せんそうとへいわ
びちゃり、と血の海に足を踏み入れる。
瞬間、放たれた銃弾を避けて突進する。
「そっちだ、日向」
「ラジャー、ボス!」
誰かが吹っ飛ばされる音と、うめき声。
それにとどめを刺すように、乱射される銃撃。
「リコリス、ナイスだ。ロキア、先に行け」
「了解」
一人の少女が突き進み、その直後に多数の人影が少女を襲った。
「ロキア!」
「そっちへ行った! ユナ、リラ!」
「もう殺ってるよ」
バチバチと弾ける音、銃弾、切り裂かれる音、金属音。
そして―――歌声。
「“円舞曲《ワルツ》”―――」
銀色の髪が煌めき、幻影が敵を一斉に殲滅する。
「さすが、透離」
「任務完了…だな」
―――とある中小マフィアがこの日、カルコラーレファミリー幹部の手によってあっさり殲滅させられた。
*
「暑いです、ボス!」
「我慢しろよ。仕方ないだろ、この前お前とロキアがこの部屋のエアコンぶっ壊すから―――」
「あれは私のせいじゃないってーの。日向一人でやった事だぜ」
「何を勝手な事を言っているんですか! あのエアコンを壊したのはロキアでしょう!」
「元はと言えばお前が手ぇ出してきたんだろー」
とある真夏の昼下がり。
先日のロキアと日向の喧嘩によりエアコンの壊れた蒸し暑い部屋に、カルコラーレファミリーの幹部とボスは集まっていた。
カルコラーレファミリー幹部のツートップの不毛な争いに、その場の全員が顔を顰める。やれやれと言わんばかりに、ボスである閑廼祇徒が机を軽く叩く。
「うるせぇよ。エアコンは三日後届くんだからそれまで我慢しろよ。結局お前らの喧嘩のせいで壊れているんだから、お前らは文句言える立場じゃないんだって」
「うっ……まあ、そうだけどよ」
「あ、じゃあ! 海へ行きましょう!」
何がじゃあ、なのだと言う間もなく、日向がまくしたて始めた。
「せっかくの夏なんですから満喫しましょう! 海良いじゃないですか海ー!」
「うーん海か…良いかもね」
ユナの同意の言葉に、日向は嬉しそうに更に言葉を重ねる。
「でしょう! 青い海! 白い砂浜! 涼めるし一石二鳥です。そうなったら早速水着を買いに行きましょうっ」
「お前な……」
「でも良いな、海。私は好きだぜ」
「…………行きたい」
「そうね、良いかもしれない」
「おい」
口々に言う少女らを見て、深いため息を吐いた祇徒に、透離が言う。
「良いじゃないですか、海。ここのところ任務続きでしたし、久々に皆休暇がとれている事ですから息抜きだと思えば」
「息抜き…ねぇ」
「行きましょうよボス! 息抜きです、息抜き最高!」
再度ため息を吐き、祇徒は顔を上げた。
期待に満ちた皆の顔が目に映る。
「仕方ないな…行くか、海」
「やったあ! ボス、大好きですっ」
飛び跳ねるように抱きついた日向を疲れた顔で受け止めた祇徒は、さて自分の水着はどこに仕舞ったかを思い出そうとしていた。
―――涼しげな風鈴の音が聴こえた。
*
「何故こんな事に―――」
某デパートの女性用水着売り場。
カルコラーレファミリー幹部唯一の男、ボスである閑廼祇徒は、盛大にため息を吐いて壁にもたれかかった。
「今日はため息多いね、ボス」
「誰のせいだと思ってんだおい」
けらけら笑うユナを一瞬睨み付けると、天を仰いだ。
天井を見つめたのは、呆れと疲れのためだけではなくユナが手に持つそれ―――水着から眼を逸らすためでもあったのだが。
「ボスう~、どれが良いと思いますかっ!?」
駆け寄ってくる日向を一瞥して、「げっ」と祇徒は瞬時に嫌そうな表情を浮かべた。
「お前、何着持ってきてんだよ水着を! 大体二着ぐらいに絞ってから持って来い、というかそもそも持って来るな俺のところに!」
「ウブだなぁボスー」
「ちげえよ! つか、俺は水着持ってるし来たくなかったのになんでこんな羽目に」
「皆がボスに水着を選んで頂きたかったからなのでは?」
リラの言葉に、いよいよ祇徒の表情は苦々しいものへと変わる。
「あぁ…他の客の目が痛い…」
ちらほらといる一般客(※全員女性)の視線が祇徒に突き刺さっているのだ。
女性ばかりに祇徒一人が囲まれている時点で異様な光景であるのに、その光景が繰り広げられている場所がよりにもよって水着売り場だなんて―――
「はぁ……」
さっさと決めてさっさと海へ行って帰りたい。
祇徒の切実な表情に、周りの少女たちはクスリと笑った。
*
潮の匂いと波の音。
照りつく太陽の光が素肌を焼く。
「海だーーーッ!!!」
普段のテンション以上のテンションで砂浜を駆けていく三人(※ロキア、日向、ユナ)を見て、元気だなぁと呟いた。
「そうですね」
水着の上からパーカー、帽子を目深に被り日傘をしっかり握っている透離は、どうやら海に入るつもりは一切ないようだった。
銀色の髪が風になびく。
「リコリス、行きましょ」
「うん」
リラとリコリスは砂浜で城を作るようで、もう既に土台を作り上げていた。
「仕事が速い……」
「ボスは泳ぎに行かないのですか?」
透離の言葉に、祇徒は「あー」と答える。
「しばらくここで休んでるよ。もうちょっとしたら泳ぎに行く」
「そうですか。私はかき氷食べてきますね」
そう言って海の家へと向かった透離を見送り、祇徒は一人ぼんやりとはしゃぐ仲間の姿を見つめた。
(輝いている、皆)
こうしていると皆、普通の女の子だ。
剣も銃も持たない、ただの普通の少女たちだ。
(そんなこいつらに、俺は血を流させているんだな)
後悔や懺悔の気持ちは一切ない。
―――けれど。
(お前たちは本当にこれで良かったのか?)
“普通の女の子”でなくて、良かったのか。
(……あいつも、こいつらも、“普通の女”の道を歩めたのに)
自分のせい、なんだろうなと思う。
ロキアも日向もユナもリラもリコリスも透離も。
―――ヴェンタッリオのボスも。
深い青色の海が視界を埋める。
無意識のうちに、足をそちらへ向けていた。
(海って、好きでも嫌いでもなかったけど―――こんなにも、鬱陶しいものだったんだな)
身体を海に浸し、泳ぎ始める。
肌を突き刺す冷たさに、心地よさを感じた。
少女らの歓声が、遠くへ行ってしまうようだった。
(俺がボスにならなければロキアはカルコラーレに入らなかった)
泳ぎながら、青い海を見ながら、考える。
(日向もユナもリラもリコリスも透離も)
―――あいつも……俺も。
「祇徒!」
はっ、と、泳ぎをやめて、顔を上げる。
笑顔のロキアがそこにいた。
「遠泳か? だったら勝負しようぜ!」
「日向とユナは…」
「あいつらガチンコビーチバレー始めちまったから、暇なんだ。勝負、受けて立つよなぁ? 祇徒」
挑発的な態度に、思わず乗ってしまう。
「おお、やってやろうじゃねえの」
「そう来なくっちゃ。じゃ、もう少し行ったところから浜まで競争な」
「わかった」
もう少し離れたところまで泳ぎ、浜の方向へ身体を向ける。
「よっし、じゃあ―――スタートだ」
瞬間、二人は同時に泳ぎ始めた。
男女の差とかいうものは、ロキアには通用しない。
本気でやらなければ、必ず負ける。
(久々だなぁ……こういうの)
ロキアとは、よく勝負をした。
ファミリーの中では一番古い仲だ。幼い頃から知っている。
とにかく、色んなことが全て競争だった。
剣技の特訓も、マメの数も、競争だった。
そんな競争が、ロキアとやる競争が、とてもとても楽しかった。
(男顔負けの強い奴。負けず嫌いだけど面倒くさがり)
潔く勝ちも負けも受け止める、男顔負けの男前っぷり。
そこが、ロキアの良いところだ。
「っは…!」
「はぁ…はぁ…くっそ…引き分けかよ…」
岩の陰になっている浜辺に二人して倒れこむ。
全力で泳いだから、二人とも息が荒い。
「うおー、気持ちよかったぜ」
「だな。ロキアと勝負は久しぶりだ」
「そうだな。楽しかったよ、祇徒」
ロキアが上半身を起こし、祇徒に影が差す。
深緑色の左眼が、祇徒を見つめていた。
「―――私は楽しいよ、祇徒といると」
「え?」
「祇徒といる事、後悔した事なんて一度もない。私はカルコラーレファミリーの幹部になれて、祇徒の傍にいれて、凄く楽しいんだ」
―――他の皆も絶対そう思ってる。
深い森の色の瞳が、細められた。
「ロキア…、」
「さーて、運動したら腹減ったな。イカ焼き食いてー! 祇徒も食べに行こう」
「あ、ああ」
のそりと起き上がって、先に歩いて行ってしまうロキアの背を追いかける。
(お前は―――)
白熱している日向とユナ、砂の城を見事に完成させていたリラとリコリスに声をかけ、海の家へ向かった。
(お前らは、“俺たち”になれて後悔、してないんだな?)
かき氷を食べ終えたらしい透離も共に合流する。
「ボスっ、イカ焼き奢って下さいよぉ」
「はぁ? 金持ってんだろ」
「む…ケチですねーボスは! 楽しい気分が興醒めですよ」
「……楽しい、か?」
眼が醒めるような青空。
肌を焼く太陽の光が降り注いでいる。
青い海が瞳に映り、そして。
―――少女たちの笑顔も、映る。
(父さん―――)
俺はまだ、貴方を越えられないけれど。
貴方以上に良い仲間を持っているよ。
―――夏はまだ、終わらない。
濃厚な夏の日
「楽しいに決まってるだろ」
「楽しいですよ、とても」
「…楽しい」
「ボスに連れて来て貰ったから楽しいですよ」
「楽しいよ」
「ボスと一緒にいられるんだから、楽しいに決まっているじゃないですか!」
「楽しいですよ、とても」
「…楽しい」
「ボスに連れて来て貰ったから楽しいですよ」
「楽しいよ」
「ボスと一緒にいられるんだから、楽しいに決まっているじゃないですか!」
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Love:小説、漫画、和服、鎖骨、手、僕っ子、日本刀、銃、戦闘、シリアス、友情
Hate:理不尽、非常識、偏見
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