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せんそうとへいわ
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 テーブルに置いていた携帯が、震えていた。珍しくメールではなく着信、零からだ。


「もしもし」


『あぁ、夏婁? 遅いよ』


 苦笑混じりの零の声。携帯を押さえながら、時計を見る。午前十一時半過ぎ、あれから帰ったのが二時近かったから、九時間は寝ていた事になる。


「ごめん、寝てた」


『あ、そう。大丈夫だった? 一応、皆に電話かけてるんだけど。夏婁が最後。相当酔っていたし、帰り遅くなっちゃったし。申し訳ないなと』


「有難い事に、全く平気。二日酔いもないし。まぁ、ちょっと寝すぎた感はあるけども」


『そうか、なら良かった。なんか頭がぼんやりしててあんまり憶えてないんだけど……駅まで送った事は憶えてるんだけど、記憶が曖昧だし心配になってね。皆、二日酔いとかはいるけど大丈夫みたいだったし安心だよ』


「そっか、それなら良かったね。また、昨日みたいに集まれると良いな。なんか、また企画してよ」


『あぁ、勿論する。面白い事を企画してやるよ』


「それは楽しみだ。じゃあ、またね」


『ん、また』


 通話終了。もう当分、零と電話することはないだろうと思いながら僕は通話履歴を消した。


 ふと、棚に置いてある蝋燭を見つめた。以前、誰かからお土産で貰った蝋燭だ。一度も使っていないため、既に埃を被って飾りと化している蝋燭。


 蝋燭の炎。影。悲鳴。


 すっ、と僕は蝋燭から眼を逸らすと、顔を洗いに洗面所へ向かった。

 


 こうして、僕らは忘れていく。怖かった事、どうでもいい事、失ったものの事を。


 あの日僕らが忘れたものは、一体何だったのか、今となってはわからない。


 あの日、少女が負ったものは、果たして何だったのか。

 


 ―――鏡に映った僕の、もっとずっと奥。かつての少女の姿が見えた気がした。

 

 



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 外界の音が聴こえない。音も光も遮断された部屋。


 今は何時だろう、と携帯を取り出そうと思ったが、やめた。この雰囲気を壊してしまうような気がしたのだ。


「一巡したな」


 樹が呟いた。二十本ほどの蝋燭がまだ灯っている。


「次は零ちゃんだね」


「ああ」


 今井さんの言葉に促されるように、零は口を開いた。


「夏婁の話であったように、人間の心理は深くて面白いが、怖いものだよね。人は嫌な事を忘れようとする。痛みは直接脳に行く」


 零の眼が、皆を映していく。どこか強張った表情のイチ、期待している様子のヨシュア、少し怖がっている今井さん、ごくりと唾を飲んだ樹、ポーカーフェイスの僕、相変わらず無表情の柏木さん。


「強烈な恐怖やショックといった精神的痛みを受けたとき、人はその記憶を喪失する事があるよね。所謂、記憶喪失。そんな怖い話なんだけど」


 何を話すのだろう。零は、一体何を話すつもりなのだろう。


 零の眼は、何かを仕出かすつもりであるように昏く光っていた。


「七人の少年少女が、自分たちの中学校でかくれんぼをする事にしたの。理由は憶えていないけど、誰もいなくなった放課後、七人は教師に見つからないようこっそりとかくれんぼをした。


 鬼は一人の少女―――仮にAとしよう。Aが一分数えたら、開始。A以外の六人は四方八方に散っていく。


 一分数えて、Aは捜し始めた」


 情景が浮かぶ。


 夕闇が近付く中、仄かに紅く染まった薄暗い校舎を駆ける少女。六人の子供たちを捜して、走っていく。


 ―――どこかで、その情景を見た事があるような気がした。


「一人ひとり、見つけていく。ようやくAが五人見つけたとき、外は結構薄暗かった。

残り一人だ、ってAは根気よく捜し始めたんだけど、いくら捜しても見つからない。本格的に外が真っ暗になって、六人全員で捜し始めたけれど、残りの一人の女の子、そうだね……Kが、見つからなかった。どんなに捜しても、校舎の隅々まで捜しても、Kがいない」


 ぞわり、と鳥肌が立った。


 この話を、僕はどこかで聞いた事がある。ただそれだけなのに何故、こんなにも寒気がするのか。


 ふと周りを見ると、皆真剣な顔で零の話を聴いていた。何かを考えながら聴いているような、そんな表情だ。


「ところでその中学校には、とある階段の踊り場に大きな鏡があるんだよ。凄く大きな鏡でね、二メートルぐらいはある。Aがその鏡の前を通り過ぎたとき、ふと何かがよぎった」


 大鏡。僕らの通っていた捌宮中学校にもあったな、と思い出す。大きすぎるあの鏡はどこか不気味で、怖い噂が絶えなかった。


 そんな大鏡に、一体何が映ったというのだろう? 何かがよぎった、そんな光景―――どこかで見た気がした。


「Aは、はっきりと見た。鏡の奥で、消えたKが遠ざかっていくのを。


『Kは鏡に吸い込まれてしまった』


 Aはそう思って、鏡に向かってKの名前を呼んだ。何度も呼んで何度も呼んで―――いつの間にか泣きながらKを呼んでいた。そのとき、誰かの悲鳴が聴こえた」


 頭がぐわんと揺れた。泣きながら消えた少女の名を呼ぶ鬼。何度も呼んで、何度も呼んで、声が嗄れるほどに呼んで―――突然聴こえる悲鳴。


 何故だろう、と僕はぼんやりとした頭で考える。


 その光景を、僕は見た事がある。


 そういえば、と僕は思った。夕闇迫る校舎の中、かくれんぼをしている七人の少年少女―――この場にいるのも、七人だ。かつて、少年少女だった七人の大人たちだ。


 ひゅっ、と誰かが息を吸い込む音が聴こえた。


「悲鳴が聞こえた刹那―――鏡が割れた。Aは呆気にとられて、鏡の前に座り込んだ。『ああ、これでもうあの子は戻って来ない』と、確信した。


 座り込んだAの元に、五人が駆け寄ってきた。少年が大丈夫かと声をかけたけれど、Aはそれには答えなかった。ただ一言、『あの子は鏡の世界に行ってしまった』と言って……鏡を指差した。


指差した瞬間、割れた鏡の向こうでKの泣き顔が映って、六人は一斉に悲鳴を上げた」


 淡々と喋り続ける零。零以外の皆が、硬直したように身体を強張らせている。


 樹もイチも今井さんも眼を見開いて固まっている。ヨシュアと柏木さんは、何か空恐ろしいものを見るかのような眼で零を見つめている。


 零の話が脳内でリアルに想像できる。僕は、いや僕たちはこの話を知っている。紛れも無い、この話は―――。


「それから、どうやって家に戻ったのか―――Aも他の子も、誰も憶えていなかった。とにかく、Kが消えてしまった。その事だけは確かにそのとき憶えていた―――。


 だけど次の日、Kは何事もなかったかのように学校に来ていた。不可解な気持ちにはなったけれど、言及する気にもなれず、皆黙っていたんだろうね。でも、今でもAは思ってる。戻って来たKは、本当にKなのか(・・・・・・・)。今そこにいるKは、一体誰なのか(・・・・・・)……って」


 零と眼があった。真っ直ぐに見据えるその瞳は、何も映していない。


 何の音も聴こえない。張り詰めた静寂だけが空間を包んでいる。


 思い出す事を恐れている。人は恐怖の記憶を封印してしまう。傷つく事に怯えている。


「ねぇ、本当に思い出せないの?」


 零の言葉が突き刺さる。


「何を言っ―――」


「あの日、私たちは捌宮小学校を卒業した。あの日、私たちは捌宮中学校に入学した。あの日、私たちはかくれんぼをした」


 樹の言葉を遮るように、零は語り続けた。蝋燭の炎が隙間風に揺らめいている。


「私が鬼だった。皆見つけていくのに、君だけが見つからなかった、柏木さん。薄暗い校舎の中を私は駆け回ったけれど、君はどこにもいなかった。あの日、君は確かに鏡の中へ消えた」


 情景が浮かぶ。


 七人で集まったあの日。じゃんけんをして、零が鬼になった。僕らは蜘蛛の子を散らすように四方八方へ隠れて、鬼を待ち続けた。一人また一人、そわそわと影に隠れて、見つかって―――。


 一人の少女だけが見つからなかった。まるで校舎を覆う影に呑みこまれたように、彼女は消えた。


 大鏡の前で泣いている零。ひたすら消えた少女の名を呼び続けた僕ら。


 少女は―――柏木さんは鏡の奥で、泣き顔を見せて消えた。


 ―――全部、本当は憶えていた。ただ、忘れ去りたい影に追いやってしまっただけ。零だけが、それを背負ったのだ。


「柏木さん、私たちが君を誘ったのは、何てことはない―――たまたま君が一人でいたからだよ。かくれんぼは大人数の方が面白いってヨシュアが言ったから、君を私と夏婁が誘ったんだ。なのに君は鏡の影へ消えてしまって―――責任感と恐怖に苛まれて、幼い私たちは忘れようとしたんだね、君の事を」


 でも君は戻って来た、と零は言った。


「ねぇ、君は本当に柏木帷なのか? 私はずっと思っていた。私はそれが知りたくて、君たちが忘れてしまったから、私だけが憶えているから、私はずっとずっと疑っていたんだよ。


 ねぇ―――君は、本物の柏木帷?」


 強張った皆の視線が、柏木さんに向けられた。柏木さんは怯えた眼で、唇を舐めて、口を開いた―――


 ―――急に、全ての蝋燭が消えた。誰かの悲鳴と、何かの影。


 鳴り止まぬ悲鳴は絶叫へと変わった。脳内で鏡の影に見た少女の顔が点滅している。あぁ、この子は一体誰なんだろう。


 ――――――それからの事は、よく憶えていない。




..
終に続く

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 「これは、友達から聞いた話なんだけど。そいつは友達と二人で学校へ行く途中だった。すると、向こうから赤いランドセルを背負った女子小学生が見えた。道の端を歩いていて、時折電柱に隠れて見えなくなる。そこまで狭い道ではないし、自分たちとその子以外、誰も歩いていないから、そんな端を歩かなくても良いのに、と友達は思ったらしい。


とにかく、その子は徐々に自分たちに近付いて来た。そして自分たちとすれ違った瞬間、電柱の奥にさっ、と避けたように見えて、そいつは振り返った。だけど、誰もいない。思わず立ち止まって辺りを見回したが、その子はいなくなっていた。その様子を見て、一緒に歩いていた友達が『どうしたんだ』と聞いてきたから、そいつは答えた。『向こうから小学生が歩いてきただろう? 今すれ違ったはずなのに、消えている』と。だけど、友達はいぶかしげにまた尋ねてくる。


『そんな子はいなかった。何が消えたって言うんだ?』

その女の子は友達には見えていなくて、そいつにしか見えていなかったんだ。

一体その女の子がなんだったのか、今でもわからないらしいよ」


 ふっ、と樹は手前にあった蝋燭を消した。


「不気味だな」


「自分にしか見えないって言うのは、凄く怖い」


 ゆらゆらと揺らめく蝋燭の炎以外、明かりは一切ない。まだ三人目の語りだが、徐々に口数が減っているのは明らかだった。


 僕も確かに怖いが、それよりも気になっているのはイチの表情だった。イチは僕の対角、つまりは正面に座っていたから、表情がよく見えた。最初はそうでもなかったのだが、だんだんと無表情というか、よく見ると強張っているようにも思える表情をしているのだ。ただ怖がっている、というようには見えない。


 一方、そのイチの左隣に座っている零は、薄い笑みを浮かべていた。単純に楽しんでいる事が覗える。今井さんや樹、ヨシュアの怖がっている様子を見るのが心底楽しい、といった感じである。柏木さんは相変わらずの無表情だ。


「次、夏婁」


 反時計周りに順番は巡っている。零から始まり、僕の左隣が樹で、右隣が柏木さんであるから、四人目は僕だ。


「もう僕か、一巡するのも早そうだね。……怪談話とは違うし面白くはないだろうから、あまり期待してほしくはないんだけど」


「勿体ぶるなよ、期待するだろ」


「急かすなぁ。僕の話は殺人の話だ」


 零とイチの顔が、視界に映る。


「一人の男性が自宅のベランダに出た。ふと外を見ると、見知らぬ男が女性を刺し殺していた。急いで通報しようとしたとき、その男と眼があってしまった。見知らぬ男は男性を指差し、指を動かしている。男性は『自分のいる階を数えている』と思った」


 僕は唇を舐めた。


 皆は僕の話を静かに聴き入っている。その瞬間、何故か自分たちが学生に戻ったような錯覚に陥った。錯覚に過ぎないのに、僕はそれを否定する事が出来なかった。


 今、僕らは本当に学生の頃に戻っているんじゃないか。否、僕らは今学生で、この下らない百物語を、真面目に真剣に取り組んでいるのだ。


「これは、自分が異常犯罪者―――所謂サイコパス診断の一つだ。普通は『次はお前を殺す』とか思うんだけど、サイコパスの回答は『自分の部屋の回数を数えている』と思うらしい。本来なら、この話はここで終わりだ。だけど、この話は違う。サイコパス診断をしているわけではないからね。オチがある」


 白けた静寂とは違う、心地いい静寂に包まれていた。


 この部屋の外では遠くで猫が鳴き、風で木々が揺れ、車の音が響いているはずなのに、それらが一切聴こえない。


「女性を殺した男が、不意に手を下ろした。男性は眼が離せず、身動き一つ取れなかった。男がゆっくりと歩き始め、電灯の下を通ったとき、男性は見た。鋭い刃物を持って女性を殺したその男の顔は、自分とそっくり―――いや、自分そのものだったからだ。


男性は急にはっ、と気がついた。男性はベランダにいなかった。血のついた包丁を持ち、電灯の下に立っていた。傍らには自分が刺し殺した女性の死体。


『俺は、一体何を見たのだ』


彼が見たのは紛れもない、自分の姿。人は感情が高ぶり思考がめちゃくちゃになったとき、おかしな幻想を見るそうだよ。もしも、男がそのまま自分を通報していたらどうなったんだろうね? 彼は自分で自分を通報する事になる。


男は、殺人を犯す自分の姿を見たんだ」


 ざわざわと木々のざわめく音が聴こえて、僕はほっとした。僕らは小学生でも中学生でもない。大学生、社会人。あの頃になど戻っていない。


「怪談では無いけれど、これはこれで怖い話ではあるだろう?


 ―――僕の話はこれで終わりだよ」


 ふっ、と蝋燭を吹き消した。また暗闇が一つ、近付く。


「なるほどね、なんだか背筋がぞっとした」


 ヨシュアが息を吐きながら呟く。


「前半のサイコパスの話は、私も知っていたけど。後半のオチは、実に夏婁らしいな」と、零。零ならサイコパスの話は知っているだろうと思った。


「人間の心理って俺は一番怖いと思うよ」


「同感だなぁ」


 零は何故、百物語をしようなどと言い出したのか。


 ふと、そう思った。


 確かに零は無類のホラー好きであり、また楽しい事も大好きだ。久しぶりに皆に会えて、何か楽しめる事をしようと思ってもおかしくはない。


 だが、そこで敢えて百物語。ネタがなければ尽きてしまう、酔っているとは言え、もしかすると白けた感じになってしまう事もありえたのだ。


 何故、百物語なのか。


「次は、柏木さんだね」


 薄い笑みを浮かべている零の顔が、眼に映る。

 


 


 柏木さんとヨシュアの話が終わり、イチの番になった。イチが終われば、一巡してまた零の番となる。


「霊感の強い少年がいて、それはその子の話なんだけど」


 実話なのか、フィクションなのか。そういう事は特に言及せず、イチは話を続けた。


「少年はその日暇で、近所の公園に遊びに行った。その公園はいつも賑わっている公園で、誰かしら友達がいるだろうと思って少年は行ったんだけど、何故かその日に限って人っ子一人いなかった。仕方ないから一人で遊び始めたんだけど、どうにもつまらない。そのとき、不意に声をかけられた。振り向くと、同い年ぐらいの少女が立っていた。


『一緒に遊ぼう』


 見かけない子だな、と少年は思ったけど、暇だったから遊ぶ事にした。鬼ごっこや砂遊びなんかをして、二人は遊んだ」


 公園でたった二人、遊んでいる光景が頭に思い浮かんだ。何故か、少年は幼いイチで、楽しそうに遊んでいる。


 そういえば、この近くにもいつも賑やかな公園があるな、と思い出した。


「そろそろ遊び疲れたなと思ったとき、五時の鐘が鳴った。『そろそろ帰らないと』『まだいいじゃない』そんなやり取りを二人は繰り返した。


『もう帰らないと、母さんに怒られる』


『帰らないで』


 それでも少年は帰ろうとした。公園の出口へと足を向けたとき、腕を思い切り少女に掴まれて……少女の力は思いのほか強く、少年はずるずると引きずられてしまった。『離してよ』と言っても少女は無反応で、どんどん引っ張っていく。


『絶対に返さない』


 老婆のような声だった。


 気がつくと少年は砂場にまで引っ張られていて、少女は砂の中に吸い込まれていく。そのまま少年も引きずりこまれていった。離してくれと叫んで抵抗したが、より一層強く掴まれて引っ張られていく。肩まで砂の中に埋まってしまったとき、不意に自分の名前を呼ばれる声が聞こえて、その瞬間、パッと腕が離された。たまたま公園を通りかかった少年の友達が、近付いてくる。


 ふと、まだ砂の中に埋まったままの掌に何かが触れた。


『わたしの友達になってくれないの』


『僕にはもう友達がいる』


 ずるりと少年は腕を引き抜き、友達と一緒に帰った。後日、その砂場を調べてみたけれど、手首までが埋まる程度の深さしかなかったらしい。少女に友達は見つかったのか知らないまま、少年はその公園に行かなくなった」


 ふっ、と蝋燭の火がまた一本、消えた。




...
肆に続く

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 いつも遊びの計画や、下らないけど面白い企画を言い出すのは、樹か零だった。しかし、樹は小六から性格が変わってしまったため、その後はもっぱら零がその担当だった。

 


「百物語、しない?」


「百物語?」


 宴会も佳境に近付いた頃だった。唐突に零がそう言い出して、僕らは酔った顔を零に向けた。


「知らない? 大勢の人が集まって百本の蝋燭を立て、怪談を語っていく。語り終わるたびに一本ずつ消していくっていう遊びなんだけど」


「いや、それはわかるけど」


 この中で最も酒を飲んでいたのは零だったはずだが、零は相変わらず白い肌のままで、口調も普段どおりだった。相当酒に強いのだろう。確かに酒豪になりそうではあったけれど。


「今から?」


「勿論。嫌な人は不参加でも構わないけど」


「楽しそうだ、是非参加するよ」


「暇だしね、問題ない」


「折角の機会だし」


 口の端を上げて、零は笑った。皆がこの企画に乗ることは予想通りだったというわけだ。確かに、このメンバーで乗らない奴はいないだろうし、それに酔っているというのもある。


「じゃ、この宴が終わってから、イチの家に」


「え、マジで? ……まあ、いいけど…問題ないし」


 そういえばイチの家はお寺であった、と思い出す。ここから地元までそう遠くない。本当に大丈夫なのかとイチに聞いたが、「親は旅行に行ってて、いるのは弟だけだから平気」と言われた。長男であるイチではなく、弟が寺を継ぐらしい。


「許可も得られた事だし、決定だね」


 にっこりと、零が微笑んだ。

 


 


 イチの弟は快く僕らを迎えて来てくれた。


「兄貴はいつも零さんに振り回されていますから、こういう事には慣れています。特に問題は無いですから、こちらをお使い下さい」


 兄弟揃って零に振り回されているわけだ、と心中で呟いた。


 案内されたのは、がらんとした十三畳程度の和室だった。四方は襖で閉め切られており、座布団が積み上げられている以外は特にこれといったものは置かれていない。


「ここは全然使っていないんです。今、蝋燭を持って来ますね」


「百本はいらないよ。そんなにネタが出るわけではないだろうし、まあ酔っているからいつもよりは皆、饒舌になるかもだけど。三十本くらいで」


「わかりました」


「百話を語り終えて百本目の蝋燭を消したら、恐ろしい事が起こるから。百本の明かりを消すのは無謀な事よ」


 イチの弟が出て行ったのを見届けて、柏木さんがぼそりと言った。


「なんだか怖くなってきちゃった」


 座布団を並べているヨシュアを手伝いながら、今井さんが言う。確かにいつもの彼女なら、もっと怖がって嫌がったかもしれない。やはり酒の力というのは恐ろしいなと苦笑した。


「確かに、やっぱり雰囲気はあるよな」


 樹の言葉に、皆が同意した。


 何せ、寺だ。しかも、なかなか古くから歴史があると聞いた事がある。この部屋は一見普通の和室であるが、雰囲気はただならぬものであった。一歩外に出れば、一目で寺とわかる風景が広がっている。恐怖も倍増だ。


「怖い話をすると、幽霊やらそういったものが寄って来るって言うよね」


「おお、怖い怖い」


「ふざけてやると、更に恐ろしい目に……なんて事も言われるしねぇ」


「ふざけるなんてとんでもない。こっちは大真面目だってば」


 不意に襖が開き、蝋燭を入れた箱を抱えたイチの弟が入って来た。部屋の中心にそれを置くと、ライターを零に渡し、「それではお気をつけて」と愉快そうに笑って部屋を出て行った。


「なんだか怖い事言うなぁ」


「神主さんが言うと、洒落にならないわ」


「ま、とにかく、始めるとしますか」


 カチッ、と音が鳴って、部屋の電気が消えたと共に、蝋燭に火が灯された。


 ―――遠くの方で、猫が一声みゃーおと鳴いた。




...
参に続く

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 眩しい赤光を放つ落日。鳴り止まぬ蝉時雨。遠い、遠い日の記憶。


 思い出すのはいつも、学校の風景だ。大切な友人と長い時を過ごした校舎。静寂に包まれた、冷たい校舎。


 思い出すのはいつも、高校の校舎だ。しかしそこにいるのは高校の友人ではなく、何故か中学までの友人たちである。


 夕日が校舎を紅く染めて、その中を走った。懐かしい、ぞっとするほど懐かしい記憶。

 


 私は絢爛な装飾が施された葉書を眺めた。それは、同窓会の開催を知らせる葉書。


 葉書と同じく、美しい装飾の封筒の中には、参加・不参加を知らせるための紙も入っている。


「……くくっ」


 私は薄い笑みを浮かべ、喉の奥を鳴らした。


 思い出すのはいつも、落日の風景だ。


 眩い赤光を突き刺す落日。微かな雪の音。眩むような赤光を届ける落日。薄桃色の桜吹雪。惑うような赤光を注ぐ落日。踏みしめる紅葉。


 落日に突き刺された子供たちは、もう忘れてしまっただろう。ぞっとするほど懐かしい記憶、自分だけが憶えている記憶。


 夕闇が近付く校舎の中、鬼はずっと捜し続けた。後ろから薄暗い影に追われる中、鬼は一人の少女をずっと捜し続けたのに、見つからなかった。でも、消えたはずの子供は帰って来た。それも全て、私だけが憶えている。

 


 私は[参加]に黒いボールペンで丸をつけると、満足げに微笑んだ。


 


 「七年ぶりだね」


 不意に声をかけられて、僕は振り返った。


 楽しそうな笑みを浮かべた女性が、ひらひらと手を振って立っている。右手はセンスの良い、黒いコートのポケットに突っ込まれたままだ。


(ぜろ)、」


「その名前はやっぱり響きが良いなぁ。私は大好きだった。イチを除けば、中学を卒業してから一切呼ばれていないから、これもまた七年ぶりだ。……いや、夏婁(なつる)とは高校一年のときに一回会ったから、六年ぶりか。夏婁は成人式に参加しなかったもんね」


(いつき)も用があって行けなかったんだろ? ヨシュアも、イチも、柏木さんもいなかったって聞いた」


「仲良かった奴の中では、私と柊花(しゅうか)ちゃんだけだったね」


 零。僕の女友達の一人。かなり個性的で変わった子だったけれど、男子にも女子にも気兼ねなく話す良い奴だった。


 因みに零というのは、僕がつけたニックネームだ。


 零はあの頃と変わらぬ長髪をなびかせながら、こちらに近付いて来た。横に並んで、一緒に歩き出す。


「しかし、まさか小学校の同窓会が開催されるとは思わなかった」


「確かに。でも、私は小六のクラス好きだったから、嬉しいけど」


「僕もだよ。そうじゃなきゃ来ないし」


「でしょうね」


 捌宮小学校六年三組の同窓会。それを知らせる葉書に明記してあった店に行くと、大部屋に案内された。襖を開けて中に入ると、もう既に二十人以上が集まっている。


「お、やっと来たか。久しぶり!」


「よっす」


「久しぶりー!」


「二人揃ってご登場か」


 口々に声をかけられる。完全に宴会ムード、既に酒を飲んでいる者もいるようだった。


「夏婁、零、こっちこっち」

 

 不意に聞き覚えのある声で呼ばれて、僕ら二人は呼ばれた方向へと近付く。


「樹か」


「久しぶりだな。お前らの分空けておいた」


 僕の親友だった葛原(くずはら)樹が、とんとんと指で座るよう指示する。テーブルには、かつて仲の良かった懐かしいクラスメイトたちが座っていた。


「零ちゃん、良かった。遅くて心配したんだよ」


 零の親友、今井柊花。その横には、零の幼馴染の梨木(なしき)(まこと)。更に、東堂(とうどう)穆矢(よしや)や柏木(とばり)も座っていた。


 皆それぞれどことなく、顔立ちや雰囲気が変わっていた。僕たちは、大人になったのだ。


「本当に久しぶりだね。ほとんど、高校以来の奴ばっかりだ」


「俺も、零以外は中学卒業ぶりだよ。零とはずっと連絡取り合ってるけどさ」


 コップに注がれた烏龍茶を飲み干し、梨木一―――イチが呟く。幼馴染の縁はまだ切れていないらしい。この二人は一生この関係を続けていくような気がした。


「俺はこの前柏木さんとは会ったけど。ね、柏木さん?」


 東堂穆矢―――ヨシュアが、同意を求めるように柏木さんを見つめる。柏木さんは「そうね」と小さく頷いた。


「凄いな。二人とも実家を離れているのに、会ったのか」


「ヨシュアは一人暮らし、柏木さんは大学の学生寮だよね?」


「うん。たまたまね。夏婁も樹も一人暮らしだっけ?」


「ああ。地元を離れてないのは零とイチだけだろう」


 樹の言葉に、そうだったなぁと思い出す。他のクラスメイトたちも、自分と同じように地元を離れたものがたくさんいるし、転校した者もいる。ここに六年三組全員はいない。不参加の者、連絡のつかなかった者、多数いるだろう。これだけの人数が参加しているのは、なかなか凄い事だ。


 改めて、騒いでいる元クラスメイトたちを眺めた。皆、変わったようで変わっていない。あの頃も今も、仲の良い六年三組のままだ。


「不参加の人、少なかったんだな。三十人近くはいるよね」


 僕の思考を読んだかのように、零が言った。


「確かに地元を離れていない人は俺ら以外にもいるだろうけど、かなりの数が離れているのにな」


「まあ、まだほとんどの人が大学生だし。集まりやすいよね」


 イチと今井さんに、僕も同意する。


「ともあれ、喜ばしい事だ、こんなに集まれたっていうのは。何せ、小六のときのクラスメイトだし、懐かしい事この上ないっていうか」


 樹の言うとおりだった。僕はあまり感慨深い事を思うタチではないが、それでも懐かしいと思う。こうして、古い友人たちと久しぶりに会えるというのは、幸せな事だ。


「さて、参加者全員集まったようなので、これから同窓会を始めます。各自飲み物を注いで、乾杯するよ!」


 委員長だった女性の声に、歓声が沸く。


 旧友の顔を暖かい気持ちで見つめながら、僕も酒を注いだ。




...
弐に続く

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