」
―――どうして、樹から僕の家に?
『貴方がいるかどうか聞いて来るから、今は夏祭りに行っていていないと答えたの。そしたらじゃあいいです、すいませんって言って切れた』
「え……」
『いつもと違った雰囲気だったけれど、何かあったの? それに、何か急いでいるように聞こえた。どこかに行くところで急いでいる、みたいな』
「どこかに行くところで急いでいる……」
『じゃあ、伝えたから切るね。夏祭り、せいぜい楽しんで』
せいぜいとは何だ、と突っ込む暇もなく切られた。だが、その暇があったとしても僕は何も言えなかったかもしれない。
(樹は用事があったんじゃないのか……? それになんで僕に電話を)
僕は呆然としたまま零たちの元へと戻る。
「電話か?」
「どうしたの? 大丈夫?」
イチと今井さんが聞いて来たが、僕は首を振った。
「ごめん」
「え?」
「ちょっと急用が出来た。悪いんだけど、帰るよ。僕の分までせいぜい楽しんで」
それじゃ、と続けて言って、僕は走り出した。僕の名前を呼ぶ零とイチの声が聞こえたけれど、構わず人混みに突っ込む。
樹はどこかに行こうとしているのは間違いない。姉の直感はなかなか当たるのだ。
(そのどこかがどこなのか―――僕なら、わかる)
僕は止めていた自転車を探し当て、急いで乗る。そして一気に漕ぎ出した。
向かう先は―――――古谷の森。
...ⅶに続く
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