「これは、友達から聞いた話なんだけど。そいつは友達と二人で学校へ行く途中だった。すると、向こうから赤いランドセルを背負った女子小学生が見えた。道の端を歩いていて、時折電柱に隠れて見えなくなる。そこまで狭い道ではないし、自分たちとその子以外、誰も歩いていないから、そんな端を歩かなくても良いのに、と友達は思ったらしい。
とにかく、その子は徐々に自分たちに近付いて来た。そして自分たちとすれ違った瞬間、電柱の奥にさっ、と避けたように見えて、そいつは振り返った。だけど、誰もいない。思わず立ち止まって辺りを見回したが、その子はいなくなっていた。その様子を見て、一緒に歩いていた友達が『どうしたんだ』と聞いてきたから、そいつは答えた。『向こうから小学生が歩いてきただろう? 今すれ違ったはずなのに、消えている』と。だけど、友達はいぶかしげにまた尋ねてくる。
『そんな子はいなかった。何が消えたって言うんだ?』
その女の子は友達には見えていなくて、そいつにしか見えていなかったんだ。
一体その女の子がなんだったのか、今でもわからないらしいよ」
ふっ、と樹は手前にあった蝋燭を消した。
「不気味だな」
「自分にしか見えないって言うのは、凄く怖い」
ゆらゆらと揺らめく蝋燭の炎以外、明かりは一切ない。まだ三人目の語りだが、徐々に口数が減っているのは明らかだった。
僕も確かに怖いが、それよりも気になっているのはイチの表情だった。イチは僕の対角、つまりは正面に座っていたから、表情がよく見えた。最初はそうでもなかったのだが、だんだんと無表情というか、よく見ると強張っているようにも思える表情をしているのだ。ただ怖がっている、というようには見えない。
一方、そのイチの左隣に座っている零は、薄い笑みを浮かべていた。単純に楽しんでいる事が覗える。今井さんや樹、ヨシュアの怖がっている様子を見るのが心底楽しい、といった感じである。柏木さんは相変わらずの無表情だ。
「次、夏婁」
反時計周りに順番は巡っている。零から始まり、僕の左隣が樹で、右隣が柏木さんであるから、四人目は僕だ。
「もう僕か、一巡するのも早そうだね。……怪談話とは違うし面白くはないだろうから、あまり期待してほしくはないんだけど」
「勿体ぶるなよ、期待するだろ」
「急かすなぁ。僕の話は殺人の話だ」
零とイチの顔が、視界に映る。
「一人の男性が自宅のベランダに出た。ふと外を見ると、見知らぬ男が女性を刺し殺していた。急いで通報しようとしたとき、その男と眼があってしまった。見知らぬ男は男性を指差し、指を動かしている。男性は『自分のいる階を数えている』と思った」
僕は唇を舐めた。
皆は僕の話を静かに聴き入っている。その瞬間、何故か自分たちが学生に戻ったような錯覚に陥った。錯覚に過ぎないのに、僕はそれを否定する事が出来なかった。
今、僕らは本当に学生の頃に戻っているんじゃないか。否、僕らは今学生で、この下らない百物語を、真面目に真剣に取り組んでいるのだ。
「これは、自分が異常犯罪者―――所謂サイコパス診断の一つだ。普通は『次はお前を殺す』とか思うんだけど、サイコパスの回答は『自分の部屋の回数を数えている』と思うらしい。本来なら、この話はここで終わりだ。だけど、この話は違う。サイコパス診断をしているわけではないからね。オチがある」
白けた静寂とは違う、心地いい静寂に包まれていた。
この部屋の外では遠くで猫が鳴き、風で木々が揺れ、車の音が響いているはずなのに、それらが一切聴こえない。
「女性を殺した男が、不意に手を下ろした。男性は眼が離せず、身動き一つ取れなかった。男がゆっくりと歩き始め、電灯の下を通ったとき、男性は見た。鋭い刃物を持って女性を殺したその男の顔は、自分とそっくり―――いや、自分そのものだったからだ。
男性は急にはっ、と気がついた。男性はベランダにいなかった。血のついた包丁を持ち、電灯の下に立っていた。傍らには自分が刺し殺した女性の死体。
『俺は、一体何を見たのだ』
彼が見たのは紛れもない、自分の姿。人は感情が高ぶり思考がめちゃくちゃになったとき、おかしな幻想を見るそうだよ。もしも、男がそのまま自分を通報していたらどうなったんだろうね? 彼は自分で自分を通報する事になる。
男は、殺人を犯す自分の姿を見たんだ」
ざわざわと木々のざわめく音が聴こえて、僕はほっとした。僕らは小学生でも中学生でもない。大学生、社会人。あの頃になど戻っていない。
「怪談では無いけれど、これはこれで怖い話ではあるだろう?
―――僕の話はこれで終わりだよ」
ふっ、と蝋燭を吹き消した。また暗闇が一つ、近付く。
「なるほどね、なんだか背筋がぞっとした」
ヨシュアが息を吐きながら呟く。
「前半のサイコパスの話は、私も知っていたけど。後半のオチは、実に夏婁らしいな」と、零。零ならサイコパスの話は知っているだろうと思った。
「人間の心理って俺は一番怖いと思うよ」
「同感だなぁ」
零は何故、百物語をしようなどと言い出したのか。
ふと、そう思った。
確かに零は無類のホラー好きであり、また楽しい事も大好きだ。久しぶりに皆に会えて、何か楽しめる事をしようと思ってもおかしくはない。
だが、そこで敢えて百物語。ネタがなければ尽きてしまう、酔っているとは言え、もしかすると白けた感じになってしまう事もありえたのだ。
何故、百物語なのか。
「次は、柏木さんだね」
薄い笑みを浮かべている零の顔が、眼に映る。
*
柏木さんとヨシュアの話が終わり、イチの番になった。イチが終われば、一巡してまた零の番となる。
「霊感の強い少年がいて、それはその子の話なんだけど」
実話なのか、フィクションなのか。そういう事は特に言及せず、イチは話を続けた。
「少年はその日暇で、近所の公園に遊びに行った。その公園はいつも賑わっている公園で、誰かしら友達がいるだろうと思って少年は行ったんだけど、何故かその日に限って人っ子一人いなかった。仕方ないから一人で遊び始めたんだけど、どうにもつまらない。そのとき、不意に声をかけられた。振り向くと、同い年ぐらいの少女が立っていた。
『一緒に遊ぼう』
見かけない子だな、と少年は思ったけど、暇だったから遊ぶ事にした。鬼ごっこや砂遊びなんかをして、二人は遊んだ」
公園でたった二人、遊んでいる光景が頭に思い浮かんだ。何故か、少年は幼いイチで、楽しそうに遊んでいる。
そういえば、この近くにもいつも賑やかな公園があるな、と思い出した。
「そろそろ遊び疲れたなと思ったとき、五時の鐘が鳴った。『そろそろ帰らないと』『まだいいじゃない』そんなやり取りを二人は繰り返した。
『もう帰らないと、母さんに怒られる』
『帰らないで』
それでも少年は帰ろうとした。公園の出口へと足を向けたとき、腕を思い切り少女に掴まれて……少女の力は思いのほか強く、少年はずるずると引きずられてしまった。『離してよ』と言っても少女は無反応で、どんどん引っ張っていく。
『絶対に返さない』
老婆のような声だった。
気がつくと少年は砂場にまで引っ張られていて、少女は砂の中に吸い込まれていく。そのまま少年も引きずりこまれていった。離してくれと叫んで抵抗したが、より一層強く掴まれて引っ張られていく。肩まで砂の中に埋まってしまったとき、不意に自分の名前を呼ばれる声が聞こえて、その瞬間、パッと腕が離された。たまたま公園を通りかかった少年の友達が、近付いてくる。
ふと、まだ砂の中に埋まったままの掌に何かが触れた。
『わたしの友達になってくれないの』
『僕にはもう友達がいる』
ずるりと少年は腕を引き抜き、友達と一緒に帰った。後日、その砂場を調べてみたけれど、手首までが埋まる程度の深さしかなかったらしい。少女に友達は見つかったのか知らないまま、少年はその公園に行かなくなった」
ふっ、と蝋燭の火がまた一本、消えた。
...肆に続く
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