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せんそうとへいわ
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第漆話...落日皆既

 

 

長い黒髪の青年が、黒塗りの花笠を目深に被って歩いている。着物は眼を惹く赤、花笠に通されている硝子の鈴が辺りに響いていた。


(
あの青年は誰だ・・・?)


 ―――見覚えがあるのに思い出せない・・・・・・いや、思い出したくないのか・・・?


「やあ、聖・・・・・・久しぶり


 青年が花笠を取り、投げ捨てた。赤茶色の瞳が妖しく光り、突き刺すように見つめてくる。


「っ!?


 

 

 ――― 夢。


「また、この夢か・・・・・・」


 聖は額に浮かんだ汗の玉を拭い、よろよろと起き上がった。時計を見ると五時、寝たのは四時半だから、三十分の睡眠だ。


(
久しぶりに寝たな)


 ぼんやりと、聖は窓の外を眺めた。聖は何年も前から軽い不眠症に罹っている。聖の精神(こころ)が、不眠症を引き起こしているのだ。


(
・・・・・・所謂、心的外傷(PTSD)・・・か。莫迦莫迦しい)


 ――― 過去の記憶が、聖を蝕むのだ。

 


 


 「聖のことなんてずっと忘れていた・・・・・・記憶の底に閉じ込めていた、はずだったのに・・・・・・。思い出すきっかけはたくさんあった。同名の人間と戦い、そして四月二十二日――― 聖の誕生日だ」


「腹違いの姉妹、なんでしょう?」


 ああ、と世賭は頷いた。表情はまだ硬い。


 宿の、畳んだ布団に寄りかかりながら、世賭は遠くに眼をやった。


「ほんとうの母親の顔なんて知らないから、どうも言えないけど・・・・・・僕は十二月生まれだから、計算がおかしくなる」


「この前の十二月で十八歳になったばかりだもんね・・・・・・今年の十二月で十九歳だ」


 世賭は小さく頷き、ゆっくりと髪を掻き揚げる。そして深いため息をついた。


「一瞬、信じられなかった。だって聖は――― ここにいるはずがないんだ(・・・・・・・・・・・・・)


「どういうこと・・・・・・?」


 翠は眉を顰めた。ここにいるはずがない、とはどういうことだ?


「だって、聖は鎖月家に閉じ込められて――― !?


 ・・・・・・昔、幾度も聞いて怯えた鈴の音が、世賭の耳を貫いた。


「世賭――― ?」


 世賭は勢い良く立ち上がり、焦りの表情で辺りを見回した。


(
幻聴・・・? 翠には聞こえていない、だけどこれは・・・っ!)


 鈴の音が止まない。―――左眼が、疼く。


「っ・・・・・・!!


 左眼を押さえて、世賭は立ち尽くしている。


「どうしたの、世賭っ」


(かがり)、だ」


「え・・・・・・?」


 脳裏に一人の青年の姿が浮かぶ。黒塗りの花笠を被り、花笠に通されていた鈴の音が鳴る。着物は眼を惹く(あか)そして(あか)に成り損なった赤茶色の瞳―――


「現れた・・・のか・・・・・・? あの、人が・・・」


 翠が世賭、と小さく呼ぶ。世賭は驚愕の表情を浮かべたまま、床に崩れこんだ。


「篝、って鎖月家の・・・・・・? 何が、聞こえたの・・・・・・?」


 翠の呼びかけに応じず、世賭は呆然と崩れこんだままだ。世賭の右手が、顔を覆う。


「ねえ、世―――


「そんなはずがないんだ、聖も篝も・・・・・・現れるはず、がない――― そんなまさか」


「どういうこと、世賭!」


 世賭の唇が動き、小さい声で紡ぎ出す。


――― 鎖月家現当主(・・・・・・)鎖月篝がお見えになった(・・・・・・・・・・・)

 


 


 幼く美しい少女は、窓の無い、だだっ広い部屋に閉じ込められた。壁一面本しかない、何も無い部屋に。


 少女は泣かなかった。これが自分のゆく道なのだと諦めた。


 ずっとずっと本を読んで暮らした。さまざまな本があった。物語だけでなく、伝記も数学の本も、なんだってあった。


 そうして――― 少女は、十二歳になる。



...第捌話に続く

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第睦話...無我夢中




 パソコンのキーボードを打つ音が部屋に響いている。かなりのスピードで、淡々とリズムよく。

「また“情報”か?」

「ええ。それより、政府からのお仕事がまた入っているじゃない。今回はやるの?」

「暇だから、やる」

 くす、と夕は笑った。その間もキーボードの打つ音は鳴り止まない。

「結局鎖月から逃げ出しても、鎖月が仕えるべき位置に貴女は立ってしまっているのね。まあ、そうでもしなければ自由に戦うことが出来ないものね。貴女は戦場にしか自分の価値を見いだせられないから」

 聖は肯定も否定もしなかった。ただ、明らかに苛立った、怒りの表情が浮かんでいる。

「・・・・・・行って来る」

「行ってらっしゃい」

 聖が部屋を出て行き、夕はキーボードを打つ手を止め、窓の外を見上げた。

 ――― 薄っすらと、夕闇が近づいて来ていた。




 黒宮(くろみや)詩騎(しき)は、呆然と立ち尽くしていた。


 ここは壱之町北部にある黒宮家が所有している高層ビルの一つ。最上階の、黒いガラス張りの部屋に、詩騎はいた。


「どうして、兄さんが」

「申し訳ありません。しかしこうでもしないと詩騎は、私に逢ってくれなさそうでしたので」

 詩騎の前には、詩騎とよく似た男―――黒宮芦騎(ろき)詩騎の実兄。

 全く悪びれた様子も無く、不敵な薄い笑みを浮かべてしゃあしゃあと、心のこもっていない言葉を吐く。

「カインが、私を呼び寄せたんじゃ―――

「嘘ですよ。彼の名を使えば来ると思ったから使わせて頂いただけです。彼は何も知りません」

「そ、んな」

 詩騎の肩は俄かに震え、その腰まであるウエーブのかかった黒髪を揺らしていた。睫毛を震わせながらも、その黒い瞳で芦騎を睨みつける。

「そんなに怯えなくてもいいですよ。まだ(・・)何もしませんから」

「信用なりません、兄さんなんて・・・・・・!」

「酷い言われようですね。まあ、当然ですが」

 くすくすと笑い、芦騎は黒い皮製のソファに腰を下ろした。

「詩騎も座ったらどうですか? ずっと立っていては疲れるでしょう」

「結構です。長居をするつもりはありませんから!」

「そうですか。まあ、慎重なのは良いことですよ。さて、私が呼び寄せた理由はいうまでもありません、私に協力し、従うことへの了承」

「何度も言っているでしょう・・・・・・私の答えは変わりません。私は兄さんに従うつもりはないのですから」

「賢くない答えだ」

 芦騎は柔らかい笑みを浮かべたまま眼を細めた。

「まあ、今はその答えのままで構いませんが。いずれは、変えてみせますよ」

「変えません! ――― 話はおしまいですか? もう帰らせて貰います」

「良いですよ、また、お逢いしましょう。ああ、言っておきますが・・・・・・次は、覚悟していて下さいね、詩騎」

 下唇を噛み締め、詩騎は薄っすらと怒りを浮かべた表情で部屋から出て行った。

「本当に、あの子は私を楽しませてくれる・・・・・・」

 くくっ、と喉の奥を鳴らすように笑い、芦騎は口の端を歪めた。苦渋に満ちた表情をしていた妹の姿が頭に浮かぶ。

「諦めませんよ、私は・・・・・・」

 不気味な笑い声が、漆黒の部屋に響いていた。




 睦月理世は、色鮮やかな花束を墓石の前に置いた。墓石に彫られている名は、“睦月千理”。


「千理(にい)・・・・・・あいつが、千理兄を殺したあいつが、この町に来てるんだ」

 墓石を愛おしげに撫でながら、理世は一人で喋り続ける。緩やかに風が吹き、理世の長い黒髪を浮かび上がらせた。

「敵討ち、してみせるから・・・・・・あたしが」

 鎖月聖。憎き鎖月家の次期当主。そして兄を殺した少女。許さない、絶対に――― 絶対に許さない。

「次に来るときは――― わかるよね。でも、心配しないで。あたしは絶対死なないから」

 ――― じゃあね、千理兄。また、必ずここに来るよ。

 理世はふわりと微笑んで、立ち上がった。

 ――― オレンジ色の花びらが一枚、風に舞った。



...第漆話に続く

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第伍話...螺旋回廊



 鎖月世賭に接触したのねと、聖の同居人・・・・・・もとい、情報屋である月城(つきしろ)(ゆう)が言った。

「さすが、政府公認情報屋。情報が早いな」

「勿論よ。四大名家の情報は、たとえほんの些細なことでも見逃さないわ」

 本当にその言葉のとおりであるから恐ろしい。

「驚いていたんじゃないかしら? 彼女・・・・・・いえ、彼でいいかしらね。彼は知っているから。聖がずっと閉じ込められていた事を(・・・・・・・・・・・・・・・・)

「本来ならば、まだ出て来られない。だというのに私が目の前に現れた。色々な意味でショックだろうな」

 ―――世賭は私の存在を“忘れて”いたから。

「人間は脆いわ。嫌な記憶は消したいと思ってしまう、そして消してしまう。脳は人間に、とても優しく残酷よ。

 彼は鎖月家が嫌いで、消し去りたいと思っていた。そしてそれを思い出させてしまう聖の記憶を消してしまった。一番嫌な存在であるはずの鎖月篝を消すより、簡単だったから。

 まあ、それは貴女もそうだけどね、聖。貴女の記憶も欠陥だらけ」

 だが消したといっても、根本的に“無かった”ことには出来ない。少なからず、意識の底には残ってしまっていた。

「元皇帝、アリカの敵の名は黒木聖だった。それに加えて昨日は貴女の誕生日。そして逢ってしまった、貴女に。思い出すには十分過ぎるぐらいだわ」

 そうそう、とつけたすように夕が続けた。

黒宮(くろみや)芦騎(ろき)が動き出したわ」

「・・・へェ。詩騎(しき)が泣くことになるな」

「可哀想に。彼女は最後まで兄に弄ばれる運命にあるのね」

「詩騎のことは嫌いじゃないから、私が関わることになったら協力する」

「良い心がけじゃない、聖」

 四大名家も大変ね、と夕は静かに呟いた。

 ――― 口の端をゆるりと引き上げ、聖は端正な顔を歪ませた。



 翠が宿に帰って来たのは深夜だった。

「翠!」

 探し回った挙句見つからず、宿に戻って丁度・・・・・・翠が帰って来た。

「どこに行ってたん―――

「世賭」

 感情を感じさせない、冷たい声で翠が世賭の名を呼ぶ。世賭は射竦められたかのように動けなかった。

「世賭が鎖月家の人間って本当? 世賭が鎖月家元次期当主って本当? 世賭が鎖月家次期当主の腹違いの姉って本当? 嘘だよね?」

 翠は吐き捨てるように、まくし立てるように、一気に喋った。世賭は驚愕の表情で翠を見つめる。

 ――― 誰からそんなこと聞いたんだ、ダレカラソンナコトキイタンダ(・・・・・・・・・・・・・・)

「な、んで―――

「ほんとうなんだね」

 まるで機械人形のように冷たく言い放つ。世賭はそれが無性に恐ろしくて、声が出なかった。

――― 睦月家次期当主と名乗る女の子に逢った。彼女は鎖月聖を殺したくて、それで協力して欲しくて僕に接して来たらしい。そして最後に言ったんだ、世賭が鎖月家の人間だって。僕は信じられなくて、もうそれ以上聞きたくなくて・・・・・・その場から逃げ出した。それでさっき――― 適当なところで時間を潰して戻って来た」

 翠は焦げ茶色の髪で顔を隠すように、うつむいた。

「言ってくれれば良かったのに、と思ったよ。だけど普通は言えないよね。僕だって薄々、何か四大名家に関わりがあるんじゃないかとか、そういうこと考えていた。だけど聞かなかったのは怖かったから。恐ろしかったから。だから、世賭は悪くない。逃げていた僕が悪いんだ。でもね、世賭。別に鎖月家の人間だって言っても良かったんだよ、だって」


 ――― 僕は鎖月家の人間だからって、世賭を嫌いになったりなんかしないから(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)


――― え」

「僕は世賭が好きなんだ、鎖月なんてどうでもいい。だからね、何があったのかはやっぱり聞かない。でも喋りたいなら聞くよ」

 ――― だからこれからも、幼馴染で、友人で、仲間で・・・・・・あってくれればそれでいいんだよ、世賭。

「・・・・・・あり、がとう」

「うん」

 泣いていたらしく、翠は若干眼の縁を紅くしていた。思わず、罪悪感を映した笑みが世賭から零れる。

「四大名家の重要人が動き出す、って・・・睦月理世が言ってた。僕らが巻き込まれることは確実だ」

 実体も影も無く、それは動く。

「・・・・・・何かが動き出しているよ」



...第睦話に続く

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第肆話...気炎万丈



 「鎖月聖を殺したいのよ

 睦月理世は、その顔に似合わない、怒りと憎悪がこもった表情で言い捨てた。

「鎖月、聖・・・・・・」

「聞いたことぐらいあるでしょう? 実在するのかわからない、謎の鎖月家次期十三代目当主(・・・・・・・・・・・・・)

 小耳に挟んだことはあった。鎖月家現当主である鎖月(かがり)が、十四年ほど前に、不意に言い出した少女の存在。だが名前は出ても姿を見たものはおらず、実在しないのではないかという噂が流れた。

「実在しないと思ってる? 凍城翠」

「・・・・・・いえ、居ると思っていました」

 鎖月家は恐ろしい家、修羅の家。祖父はそう言っていた。何をするかわからない。血縁関係にあっても、平気で人を殺せるような家、だと。

「用済みになって殺したのか、それとも世間にさらしたくなくて閉じ込めているとか、意味のわからない鎖月家の掟とかを押し付けているとか・・・・・・だから姿を現さないんじゃないかって、幼いながらにそう思っていました」

「なるほどね。思っていたより頭が良いみたい」

 恐らく年下であるだろうに、理世は生意気な口調だった。

「殺したい、ということは実在しているんですね」

「そうよ。居もしない人間を恨んで殺したいと思うほど、あたしは莫迦じゃない」

 莫迦じゃないの、というように、理世は鼻で笑った。

 元来、鎖月家と睦月家は仲が悪い。四大名家が争うようになったのも、元はといえばこの二つの家が諍いを始めたのがきっかけと言われている。何故仲が悪いのか、そういう類の話は、翠はよく知らない。

 兎に角、鎖月家と睦月家は仲が悪く――― 面識がなくとも、いがみあっているケースが多いのだ。

――― あたしには兄がいたの。千理(せんり)って名前の、兄が」

 ぽつり、と理世は呟くように話し始めた。

「大好きだった。いつもあたしを一番に考えてくれる、優しい妹想いの兄」

 ――― その兄が六年前に・・・・・・殺された。

「その日は何故か兄だけが屋敷に残っていたの。あたしも父も、全員出掛けていて・・・・・・使用人は離れを使っていたから、屋敷には兄だけで・・・・・・兄は刀で斬られて、殺されていた」

 当然、鎖月家の者が殺したのだということになった。当たり前だ、鎖月家と睦月家は古くから仲が悪かったのだから。

「当然よね、ほんと。兄は次期当主で、殺されてもおかしくない立場だったわ」

 さっき理世は、睦月家次期当主と名乗った。ということは、兄が死んで妹にお鉢が回ってきたということか。

(それが余計に、心苦しいのかもしれない・・・・・・残された者はいつだって苦しい思いをする)

 かつての自分が甦る。

(この子は僕と違って、正しい復讐をしようとしているみたいだけど)

「許せなかった。誰が殺したのか、あたしは一人で探すことにした。情報屋を当たったり、ほんとにいろんなことをしたの。そして九ヶ月ぐらい前・・・・・・あたしは、鎖月聖に出逢った」

(六年の月日が流れても、彼女は兄を殺した相手を探していた・・・・・・)

 六年間。長かったろう、と翠は思った。もしかすると、理世にとってはとても短かったかもしれないけれど。だが、それでも、翠にとっては長い年月だ。

「偶然だった。睦月家本家は壱之町の近くにある。だから壱之町にはよく来ていたのよ。そこで逢ったの、鎖月聖に。彼女は人を殺していた。あたしを見て無言で立ち去って・・・・・・あたしは気まぐれを起こして死体を眺めたの。そしたら気付いた・・・・・・。この斬り方、傷跡、どれをとっても兄のものと一緒。これでも睦月家よ、見てわかる。忘れもしない、血塗れで倒れていた千理(にい)の死体と一緒だったのよ!」

 睦月理世に果たして、斬った跡を分析出来るのかはわからない。だが・・・・・・。

(彼女が第一発見者だった。そして兄を殺した犯人を見つけるために、少しでも手がかりを覚えておこうと鮮明に、はっきりと、“傷”を見た。見ようとした。だから、覚えていた・・・・・・)

 個性的な剣技のスタイルをとっていれば、傷跡で誰がやったのか、見分けがつくことも可能かもしれない。

「あたしは探した。探し続けた、あのときはまだあの少女が鎖月聖だって知らないから、記憶だけを頼りに情報屋を当たって探したの。そして先月、とある情報屋に逢って・・・・・・鎖月聖だということを知った」


『黒髪に金色の瞳。人形みたいに整った顔立ちで、身長170cm以上ある・・・・・・すっごく綺麗な女』

『・・・この子かしら?』

 情報屋は写真を差し出した。間違いない、紛れもなくあのときの少女。

『誰なの、こいつは誰』

鎖月家次期当主(・・・・・・・)・・・・・・鎖月聖よ(・・・・)

 写真の中で、鎖月聖は、恐ろしいほど美しい無表情を見せていた。


「あたしは鎖月聖を殺したいの。だからね、協力して―――貴女の大好きな幼馴染の事、教えてあげるから」

「世賭の事を・・・・・・?」

 何も知らないんでしょう、と理世は鼻で笑った。

「知っていたら、一緒に旅なんかするはず無いものね。鎖月家元次期当主で(・・・・・・・・・)鎖月聖の異母兄妹(・・・・・・・・)鎖月世賭であると知っていたら(・・・・・・・・・・・・・・)

 ――― 瞬間、世界が凍ったような気がした。




...第伍話に続く

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第参話...隔岸観火



 「遅いな・・・・・・」

 翠は誰に言うでもなく、そう呟いた。

 翠の入浴時間は大体二十分程度だった。それから一時間が経過したが、散歩に行った世賭は帰って来ていない。

(探すべきか、否か)

 嫌な予感がしていた。それは不安、でもあったが。

(僕の知らない、僕と出逢う以前の世賭に、関係していることが――― 起きている気がする)

 そう思うだけで、吐き気がした。

 ――― 僕は知りたくないんです、以前の世賭のことなんか。嫌なんです、怖いんです。

「はぁ・・・・・・」

(僕は何も知らない。世賭のことは何も)

 仕方が無い。世賭の為ならば、たとえ知りたくなかろうと知るしかないのだ。どんなに恐ろしかろうと、仕方が無い。

 だが、結局は自分の為でしかないのも、わかっていた。

 翠は剣を持って部屋を出た。長い長い廊下を歩き、宿を出る。

「肌寒い・・・・・・」

 世賭はどこまで散歩に行ったのだろうか。中央部まで足を伸ばしたという可能性もある。

――― 北部」

 北部は政府や小組織が管理しているビルが立ち並んで、近代的かつ都会的・・・・・・いかにも世賭が惹かれそうだった。

「北部に、行ったんだ」

 ――― 世賭・・・・・・!

 それは、緩やかな心の叫び。



 四月二十二日、八時四十六分。

「着いた・・・」

 翠は静かにため息をついた。とん、と高層ビルの一つに背を預け、眼を閉じる。

 と、そのとき。人の気配がした。即座に剣を抜き、身構える。

「!」

「やりィ、四大名家凍城(とうじょう)家の生き残り――― 凍城翠はっけーん

 眼の前に、見知らぬ少女が立っていた。

「何故、それを・・・・・・」

「驚いてるの? まあ、当たり前よね。でもあたしの名前を聞いたらもっと驚くだろうね」

 緑色の瞳を細めて、少女はにこやかに微笑んでいる。

「あたしの名前は睦月(むつき)理世(りせ)。四大名家の一つ、睦月家の次期当主

 翠の瞳が、大きく見開かれた。


 ――― 四大名家。国家機密に指定され、政府でもほんの一部しか知らないと言われている四つの名家のことだ。

 それぞれはそれぞれを支配しようと長く争っており、そして政府派と反政府派に分かれている。また、鎖月(さづき)家、凍城(とうじょう)家、睦月(むつき)家、黒宮(くろみや)家の総称

 だが現在は、凍城は壊滅し、睦月は裏社会からは降り、極道の家と成り下がっているため、その争いもほぼ休戦中だ。

 ――― 翠がかつて、恨み、愛し、捨てて、壊した凍城家は、反政府派で四大名家の一つだった。

「そんな怖い顔しないでよ、凍城翠。何もしたりしないわ。ただね、協力してほしいだけだから」

 ――― 鎖月聖を殺すために(・・・・・・・・・)



 鎖月世賭は、ふらふらとした足取りで宿に着いた。まだ、さきほどのショックが収まりきれていない。ぐわんぐわんと、頭痛がする。


――― 何故、聖がここに」

「逃げてきたんだよ。助けてくれた使用人がいてね」

「逃げてきた・・・・・・? 鎖月家から?」

「お前だってそうだろ、世賭。鎖月家に従って殺しをやるのが怖くなったから逃げ出した(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

「っ・・・・・・!」

「人間の脳は面白い。自己を護るために、自己にとって害だと判断された記憶は排除しようとする。私にとってお前という記憶は、害と判断された。だから最近まで、すっかりお前の存在なんて忘れていたよ。

 だけど今同居している女が情報屋でね。抜け落ちているパーツを大体、埋めてくれた。その代わり、私が知っている限りの四大名家、及び鎖月家や私についての情報を提供している」

「僕が・・・壱之町に来たことを知って・・・・・・・逢いに来たのか?」

「別にそういうわけじゃないけどね。まあ、逢って見たかったのは確かだ」

 ――― 戦ってみたい。ただ、それだけ。

「な・・・・・・・!」

「修羅の瞳を左眼に宿し鎮静しているお前が、どの程度なのか――― 知りたい気がしないでもないだけだ」

「どう、して・・・・・・」

「所詮、私もお前も鎖月家の人間だ。鎖月の血には抗えない。今度は刃を交えよう」

 そう言って、聖は去っていった。


 あの“違和感”は、聖のことを予感していたのだ。約半年前、アリカと戦った敵の名前は、黒木(くろき)そして今日――― 四月二十二日は聖の誕生日

 これだけでは終わらない、と・・・世賭の脳内で誰かが叫んでいる。

 

『終わらない、これだけでは。四大名家が関わりだす。これだけでは、決して終わらせやしない』

 
 頭痛が治まらない、足元がおぼつかない。世賭は無我夢中に部屋を開けて中に入った。

 刹那。―――すっ、と何かが冷めていくのを感じた。

「・・・翠?」

 ――― 翠が、どこにもいなかった。



...第話に続く

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