祭囃子が聴こえる。
昔から、イタリアで過ごす夏が多かったから、慣れない音だった。
日本の夏なのだ、と思う。
日本という場所にいるのだと、改めて思う。
それと同時に、母さんは死んで自分がヴェンタッリオのボスになったのだと。
―――鼓動を揺るがす太鼓の音が、聴こえる。
熱くて青い祭りの日
「ねぇ麗ちゃん、お祭りに行こうよ!」
そうヴェンタッリオファミリーの幹部であり仲間である桐城昴に言われたのは、任務が終わって帰ってきたところだった。
「え、お祭り…ですか?」
「そう。ほら、少し行ったところに神社あるでしょ? そこで明日納涼祭があるんだって。皆で浴衣着て行こうよ!」
満面の笑みで言われて、少し考える。
確か明日、麗に任務はない。秦にも葵にも昴にもレンにもなかったはずだ。
「でも……ソルトさんには確か任務が」
「お祭りに行く時間までには必ず終わらせて帰ってくるって断言してたよ」
「断言…」
「最初は行けたらな、って感じだったんだけど、麗ちゃんに浴衣を着て貰いたいんだって言ったら必ず間に合うようにするって」
なるほど、と思わず苦笑が浮かんでしまう。
(ソルトさんはやっぱりお父さんです)
「でも、浴衣はどうするんですか? 私と秦君は持っていますが、他の方は…」
「葵とレンが今買いに行ってる。僕は最近買っておいたんだよ!」
準備の宜しいことで、と心の中で呟いた。
「だったらそうですね…行きましょうか、せっかくですし」
「やったぁ! 決まりだね、じゃあ明日行こう!」
楽しそうな笑みを浮かべる昴を見ると、自然と微笑みが浮かぶ。
世間一般では夏休みだ。たまには、こういう息抜きも必要だろう。
それに何より、日本の夏を自身が満喫したがっていた。
「秦とソルトに言ってくるね」
「はい、お願いします」
笑顔で廊下を駆けていく昴を見送ると、麗は浴衣をどこに仕舞ったかを思い出そうとした。
(これは、クローゼットを引っくり返す事になりそうですね)
―――窓から生温い風が吹いて来た。
*
太鼓の音が胸に響く。
「凄い音だな」
秦が呟く。その片手には、大きなイカ焼き。先程ソルトに買って貰ったものだ。
「聞き慣れない音だもんね」
金魚すくいバトルを繰り広げている葵と昴の横で、レンが言った。微妙な苦笑いを浮かべながら二人を見ている。
ソルトが無事に時間通り帰還して、丁度日暮れ時に祭りへと向かった。
今は既に日は落ち、祭りは更に熱が上がっている。
(不思議な気分です)
林檎飴を食べながら、麗は思った。
いつも人気のない神社が、これほどまでに賑わっている。
祭り中に響き渡る祭囃子がこんなにも素敵なものだとは、知らなかった。
(これが、日本の夏なんですね)
夏祭りは来た事がなかった。
幼い頃は、夏はほとんどイタリアで過ごした。
母が死んで日本にずっといるようになってからも、忙しくて夏祭りに行く余裕などなかった。行こうともしなかった。
やっと、落ち着いたのだ。
やっと、自分はボスとして落ち着けたのだ。
(私は…ヴェンタッリオのボスになったんですね……)
母は、死んだのだ。
「ボス!」「麗ちゃん!」
急に呼ばれてパッ、と顔を上げる。
葵と昴がすくった大量の金魚が入った袋を掲げて笑っていた。
「こんなにたくさん…凄いですね…!」
「ちょっと頑張りすぎたなぁ」
「そんなにたくさん獲ってどうするんだ。ちゃんと飼えるのか?」
ソルトの言葉に昴が頬を膨らます。
「飼うに決まってるじゃん! 大きな水槽、あったでしょ」
「あの水槽、使うときあるのかと思っていたけど、ここにきてようやく活躍の場が」
物置部屋に怏々と置かれている巨大な水槽を思い浮かべる。
とても幅をとるものであったから、物置部屋からなくなったら今まで置き場所に困っていたものを物置に収納できる。
「大助かりです」
「僕の部屋にあの水槽置こうっと」
「凄い幅とるけどね……」
わいわい会話している仲間を笑っていると、ふと視線を感じて横を見た。
今横を通り過ぎて行った家族連れが、不思議そうにこちらを見ている。
気が付くと、チラチラと横を通行していく人々がこちらを見ているのが窺えた。
(確かにこの面子は異様かも……)
五人の男性陣の中、麗一人。しかも、六人中二人はどこからどう見ても外人だ。目を引く集団である。
(普段あまり気にしていなかったけれど)
視線を戻すと、葵と目が合った。にこりと微笑まれて、思わず笑みを返す。
(葵さんもどことなく日本人離れしていますよね)
というよりも、人間離れしている。
「麗」
名を呼ばれ、葵から視線を外すといつの間にか横にソルトがいた。
「ソルトさん」
「疲れたか?」
「いえ、ちょっと考え事を」
「そうか。いつまでもここでたむろしているわけにはいかないし、もう少し歩こう」
「そうですね。私、綿あめが食べたいです」
「林檎飴の次は綿あめか…甘いものばかりだな」
「太るよ、姉さん」
「うるさいですよ、秦君」
ぞろぞろと歩き始める。
たくさんの人の波に呑まれつつ、誰もはぐれないのは何故だろう。
(あぁ、でも―――)
いつまでこうしていられるのだろう。
祭囃子と人の喧騒の中、思考が駆け巡る。
いつまでこうしていられるのだろう、いつまでこうやって仲間と共に歩けることができるのだろう。
いつまでも、こうして仲間と共に笑い合っていられないのだろう。
歩きながら空を見上げる。祭りの明るさで星はほとんど見えない。
横を通り過ぎる家族連れ。
父親と母親、姉と弟。楽しそうにはしゃいでいる姉弟。それを見守る母親の姿。
(母さん―――私、)
この楽しい日々を、仲間を護れる立派なボスになれるでしょうか。
母さんみたいに、なれるのだろうか―――。
「……母さん」
「麗ちゃんっ」
はっ、とした。
昴が右に並んで歩いている。
「お祭り、楽しいね!」
「ええ、そうですね…凄く、楽しいです」
満面の笑みを向けられる。昴らしい、楽しそうな笑みだ。
祭りに相応しい笑顔。
「僕、お祭りなんて久しぶりだよ……ずっと幼い頃には毎年家族で行っていたんだけど」
そういえば彼は、と思い出す。
桐城昴は、最悪の家庭環境であったと。
その昴が真横にいるのにも気づかず、母さんなんて言ってしまったことを少し後悔する。
(聞かれていたでしょうか…?)
「でも、皆で行くお祭りのほうがずっとずっと楽しいね」
昴の笑顔は変わらない。
「また、来年も来ようね。麗ちゃん」
「―――そうですね、必ず来ましょう…!」
浴衣の袖がひらりと揺れて、昴が葵と秦の元へ駆けてゆく。その斜め前にソルトが後ろを気にしながら歩いているのが見えた。
「人が沢山いるね」
麗の前を歩いていたレンが呟いたのが聞こえて、麗は足を速めてレンの横に並んだ。
「そうですね、賑わっています」
「秦も昴も子供みたい」
「はは…祭りですから、はしゃぐのも仕方ありませんよ」
「いよいよソルトはお父さんだ」
「いつでもソルトさんは皆のお父さんですよ」
そうだったね、とレンが言う。
横顔は無表情だったが、前方を見つめる眼はどことなく温かい。
「ソルト、無理したんだよ」
「え…?」
レンの思いがけない言葉に、思わず眼を見開く。
「麗様は今回のソルトの任務内容知らないだろうけど、結構大変な任務だったんだ。僕は絶対間に合わないと思った」
「そんな……」
知らなかった。最近は自分の仕事に手一杯で、秦や昴のほうに眼を向けるのが限界だったのだ。
「ソルトさん、何も言わないから……」
「秦も昴も知らないから。ソルトは基本的に自分の仕事の事全く言わないし、僕も今回ぐらいだよ任務内容知ったの。葵だっていつも把握しているわけじゃないと思う」
自分の事は自分でやる、とソルトは言って、麗に自分の面倒を見させないようにしている。葵も若干その節があって、葵の場合は不安に感じるため気にしているが、ソルトには任せきりだった。
「あ、でもそれはソルトのプライドだし、麗様は気にしなくていいと思うし、これからもこれでいいと思うんだけどね。でも、一つだけ」
目の前で苦笑いを浮かべながら、秦と昴と葵を見守るソルトの姿。
「最近、麗様忙しかったでしょう。それで昴は夏祭りに誘ったんだ。でもソルトは麗様も自分も忙しい事わかっているし、昴と違って息抜きのために夏祭りへ無理して来たわけじゃない。浴衣を着て貰いたいなって昴が言った瞬間に何があっても行くって言い出したから、昴はまた父性的な感情でそう言っているんだと思ったかもしれないけど」
レンが言いたいことはわかった。しかし、レンの言葉を待ってしまう。
「麗様が浴衣を持っているのに一度も着てない事、ソルトは知ってる。日本の夏を過ごさないようにしている事も。僕にはそれぐらいしかわからなかったけど、ソルトはどうしても麗様に日本の夏を過ごしてほしかったんだと思う」
レンはそういうと、すっと麗から離れた。
そういう事なのだ、と麗は思った。
日本の夏らしさを味わわないようにしていた、無意識に。
母さんがいない事を思い出してしまうから。
ソルトにはそれを見抜かれていたのだ。
(でも、もう大丈夫です)
きっともう、大丈夫。
私は日本の夏を過ごしていける。
来年も、夏祭りに皆で来られる。
(母さん―――私はヴェンタッリオのボスになったんです)
「姉さん、ほら綿あめ」
「ありがとう、秦君」
秦に綿あめを渡され、空を見上げる。
大きな音が鳴って、花火が星の代わりに空を彩った。
「花火だ!」
歓声が上がる。
皆が空を見上げているのを見て、微笑んだ。
…夏祭りはまだ終わらない。
予想外に長くなった…。
久しぶりにヴェンタッリオです。
夏なので夏祭り話。
ちょっとレンに長々と喋ってもらいました。
ソルトはお父さんです、皆の。特に麗と秦の。
ほんとは全員と麗を会話させたかったんですけど、ちょっとそうすると長くなりすぎになりそうで…いや十分長いんだけど。
葵と秦は省略させて貰いました。秦は最後のセリフを入れるだけで手一杯。葵とか空気です空気
あとこのとき神室君はいません…………嘘です、忘れました忘れましたよ完全に!
すいません神室君…曖沙さん…本気で忘れてた。というか口調わかんないし。ごめんね。
そんなわけで読んで下さって有難うございました。今度はカルコラーレ話が書けたら良いな。
03 | 2024/04 | 05 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | |
7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 |
14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 |
21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 |
28 | 29 | 30 |
Sex:女
Birth:H7,3,22
Job:学生
Love:小説、漫画、和服、鎖骨、手、僕っ子、日本刀、銃、戦闘、シリアス、友情
Hate:理不尽、非常識、偏見