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せんそうとへいわ
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[
FourthDay]


 世界は巡り―――私は、賭けに勝てるのだろうか。



 夕日による赤光が私を突き刺していた。ぞっとするほど美しい落日が畳を赤く染めている。


 ふと、私の胸の内に蜘蛛の糸が垂れた。私は私を嘲り笑いたい気持ちに襲われ必死に耐えたが、結局耐え切れず薄笑いを浮かべてしまった。私が欲しいものは蜘蛛の糸ではない。そもそも、蜘蛛の糸などを求める者なんて此の世界に存在するのだろうか。


 ―――此れは、賭けだ。


 私が柏木帷を殺すか。少年が柏木帷を救うか。賭けである限り、私と少年は同等の存在である。


 ―――其れは、賭けだ。


 私は僅かな確信と最終手段を両手に掲げた。比喩である。愚の骨頂である。


 ―――あれは、賭けだ。


 私は静かに起き上がると、放置していたワープロの電源をつけた。



 午後十二時五十三分。私は柏木帷の通う市立中学校にいた。丁度昼休みが始まる頃なのか、子供たちがわらわらと校舎から群がり飛び出していく。遠目で見たら其れはまるで虫の大群のようであっただろう。少なくとも子供があまり好きではない私には、おぞましい虫の大群に見えた。困った眼である。


 其の虫の大群に呑み込まれそうになりながらも、私はなんとか下駄箱に辿り着いた。無駄な達成感があった。愚か過ぎて涙も出ない。


 柏木帷の下駄箱を捜していると、数日前に柏木帷の事について聞いた東堂穆矢を発見した。


「柏木帷の下駄箱は何処にありますか」


 其のように問いを投げかけると、東堂穆矢は快く答え、眼の前まで案内してくれた。彼は何と素晴らしい少年なのだろう、と感心する。此処まで純真で人を疑う事を知らぬ少年はきっと良い人間へとなるだろう。私は少年の未来に大きなエールを送った。


 私は心の中で東堂穆矢に向けてエールを送り続けながら、柏木帷の下駄箱に二つ折りにした手紙を入れた。



 夕暮れが近付いてきた午後四時丁度。赤から青へと変わる境目の紫色を見つめながら、私はぼんやりと立っていた。


 柏木帷の住むマンションの屋上は、だだっ広く何もない、良いところだった。


 私の最終手段は柏木帷を転落死させる事であった。昼間、彼女の下駄箱に入れた手紙には此処に来るよう書いてある。


 来るか、来ないか。否、来るであろう。


 がちゃり、と屋上の扉が開く音がして、私は振り返った。


「柏木さんを転落死させるおつもりですか」


「……」


 ほうら、来た。賭けの行く末が決まった。


「柏木さんを救いに来ました」


「………………(かぎり)夏婁(なつる)、」


 私は少年の名前を口にした。少年が薄く笑ったのが判った。


ルール違反だ(・・・・・・)


 ぞわり、と何かが這い出るような感覚に襲われる。


「やっぱり、君は世界が繰り返されている事を認識していたんだな」


「其のとおりです」


 ―――此れは、賭けだ。


 だから私と少年の立場は同等である。私が憶えている事は、少年も憶えている筈なのだ。


 だから、少年は―――阻止が可能だったのだ。


「一回目は偶然でした。何となく柏木さんを尾行しようと思い立って尾行していたら、貴方が現れて彼女を連れ去った」


「でも君はすぐに助けに来なかった」


「賭けをしたんですよ」


「……賭け?」


 少年は頷く。其の無表情が不気味だった。


「次の日、僕が助けに行くまでに死んでいたら僕の負け。無事救う事が出来たら僕の勝ち」


「薄情だな……」


 なんて残酷な少年だろう、だが少年がそうしていなければ、今の私はいないのだ。だが、少年が何もしなければ私は柏木帷を楽に殺す事が出来た。


「僕は賭けに勝った。柏木さんは救われた。其れで、終わりのはずだった」


「だが世界は繰り返された。私の願いによって。君は驚かなかったんだな」


「此の世は摩訶不思議な事ばかりだと姉が云っていたので。そういう貴方こそ」


「私が願った事だ、驚くなんて筋違いだろう」


 少年は其れもそうですね、と呟いた。


 私との距離が、縮められた。


「其の後は貴方のお考えの通りですよ」


「君は私の殺意を知っていた。柏木帷と私の動向に注意を向けているだけで良かったから」


「そうですね。どれも容易い事でした」


「―――此のまま世界を繰り返し続けるつもりだったのか?」


「ええ、まあ。でも予感はしていました。そろそろ貴方がルール違反をするんじゃないかって。定められた言葉を発さなくなるんじゃないかって」


「君は聡明だな」


「狡賢いだけですよ」


 くくっ、と初めて少年は楽しそうに喉を鳴らした。


 私はゆっくりと後ろに下がり、屋上の手すりにもたれかかる。


「私も賭けをしていたよ」


「柏木さんが此処に来るか、僕が此処に来るか」


「ああ」


「柏木さんが此処に来たら、柏木さんを突き落とす。僕が此処に来たら、」


 続きは云わなかった。あまりにも続きが判り易過ぎる。


「貴方は一回目のときも同じような賭けをしていましたね」


「机の上に置いてあったワープロの文面を見たのか」


「はい。柏木さんを殺せたら警察に捕まり、柏木さんを殺せなかったら自分を殺すつもりだった」


「でも出来なかった。君が現れたから」


 私はす、と眼を細め、前を見据えた。落日が私を鋭く突き刺す。


 フェンスから覗いた空と地面はあまりにもかけ離れた存在のように見えて、何だか飛べるような気がした。最後まで愚の骨頂である。


「其れでは、然様(さよう)なら」


 そう云ったのは、果たして誰だったのか。



 “○月△日の午後四時二十八分に、△△町の##マンション屋上にて、転落事故がありました。転落死したのは******さん、二十一歳で、自宅に遺書と思われる文面が書かれた紙が発見された事から、警察は自殺と見て調べを進めています……”

 


 不明確な理由も、理不尽な殺意も、筋が通っていない事実も、全て彼の望みどおり黙っていよう。


 そうすれば、其れで彼の賭けは終わりを迎えられるのだから。

 


終。




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[
ThirdDay]


 世界は巻き戻った。私は賭けに負け続けている。



 気がついたら夕日によって赤く染まった畳の上に私は寝転がっていた。無様だった。敗北感に襲われた。


 あの少年は如何して阻止を可能にさせているのだろうか。


 だが其れを知る事は出来ない。私が彼女を殺す理由を明かさない限り、少年は其れを口にしないのだ。


 今度こそはと、私はどうかすると色んな意味で柏木帷よりも薄っぺらな自分の胸に拳を置き、誓った。


 今度こそは、あの少年に勝って柏木帷を殺そうではないか。



 とは云ったものの、少年を出し抜けるような殺人計画が私の頭脳で考えられるわけもなく、私はただぼんやりとしてしまって貴重な時間を無駄にした。愚の骨頂である。果たして私は「愚の骨頂」を正しく使えているだろうか。どちらにせよ私は愚かな人間である。


 気付けばもう夜は明け、古びた時計は午前七時二十六分を指していた。柏木帷は部活等には入っていないようだから、あともう少ししたら○○公園の前を通るだろう。


 そう考えて、私は無意識の内に立ち上がり買って置いた新しい包丁のパッケージを開封し、部屋を出た。階段を降りる途中、柏木帷が向こうの方から歩いてくるのが見えた。


 私は息を潜め、柏木帷が○○公園を横断するために足を踏み入れたのを確認して後ろへと回った。


 ―――三度目の正直、だ。


 だが、私は思い出した。―――二度ある事は、三度ある、とか云う言葉があったではないか。


 包丁を振り翳す腕が掴まれている事に、私は気付いた。ぞわり、と何かが這い出るような感覚に襲われる。


 私は振り向く事が出来ず、固まったままであった。そうこうしているうちに、柏木帷は○○公園を横断し終えやがて其の小さな背も見えなくなって行った。


「彼女を殺すつもりだったんですね」


「っ……!」


 掴まれていた腕が離され、ぶらん、と私の腕は重力に従って落ちた。だが、包丁は地面に叩きつけられる事なく、私の貧相な手に握られたままである。


「柏木さんを救いに来ました」


「……如何して、判ったんだ」


「じゃあ如何して貴方は柏木さんを殺そうと?」


「君と彼女からすれば、理不尽な理由がある」


「教えてくれないんですね」


「そうだな、何度リセットして世界をやり直しても彼女は私に殺されるぐらいの事をやり、そして私は理由を一切告げずに彼女を殺すよ」


「其の分だと、柏木さんにも教えていないようですね」


 同じ事の繰り返し。会話が噛み合っていないようにも思えたが、此れは正しい会話である事を私は知っていた。


 同じ事、と云えども、私の声は震えており、顔は引き攣っていた。其処が前回と前々回との相違点である。


 少年は私を一瞥すると、冷めた笑みを浮かべて歩き始めた。私を置いて学校に向かうつもりであろう。


「云って置きますが」


「……」


「何度貴方が彼女を殺そうと、世界をやり直しても」


「………」


「僕は其の度に其れを阻止する事にします」


「…………」


「其れでは、然様(さよう)なら」


 捨て台詞のように、少年は云った。だが私は知っている、少年の捨て台詞は此れではない。


「もう一つだけ、云って置きます」


 かみさま、と私は心の中で呟く。


「僕の名前は、」


 少年の名前はもう聞きたくありません。柏木帷を殺させて下さい。



...Fourth Dayに続く




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[
SecondDay]


 世界は巻き戻り、また私は柏木帷を殺しに行く。



 六畳程度の私の部屋は、ガタガタと軋む窓から注がれる赤い夕日の光によって、何とも奇妙な色に染まっていた。


 予感がして、私は携帯の画面を見た。日付は私が柏木帷を殺そうと決意したあの日であった。


 やり直せたのだ、と私は思った。かみさまは私の願いを聞き入れてくれた。今度こそ、柏木帷を殺せる。


 だが、私の胸の内には不穏な影が生まれていた。あの少年の存在である。


『何度貴方が彼女を殺そうと、世界をやり直しても』


『僕は其の度に其れを阻止します』


 末恐ろしい少年だ、と云えば其れで終わりである。だが、其れ以上のものを思わせる何かをあの少年は放っていた。


 私は購入した包丁を取り出した。まだパッケージから開けていない、真新しい包丁だ。


 此れで斬るか刺すかして殺すのは、柏木帷のみだ。私は其れ以外の人間を殺すつもりはない。


(
……此れは賭けだ)


 私が柏木帷を殺すか。少年が柏木帷を救うか。


(
ならば、私は)


 何度世界をやり直してでも、彼女を殺してみせよう。



 私は柏木帷が通う市立中学校の付近にある公園のベンチに座った。私の近所にある○○公園とは違い、其れなりに大きい公園である。


 先程購入した午後の紅茶(因みにストレートティーである)の蓋を開け、口をつける。


 時刻は午後四時十六分、此の午後ティーを飲み終えた頃ぐらいには彼女が校門から現れるのではないかと予測する。


 最後の一口を飲み終えたところで、彼女が校門に向かって歩いてくるのが見えた。私の予測は当たったようだ。


 私は公園にある網目でところどころ錆びてしまっている深緑色のゴミ箱に缶ジュースを投げ、そして外した。面倒だったが何だか罪悪感を覚えそうだったのでわざわざ拾いしっかりゴミ箱に入れると、柏木帷は校門から暫く行った地点まで進んでいた。


 私は○○公園の前で柏木帷を殺そうと考えていた。ならば○○公園で待ち伏せしていれば良いのだろうが、後ろから一突き、と云うのもなかなか良いのではないかなと思い、学校から尾行する事にしたのである。


 私は彼女を殺したいのであって、別にその後犯人として捕まっても構わないのだった。だが前回のように殺せないまま殺人未遂で捕まるのは御免だ。柏木帷はともかく、少年はきっと警察に云うだろう、と思った。でなければ世界をやり直すたび阻止する、などとは云わないだろう。


 果たして少年と柏木帷は前回の記憶を私と同じように持っているのか、其れは定かではなかった。だが、何であろうと構わない。柏木帷を殺す事さえ出来れば、全てはお終いなのだから。


 ○○公園が見えてきた。あと少しで彼女は○○公園を横断するため○○公園に足を踏み入れるだろう。其のとき、彼女は私の持つ包丁によって殺されるのだ。


 ―――だが、私は振り向いてしまった。ぞわり、と何かが這い出るような感覚に襲われて。


「其の腰に隠し持っている包丁で柏木さんを殺すんですか?」


「……あ…ぁ、」


 呑み込まれそうな、空虚な瞳が私を突き刺していた。あの、少年だった。


 柏木帷は既に立ち去っていて、○○公園の前には私と少年の二人だけだった。


「柏木さんを救いに来ました」


「……如何して、判ったんだ」


「じゃあ如何して貴方は柏木さんを殺そうと?」


「君と彼女からすれば、理不尽な理由がある」


「教えてくれないんですね」


「そうだな、何度リセットして世界をやり直しても彼女は私に殺されるぐらいの事をやり、そして私は理由を一切告げずに彼女を殺すよ」


「其の分だと、柏木さんにも教えていないようですね」


 半ば条件反射で答えていた。恐怖なのか感動なのか自分でも判らない感情のせいで、身体が思うように動かない。


「じゃあ僕も如何して貴方が柏木さんを殺そうとしている事に気付いたのか、教えない事にします」


 少年はそう云って、私に背を向けた。夕日が公園を赤く染めていると云うのに、私と少年の周りだけ妙に薄暗く見えた。


「云って置きますが」


「……」


「何度貴方が彼女を殺そうと、世界をやり直しても」


「………」


「僕は其の度に其れを阻止する事にします」


「……………」


「其れでは、然様(さよう)なら」


 夕日は徐々に沈んでいく。少年の背中が遠くなっていく。


 ああ、と少年が呟き、ゆっくりと振り返る。少年の影がより一層、濃くなった。


「もう一つだけ、云って置きます」


 かみさま、と私は心の中で呟く。


「僕の名前は、」


 もう一度、世界をやり直させて下さい。私に柏木帷を殺すチャンスを、もう一度、下さい。



...ThirdDayに続く




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[First Day]


 私は柏木(かしわぎ)(とばり)を殺そうと決断した。



 六畳程度の私の部屋は、ガタガタと軋む窓から注がれる赤い夕日の光によって、何とも奇妙な色に染まっていた。


 ボロアパートというほどボロいわけではないが、約二十年の月日を経た此のアパートは築二十年に見合うだけの軋みと歪みを部屋に与えている。私はしがない一人暮らしの大学生で、そして何気に此のアパートを気に入っていたため其の軋みと歪み、其の他諸々は気にならなかった。


 だが気に入っているとは云え、別段大切にしている場所でもなかった。確かに住む場所は必要であるが、此のアパートに其れ以上の想いは特にない。


 今通っている大学も三流以下で、親しい友人は片手で数えられる程度どころか親指と小指は使わない程度しかいない。楽しい事も目指す事もない。ついでに云えば、青い春とも縁がない。


 父も母も私が幼い頃に死んだ。親代わりであった兄もつい此の前死んでしまった。


 何が云いたいのか、詰まる所、私は捨てても構わないものしか持っていないと云う事だ。


 要するに、だ。


 私は全てを捨てられる。


 私は何をしても私の大切な人に迷惑をかける事がない。


 私は私しかもう持っていない。


 私は、私は、私は。


―――
さて、柏木帷を殺しに行こう。



 柏木帷は十三歳、近所の市立中学校に通う一年生である。両親と三人で普通のマンションに住んでいる。


 常に無口で無表情、内気と云うよりは暗さを感じる性格である。しかも人を寄せ付けないオーラを纏っており、親しい友人はほんの一握りもいないと思われた。たまに同じ小学校である少年少女と喋る程度の付き合いしかしていないようだ。


 此の情報は、彼女のうちの近所に住む彼女と同級生の少年から聞きだした。彼は通りすがりにいきなり「柏木帷を知っていますか」と問うた私に気兼ねも不審な素振りもなしに柏木帷の情報を彼が知っている限り全て話してくれた。どうやら彼は彼女と仲は良くないが同じ小学校であったらしい。東堂(とうどう)穆矢(よしや)と名乗った。


 最近の子供は常に携帯を持ち歩き見知らぬ大人にはこっちが驚くほど冷たい態度を取るものだと思っていたが、彼は警戒心と云うものとはかけ離れた心をしており、私は好感と感謝の念を彼に抱いた。


 ともあれ、今日私は其の情報を持って彼女を誘拐し、暫くの間監禁して殺すと云う計画を実行する事を胸に誓った。



 彼女の通学ルートは一応脳内の奥底に仕舞いこまれていた。其の通学ルートの中には私の家から徒歩三分程度で着く○○公園も含まれており、其処で誘拐を行う事にした。


 ○○公園は小さく遊具もほとんどない。あるのは錆びたブランコと猫の額ほどもない砂場だけである。其のおかげで此の公園には誰も訪れない。私にとっては此の上ない素敵な公園であり、とても好都合な公園だ。


 午後四時三十六分前後、彼女は其の公園を横断する。今日も例外ではなく、彼女は公園を悠々と横断し、ブランコに座っている変な大学生(=私)を不審な目で見る事もなく無表情に通り過ぎようとした。


 彼女誘拐時の話は此処ではしない事にする。私がただの犯罪者に成り下がってしまうからだ。否、確かに私は彼女を誘拐し殺そうと考えている時点で犯罪者なのだが、私は「ただの犯罪者」ではないのだと主張したいのであった。愚の骨頂である。


 兎にも角にも私は彼女を誘拐する事に成功し、六畳程度の私の部屋に彼女を置いた。



 包丁とは、食材を切断または加工する為の刃物で、調理器具の一種である。和包丁、洋包丁、特殊用途の包丁を備えた包丁に大別出来る。因みに和包丁と洋包丁では構造が異なり、厳密な区別基準と云うものは存在しない。刃の素材は鋼鉄やステンレス、セラミックスが一般的である。


 何が云いたいのかと問われれば、包丁は一家に二つ以上はあり手頃に入手可能な凶器である、と私は答える。そして決して包丁は人を斬ったり刺したりするものではなく、主に食材を切ったり刺したりするものだとも云っておこう。


 だが私は某黄色と黒のコントラストが眩しい百貨店にて購入した包丁で、柏木帷を殺そうと思っている。


 ホームセンターで購入した縄で縛られた柏木帷は、同じくホームセンターで購入したガムテープを口に張られ、畳に転がされている。因みに抵抗したのは最初(拘束したとき)のみで、其の後は一切動かず薄い胸を上下させ瞬きをする程度の運動しか見せていない。


 食事をさせるべきかどうか迷ったが、そう何度も厠に行かれても困るので一切与えない事にした。どうせ一週間以内には殺すのだ、餓死はしないだろうと予測する。


 ―――彼女の両親はきっと、娘が帰って来ない事について何の感情も抱いていないだろう。今は午後九時十二分であるから、夫婦揃ってテレビでも見てバラエティを楽しんでいる頃か。


 全く薄情な親共だ、と云いたくなるが、本来其れを云うべきなのは娘である柏木帷であろうから、私は黙っている事にした。そう云う家庭である事は彼女も私も両親も判っている事で、私にとってみれば好都合なのだ。


(
……否、そうとも云えないな)


 其の家庭環境こそ、私が柏木帷を殺す所以なのだから。


 ともあれ、柏木帷を捜す者など存在しないのだ。彼女は此のまま、少なくとも一週間後には私に殺される運命にある。



 隣人が出かけて行った事を確認し、私は柏木帷の口に張られているガムテープを取った。


 何と声をかければ良いのか判らなかったので、私は黙っている事にした。そうすれば此の部屋には静寂が訪れるだろう。


 だが予想と反して、柏木帷が口を開いた。


「貴方は、」


 はっきりとした口調だった。


「私を殺すんですか」


 答えるべきか、迷った。彼女は何の感情も浮かんでいない顔で畳を見ている。


「そうだよ」


 さらり、と彼女の髪が揺れた。肩あたりで切り揃えられた焦げ茶色の髪。彼女の両親は果たして、此の髪に優しく触れた事があるのか。と何やら感慨深いものを感じさせる髪の毛である。


「私は貴方を知りません」


「だろうね」


「では何故殺すんですか」


「君からすれば、理不尽であろう理由がある」


「教えてくれないんですね、私は当事者なのに」


「そうだな、何度リセットして世界をやり直しても君は私に殺されるぐらいの事をやり、そして私は理由を一切告げずに君を殺すよ」


「其れは如何でしょう」


「何を根拠に」


「……」


 彼女は其れから一切言葉を発さなくなった。殴っても蹴っても、彼女は応えなかった。


 灰色に澱んだ空が、軋む窓から見えた。



 無数の青痣が彼女に出来ていた。私が殴ったり蹴ったりしたからだ。あのときは何故だか自分でも判らぬままに激情してしまい、そんな行動を取ってしまった。後悔はしていなくもない。愚の骨頂である。


 柏木帷は死んだように眠りこけていた。現在の時刻は午後十二時一分、私も彼女もかなり寝坊している。


 午後三時を過ぎても彼女は眠っていた。今日は晴れていて、きっと夕日が見られるだろう。



 午後四時三十六分。奇しくも彼女を攫ったのと同じ時刻に、事は起こった。


 美しい夕日が軋む窓から赤い光を注ぎ、未だに眠り続ける彼女と彼女の肌と畳を赤く彩らせた。私だけが暗い影の中にいるように錯覚した。


 不意に、玄関の戸が叩かれたような気がした。耳を澄ますと、確かに控えめな音で戸が叩かれている。


 如何してインターホンを鳴らさないのか。


 ちゃんと深く押さないと鳴らないポンコツではあるが、インターホンはある。如何して其れを使わないのか。


(
まるで彼女を起こさないようにと気遣っているようだ)


 そう思ってしまうような、戸の叩き方であった。


 私はゆっくりと立ち上がった。最近、既に癖か習慣になったかのように立ち上がるたび襲われる立ち眩みに暫く耐え、治まってから玄関へと向かった。


「今晩は」


 扉を開けると、其処には一人の少年が立っていた。



 夕日が差し込む六畳程度の部屋の中、眠っている柏木帷の傍らで、私と少年は座って対峙していた。さっきからずっと、ぞわり、と何かが這い出るような感覚に襲われていた。


 彼女と彼女の肌と畳は赤く染まっていたが、私と少年は暗い影に覆われている。


「柏木さんを救いに来ました」


「……如何して、此処が」


「じゃあ如何して貴方は柏木さんを誘拐したんですか」


「殺す為に」


「では何故殺すんですか」


「君と彼女からすれば、理不尽な理由がある」


「教えてくれないんですね」


「そうだな、何度リセットして世界をやり直しても彼女は私に殺されるぐらいの事をやり、そして私は理由を一切告げずに彼女を殺すよ」


「其の分だと、柏木さんにも教えていないようですね」


 華奢な其の少年は不気味以外の何者でもなかった。彼女を助けに来たと云うのに彼女には一切触れない。


「じゃあ僕も如何して此処に柏木さんがいると云う事が判ったのか、教えない事にします」


 ようやく、少年は動いた。其の華奢な身体に反して其れなりに力はあるようで、眠っている柏木帷を軽々と抱き上げ背負い、立ち上がった。


「云って置きますが」


「……」


「何度貴方が彼女を殺そうと、世界をやり直しても」


「………」


「僕は其の度に其れを阻止する事にします」


「…………」


「其れでは、然様(さよう)なら」


 気がつくと、夕日は疾うに沈み、部屋は薄暗くなっていた。


 ああ、と少年が呟き、ゆっくりと振り返る。少年の瞳は柏木帷以上に、何も映していなかった。


「もう一つだけ、云って置きます」


 かみさま、と私は心の中で呟く。


「僕の名前は、」


 出来る事ならばもう一度、世界をやり直させて下さい。そして、私は今度こそ、柏木帷を殺す。



...Second Dayに続く




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