「夢で遊ぶの、とそれは言った」
「夢に踊れと哀れな人形を操る」
「ここは誰かの夢の中。殺意しかない夢の中」
「ただ、悪夢だけをみて」
……そう、誰かが言った。
殺意の中で呼吸
正体が見えない夢。映し出すものを失った夢。この夢の主は、本来の自分を見失っている者。
「つまりは、本人ですらも自分の正体がわからないんだ。自分を持っていないから、こんな世界になっちまった。誰かの夢をパクったような、何も無い白ってわけじゃねぇ感じがそこらへんを表してる」
「…そうね。主はわかりきってる。“あれ”しかいない……」
あぁ厭きた、と呟く。わかりきった犯人を見つける事ほどつまらないものはない、と黒は思う。
「なら…、」
「あ?」
「動機は……? どうして“あれ”はこんな事をしているの」
殺すため―――ではないのはわかっている。“あれ”がよりにもよって、鎖月聖の命を狙うはずが無いのだ。
風も無く空気が流れている。時が止まったように二人のいる空間は切り離されている。
音も無く振る積もらない灰色の雪は、この空間にだけは降って来ない。
「“あれ”の意思ではない、とかな」
「……成程」
―――刹那。
空気の流れが変わった。
何者かが切り離された空間に入り込んだ気配。
二人は、ゆっくりと“それ”を見据えた。
「………貴方ね、“犯人”は」
正解、と言う、かすれた声が空間に響いた。
*
一際、積もらぬ灰色の雪が降っている場所に交差点は出た。
音も無く、風も無く、積もらぬ雪はまるで吹雪のように激しさを増している。
(激しさなんて一ミリも感じさせねェが)
大粒の牡丹雪は空間以外のモノに触れると消えてゆく。
まるでそれは、積もる事を知らないような。
「ちっ、」
鮮やかな緋色の瞳が、何かを捉えた。
色彩の無い世界に現れた、マンダリンオレンジの何か。
「舌打ちは良くないで? ……幸せが逃げてまう」
ルーク=アザゼル。
うろ覚えではあったが、そんなような名前であったと記憶している。
先程、吹っ飛ばされる前に見たときは覚えていなかったが―――直接対峙したのは、今が初めてなのだ。
灰色の雪の中、髪色と同じ鮮やかな橙色のマフラーが靡く。
(―――靡く?)
音も無く、風も無いというのに…?
「おい、」
「くくっ、ははは」
笑い声を残して、姿が消える。
一瞬にして、ルークは交差点の頭上に移動し大鎌を振り下ろした。愛架とは違う、哀愛架よりも大きく飾り気の無い冷徹な大鎌。
しかし、そんな不意をついた攻撃も交差点には無駄だ。自身の反射能力で、逆にルークを吹っ飛ばす。
「そうやった、お前の能力は反射やったなぁ」
空中で体勢を変え、上手く着地したルークは笑いながらそう言った。
何を笑っているのだ、と思いながら、そういえば俺はコイツの能力を知らない、とも思った。
「反撃開始、やで?」
思いっきり地を蹴り、刈るように鎌を大きく横に振る。
交差点は、反射で避けた。……つもりだった。
「が、ァ…ッ!?」
切り裂かれる自身の服と肉。鮮血が噴き出す様を、眼を見開いて見つめる。
「ぐ、……ンな、」
痛みを無視して銃を取り出し、撃つ。
「―――無駄やって」
撃ったはずの銃弾は、交差点のほうに向かって撃ち込まれた。
「ぅ、ぐァ…っ」
何故、と呟く。
今、確かに自分は反射したはずで、そして相手に向かって撃ったはずなのに。
「て、めェ…ッ……無効化と、反射かよォ…っ!」
「ご名答やけど、ちょいと違うんやなぁ」
―――万物を“調和”する能力、と彼は言った。
「あらゆるものを無効化し、無効化したもんをコピー出来る能力みたいなんやけど、俺にもようわからん能力や。お前の反射能力を無効化し、コピーしたんやけど……能力だけやない。例えば重力を無効化して重力の性質を持つ事も出来るみたいでなぁ」
つまりは何でもアリやな、と付け加える。
反射で銃弾を取り除き、交差点は忌々しげに盛大に舌打ちをした。
「際限がなさすぎる上、俺自身もわかっておらん能力なもんやから、あんま使わんようにしてるんやけど……お前相手じゃそうも行かんから。能力なしで戦っても俺は強いんやで? 自分でゆうてまうけど」
それは、交差点が肉弾戦においてルークに負けるであろう事を示唆した言葉だった。
(クソ、)
きっとその通りだろう、と思う。
相手が強ければ強いほど、交差点は強くなれるが―――それは能力によるものだ。全く肉弾戦が出来ないわけではないが、眼の前の敵には負けるだろう。
(こいつは夢の主が作り出した幻影なのか)
それとも、夢の主なのか、それとも、夢の主に加担しているのか。
(そんなの、知った事じゃねェ)
気がつけば眼の前にルークはいて、鎌の切っ先がこちらに向けられていた。
思わず反射するが、それは効果を発揮せず。ぎりぎりで避けたが掠ったのか、横腹から血が流れ始めた。
再度振り翳された鎌を銃で受け止め、即座に離れて間合いを取ろうとするが、詰め寄られてしまう。
蹴り上げようとした足は受け止められ、鎌の柄から伸びる鎖鎌で斬り裂かれた。
「っぐ、」
交差点の眼よりも鮮やかな血が、灰色のアスファルトに滴り落ちる。
色の無い世界に血色が増えた、と、ぼんやりと思った。
「無様やなぁ、交差点よォ」
普段よりも幾分か低い冷酷な声が、交差点の耳に届く。
交差点に向かって大鎌が振り翳されたが、もう止めなかった。
振り下ろされる大鎌、斬り裂かれる―――否、斬り裂かれなかった。
「―――、」
鈍い金属音、振り下ろされた大鎌を受け止める刀の音。
交差点の前に立つ人影、日本刀を構えた―――鎖月聖。
「何や、良いタイミングやな」
「人を痛めつけるような嗜虐趣味、お前にあったっけ?」
ま、そんな事わかるほどお前と話した事はないけど。
気怠げに話す姿を、苦笑混じりでルークは見た。
密着していた鎌と刀が離れ、後ろに跳んだルークを鋭い眼で見据える。
「どうやったかなぁ」
「お前はどっちかって言うと、前線にいながら後ろで大々的に工作してるような奴だと思っていたけど。違うって事は、私が間違っているのかそれとも―――」
「ニセモノなのか、ってか?」
にや、とルークが微笑む。それを見て、嫌悪感を露わにした、軽蔑しきった表情を聖は浮かべた。
「―――私も夜に会った。お前も会ったんだろう?」
今度は交差点に話しかけているらしい、相変わらず振り向きもせず聖は尋ねる。
「あァ」
「私は夜に夢の主が誰かを聞きだして―――交差点と会ったって聞いて、こっちのほうに行ったってあいつが言うから来てみれば、このザマだ」
「うるせェよ。……つか、聞き出せたのか」
「まぁね。嫌だったけど、仕方ない」
(嫌だったけど、か)
恐らく何らかの手を使ったのだろう、と思う。聖と《夢喰い》は以前からの知り合いのようだから。それに、時雨と聖は仲が良い。何かしらの交換条件が、聖になら出せるに違いなかった。
それが彼女にとって、あまり好ましくない交換条件であったとしても。
(それよりも好ましくない状況だしなァ)
「ところで、交差点」
不意に今まで振り向かなかった聖が、振り返った。珍しく純粋な笑みを浮かべて、交差点を見下ろす。
「ただでさえでけェんだ、上から見下ろすンじゃねェよ」
「相変わらずの大口だな、私に庇って貰ったくせに」
「たまたまオマエが割り込んで来て、俺が助かったってだけだ」
「あ、そ。それで、交差点」
また、視線が前方に戻る。
「こいつは私が殺って良いかな」
冷徹な声色の中に、あろう事か楽しげな憎しみも混ざっていた。
「……好きにしろ」
「敵討ちってわけかいな、鎖月聖」
「五月蝿い」
眼の前に立っていた人影が消えた。
大鎌が振り上げられる間に割り込み、ルークの身体を斬っていく。
血が噴き出す。
斬る、斬る、斬る、圧倒的な斬撃。
ルークが反射を使う。
しかし、その反射は無効化されたかのように、聖の日本刀はルークの身体を貫いた。
理屈は簡単だ、寸前で刀を引き戻したのだろう。
「所詮、その反射もお前自身も偽者だ」
吐き捨てるように言う。
灰色の世界が鮮血に染まる。
「コピーの反射なんて交差点の反射に比べたら格下も良いとこだし、本物のルーク=アザゼルに比べてお前は圧倒的にクズだ」
薄ら笑いを浮かべたルークの姿が消えて、血だけが道路に残った。
「ま、交差点の傷ついた姿が見られたのは面白かったけど」
この女、ぶん殴ってやろうかァ、と思わず呟いた。
―――色彩の無い世界に、また一色。
>>06に続く
「夢で遊ぶの、とそれは言った」
「夢に踊れと哀れな人形を操る」
「ここは誰かの夢の中。殺意しかない夢の中」
「ただ、悪夢だけをみて」
……そう、誰かが言った。
殺意の中で呼吸
ちっ、と交差点は舌打ちをする。
さっきの衝撃波によってばらばらになり、一人になった事は別に構わない。
しかし、この状況は―――あまり宜しくなかった。
「ったくよォ、俺はこんなクソめんどくせェ夢は見たかねェんだよ」
飛ばされた先をしばらく歩いていたら出くわしたのは、匂宮時雨―――否、匂宮夜のほうか。
人を蔑むような、冷めた目線を交差点に送る黒髪に銀メッシュの青年が、眼の前に立っている。交差点が知る限りの匂宮時雨は銀髪に黒メッシュであるし、そんな表情は浮かべない。
(確か、髪色が反転したほうが夜だったなァ)
そう、時雨が言っていた気がする。
「出来れば時雨の野郎のほうに会いたかったンだがなァ」
「相変わらず時雨のほうが人気だな。僕は好まれないようだ」
「当たり前だろ。てめェなンぞに会いたい奴なんかいるのかよ」
「さぁ、そんな物好きがいるならお会いしたいけど」
「まァ、そうだろうなァ。……で、単刀直入に聞く。てめェはタダじゃ教えてくれねェだろうが、ここは誰の夢だ? 何の意図があって俺たちをこの世界に閉じ込めてやがるンだ」
くくっ、と夜は心底楽しそうに喉を鳴らした。この都会的な雰囲気とはまるで不釣合いな、異端な笑み。
―――光を失っていた信号機が、チカチカと点滅した。
「よくわかっているじゃないか。僕はただじゃあ教えないし、そもそも教えたくも無い……君には特にね」
「そうかよ。なら、」
「無理矢理にでも、力づくで? ……それは無理だよ、わかっているだろう。ここは夢だ、そして僕は《夢喰い》だ。夢を操る存在だよ? それに勝てると少しでも思っているのなら、君は相当な―――」
莫迦だね、と嘲るように笑う夜を、見下した眼で交差点は見つめた。
「もういい。てめェと喋ってると不快な気持ちになる」
「よく言われるよ。時雨も君も聖も還神も誰も彼も、僕の事が大嫌いだ。僕は気まぐれで残酷で暗闇だから」
嗚呼、本当に匂宮夜って奴は不快だ。
ちっ、とまた舌打ちをし、立ち去ろうと背を向けた。
「……良い事を教えてあげるよ」
「あァ?」
振り向かずに聞き返す。不快極まりない、冷めていながら楽しげな表情を浮かべているであろう事が、手に取るようにわかった。
「今、時雨と僕は分離している、この夢の主の意図でね。時雨に会うほうが良いだろう。時雨はこの件に関してあまり協力的ではないから、すぐに教えてくれるだろうけど…さぁ、時雨に会えるまでに君は生きていられるかな。いや、生きているだろうね……彼女が、君が死ぬ事を許さない」
「…………下らねェ事ぐだぐだ喋るンじゃねェよ。不快だっつってンだろォが」
「じゃあ最後に忠告をしてあげるよ。今日の僕は珍しく優しいみたいだから、良かったね。
―――夢で死んだら現実世界で精神が死ぬ。だけど夢の主はそれを望んでいるわけではないんだよ。殺意を感じたところで殺そうとしているとは限らない。夢の主には別の意図があるんだろうね。僕には理解し難い事を、夢の主は考えている。早く夢から醒める事だね」
「あァ、そうかい。言いたい事喋り終えたンならさっさと失せやがれ」
「では、そうするよ」
交差点は振り向かない。
振り向かずとも、わかっている。
後ろには、誰もいない灰色の世界が広がっているだけなのだ。
(―――殺そうとしているとは限らない、か)
匂宮夜の言う事は信じない。彼は匂宮時雨にとても似ていて、否、同等の存在であるが―――絶対的違いがある。
匂宮夜は、匂宮時雨ではないのだ。
だから、匂宮夜の事は決して信じない。
交差点は、静かに自身の右眼を撫でた。
*
優しく呼びかける声が聴こえた。落ち着いた、聞き覚えのある低音。そして、誰かの温もり。
「愛架……、」
自身の掠れた声。頬に触れる誰かの温もりは、愛架のものだ。
だけど、一言呼びかけて来た低音は―――
「しぐちゃん……?」
「そうですよッ、だから早く起きやがれいつまでも寝てんな!!」
「う……頭に響く…」
視界が開けた。
くそ心配したんですよと、ぼそりと小さく呟く愛架の顔と、眉を顰めた時雨の顔が蒼の眼球に映る。そして、相変わらずの灰色の空も。
「お前も巻き込まれていやがったのか」
心底不機嫌そうな声色で、時雨が言う。
だからそんなに眉の間に皺を作っているのか、と蒼は思った。
彼は、この状況を喜ばしく思っていない。この夢の主に頼まれて、皆を夢に堕とした―――まぁ、恐らくそれをしたのは夜だろうが。
時雨は優しいのだ、と冷めた心中で呟く。
「残念ながらねー。気がついたらこんな世界。ここで死んだら洒落になんないのに、殺されそうになるし。災難も良いとこ、って感じ?」
「殺される…かァ」
「? 何ですか?」
時雨の昏い瞳が何かを映した気がしたけれど、蒼にはわからなかった。
(何かが引っかかる)
そのときだった。
不意に人の気配がして、三人は一斉に後方を見た。
「あ、」
吹っ飛ばされる前に見た少女と夕月、そしてまた新たに増えた少女の三人が、いつの間にか現れていた。
「おーっ、《夢喰い》発見したんだよーっ」
「ほ、ほんとに見つけちゃったわね……」
「だから言ったでしょ。折崎茉莉さんを舐めないでくれるかな」
新たに増えた少女は、折崎茉莉と言うらしい。
気の強そうな大きな瞳が蒼たちを見る。
「貴女たち二人はさっきの……」
「お先に見つけられちゃっていたってわけか」
(彼女たちもしぐちゃんを探していたのか)
まぁ、それが一番手っ取り早い方法だ。
(あたしの場合は偶然だったけど、まーとにかくしぐちゃんと合流できたのは良かったかも)
これで、夢の主がわかる。
「さて、そこの還神たちはとりあえずスルーで。用があるのは《夢喰い》だしね?
……単刀直入に聞く、この夢の主は誰」
折崎茉莉が、真っ直ぐに時雨を見据える。
「ちょっと、ほんとに単刀直入すぎるわよ」
「私は遠回しなごちゃごちゃした言い回しは好きじゃないの。ストレートで決めるのが好きなんだってば」
「ロイヤルストレートフラッシュだねーっ」
「違うわよ」
シロのツッコミは気にせず、夕月はくるりくるりと蒼の周りを回り、時雨の周りを回った。
―――雪が夕月と同じように舞う。灰色の雪が。
「教えてやるよ、皆々様ァ。そのために俺を探していたようだしな」
黒が混じった銀髪が、雪に紛れる。
「夢の主の名前は―――、」
誰かの笑い声が聞こえた気がした。
>>05に続く
「夢で遊ぶの、とそれは言った」
「夢に踊れと哀れな人形を操る」
「ここは誰かの夢の中。殺意しかない夢の中」
「ただ、悪夢だけをみて」
……そう、誰かが言った。
殺意の中で呼吸
びしゃり、と血がアスファルトに叩きつけられる。鎌のままの愛架を持ち直し、前方を歩く二人―――聖と交差点の背を追った。
(なーんで、こんな事になったかなぁ)
歩きながら蒼は考える。気が滅入ってくるような、だけど逆に落ち着くような灰色の空をちらりと見やり、淡々と歩く二人を眺めた。
(あたしたちをこんなところに閉じ込めて、一体何の恨みがあるっていうんだか)
確かに皆、恨まれてそうな奴ばっかりだけど、とぼやいてみる。
しかし、この世界に見覚えは無かった。
(夢はその主を反映した世界―――)
こんな灰色の空にビルばかりの世界を夢に見る奴なんて、心当たりが無かった。
「ねぇ、」
蒼の呼びかけに、前を歩く二人は振り向きもしない。
「貴方たちは自分の夢に入った事、あるの?」
「ある」
聖が答えた。交差点は答えなかったが、小さく頷いたように見えた。
「どんなだった?」
「……私の知っている屋敷。黒塗りの鳥居が幾つも並んだ先の―――襖を幾つも幾つも開けた先。包帯にまみれたお座敷で、壁は全て本。そんな世界だ」
「俺は何も無い。真っ暗だ」
なるほどね、と呟く。なんとなく想像が出来た。
「オマエは?」
「あたし? あたしは、夢なんて見ないから」
…嘘だけど、なんて。自嘲気味に笑った。
手に持っている鎌が、震えた気がした。
「と、まぁ……夢は自分を反映した世界。自分に似た、自分を景色で表現したらこんな感じ、みたいな空間。そうだよねっ?」
無言で肯定。
「だったら、こんな世界みたいな奴、心当たりない? どこまで言っても高層ビル、灰色の都会。延々と曇り空。真っ白の世界よりも、自分を持っていないようなそんな―――」
「……自分を持っていない…」
聖が繰り返す。何か引っかかるものでもあったのだろうか?
聞き返そうとしたが、急に曲がり角から飛び出して来た複数の人影に遮られてしまった。
「!」
「おおっ、人や!」
「だねーっ」
「んな事言ってる場合じゃないでしょッ…!! まだ追っかけて来てるのよ!」
あれ、と思わず呟く。
夕月と、見た事あるかもしれないオレンジ色の男と、知らない女の子。
「そうやった、早く逃げんと……!!」
「逃げる? ……あ」
黒い影の塊。その三人はあれに追っかけられてたのかー、などと呑気に考えつつ、愛架を構えた。
「あんなん、逃げるより殲滅したほうが早いじゃん」
「出来るならそうしたいけど、こっちからは近づけないんだよーっ」
「え?」
夕月の言葉に疑問を抱く。同じように疑問に思ったのか、聖と交差点も夕月を見た。
「だって、ほら」
―――刹那。
一瞬の、衝撃波。
「ッ……!!!」
皆が飛ばされていくのが見えた。
(いや、あたしも吹っ飛ばされてんのか、)
避けられなかった―――何故。これも夢の主の意図ってわけ? 皆をばらばらにさせたかった?
そんな思考も、思いっきりビルの壁に叩きつけられて、フェードアウト。
名前を呼ぶ愛架の声を聴きながら、蒼はゆっくりと意識を手放した。
*
人が降って来た。
半ばこの非現実的な夢の世界にも慣れて来た折崎茉莉は、冷静に目の前で起きた事実を心の中で短い文章にした。しかも二人、と付け加える。
「……はぁ」
地面とごっつん★ なんて事にならないよう、寸前で自身の能力で転移させ、ゆっくりとアスファルトの上に横たえさせたが。
「私の射程範囲内で助かったわ」
茉莉の能力は空間移動―――つまり、テレポートである。しかし、触れたものか自身の直線上にあるものでなければ転移させられない。降って来た二人は丁度、茉莉の直線上だったのだ。
こんな非常事態は元々慣れていたが、この世界に来てしまってからさらに心の臓が強くなったな、と思いながら―――いや、もう一時間以上もこの世界を彷徨っていればそうなるか、と思い直し―――二人の少女を軽く揺さぶる。
「おーい、大丈夫?」
恐らく何らかの攻撃を受けて吹っ飛ばされたのであろう、と推測する。この世界は明らかに自分たちを狙っていた。
(何の為に、誰が……)
ずっと考えているが、茉莉の頭脳でもわからなかった。そもそも、このような夢の世界の主など心当たりが無いし、確かに恨まれるような事はやっているが、こんな仕打ちに遭わせるような奴は思い浮かばない。
(大方、巻き込まれたクチか)
良くある事だ、と片付けられるのは、やはり非日常に慣れてしまった者だからか。と、自嘲気味に考えているうちに、一人が咳き込み始めた。ようやく気がついたらしい。茶髪の少女のほうだった。もう一人の、茶髪の少女よりももっと幼い、少女と言うよりか幼女というべき女の子はまだ気絶したままだ。
「うっ……」
「気がついた?」
このパターンが茶髪の少女にとって本日二度目である事は露知らず、茉莉はそう少女に声をかけた。
「ここは、」
「あんた降って来たのよ。大方、なんかに攻撃されて吹っ飛ばされたんでしょう? 怪我は?」
「あー……えっと、大丈夫よ」
「そう、なら良かった。私は折崎茉莉、あんたは?」
「茉莉、ね。名前は、シロ。そっちの子は、夕月」
シロ、と名乗る少女に手を貸し、茉莉は詳しい状況を聞きだした。
「―――ふーん、なるほどね。あんたが出くわしたのは、聖と交差点と……恐らく還神の蒼って奴ね。話を聞いた事がある。予想はしてたけど、やっぱり私は巻き込まれたってわけか。そっちが目的だろうなぁ」
「え、えっと……?」
「その夕月って子はわからない。そもそも、あの三人やそのルークって奴、あともしかすると他にいるかもしれない人間―――そいつらを自身の夢の中でまとめて攻撃して、何の意味があるのかしら。私は夢に詳しくないから更にわからないけど……ったく、もっと情報をこっちに寄越せっての。いつまで経っても眼が醒められないじゃない」
「あの、ちょっ、ちょっと」
「やっぱり夢の主を探すしかないか」
「あたしは《夢喰い》を探したほうが良いと思うなっ」
ばっ、と振り返る。
透き通るような髪を揺らしてくるくる踊る少女―――夕月が、にこりと茉莉に向かって微笑んだ。
「あんた、いつの間に起きて―――」
「―――そうね、情報を求めるならばそれが正しい選択かも」
「待って、《夢喰い》って何よ?」
知らないらしいシロが、尋ねる。
「私も詳しい事は知らないけど、夢を司り、夢を操り、夢を喰らう存在―――」
「それぞれ一人ひとりが持つ、枝分かれした夢の世界を自由に行き来し、その夢の世界から様々な異次元に足を踏み入れることが出来る存在、だね~っ! 夢に《夢喰い》は必要不可欠、夢の中で存在しないなんて有り得ないんだよぉっ」
「あんた、詳しいのね」
「もうちょっと詳しく《夢喰い》について教えてくれる? 場所を特定する」
茉莉のその言葉に驚いたのか、シロが眼を丸くして茉莉の顔を見つめる。
「そんな事出来るの?」
「一応、可能よ。私の頭脳を舐めないでくれる?」
そう言って、茉莉はにやりと微笑んだ。
>>04に続く
「夢で遊ぶの、とそれは言った」
「夢に踊れと哀れな人形を操る」
「ここは誰かの夢の中。殺意しかない夢の中」
「ただ、悪夢だけをみて」
……そう、誰かが言った。
殺意の中で呼吸
キンッ、と、鋭い金属音が響き渡る。刀と鎌がぶつかり合う音。火花が散り、激しい鍔迫り合いが繰り広げげられている。
「なーんだ、聖もここに来てたんだ?」
徐々に聖に押され始め、鎌を持った濃紺の髪の少女―――蒼はバッ、と離れた。
「それはこっちのセリフなんだけど」
「白髪の少年なんて連れちゃって、聖ってショタコンだったっけ?」
「意味不明。好きで連れているわけでもないし、」
「連れられてるわけでもねェ」
白髪の少年と呼ばれた交差点は、不機嫌そうに蒼を睨み付けた。
「何故いきなり攻撃を……全く」
ふっ、と鎌が一瞬姿を消し―――代わりにこれまた不機嫌そうな表情を浮かべた少女が現れた。
「愛架、」
「《夢喰い》を捜していたんでしょう。こんなとこで喧嘩吹っ掛けてる暇があったら捜す時間に当てるべきです」
「うるさいなー、いいじゃんか。戦闘狂の聖が折角お友達連れでいるわけなんだし?」
「友達じゃねェ。それにこいつは戦闘狂でもねェだろォが」
苛々したトーンで口を開いた交差点を、「へぇ」と興味深げに蒼は見つめた。
―――びゅう、と冷たい風が吹いた。
「友達じゃないわりに、ちゃんと聖の事知ってるんじゃん」
「知りたくなかったけどなァ」
「興味沸いてきたかも」
「俺はてめェなんぞに興味はねェ」
「あ~っ、とにかく! 油売ってないで《夢喰い》を捜しましょう! あんた方もどうせ捜してるんでしょう? 手っ取り早く協力体勢取りませんか。なんか不穏な空間っぽいし、さっきあのうざってぇのが襲って来ましたし」
「うざってぇの?」
「ちょいと知り合いの銀髪少女。でも、偽者の幻影さんだったんだけどね」
なるほど、と聖が小さく呟く。ぶわっ、と後方からの風で、髪が巻き上げられた。
「この夢の主は私たちを知っているって事か」
「ついでに言えば、あたしたちを痛めつけるつもりでもいるみたいだけど」
「幻影、となると……夜って野郎が大幅に手を貸しているか、コピーすンのが得意な奴だって事だろうなァ」
「そういう事なら、尚更早く《夢喰い》を見つけるべきです。とりあえず行ってない方の探索をし」
―――刹那。
切り裂くような強風が四人を襲い、空気が割れた。
「っ……!?」
「なんだ、面白くない。誰も切り裂かれなかったんだね、そういう風を起こしたつもりだったんだけどな」
にこ、と。
心底楽しそうな笑みを浮かべた女―――否、今は身体が女になっているだけの男―――桜庭暁が、鉄扇をこちらに向けていた。
「お前……ッ」
「誰もいなくてつまらなかったんだ。俺を楽しませてよ…っと」
連続で霊力を帯びた強風が巻き起こる。
「ちっ、」
「舌打ちはよくないよ?」
「うるさい」
金色の瞳を細め、聖が吐き捨てるように言った。
「殺されたいのか、お前」
暁は微笑んだまま動かない。
だから―――動いた。
再び鎌となった愛架を振り翳す蒼と、愛用している日本刀を抜刀した聖、そして銃を構えた交差点。
一斉に、攻撃が暁に向けられる。
「ははっ」
「……お前は確かに快楽主義で楽しみのためなら何だってする奴だけど」
向かい来るかまいたちを避けながら、暁の頭上に向けて蒼は鎌を振り下ろした。避けようとした暁の目前には、聖。
肉が斬り裂かれる音。真っ赤な鮮血がそこら中に飛び散る音。
「こんな無謀な事はしない。あいつは莫迦じゃないからな。だから、お前は桜庭暁じゃない」
ひゅー、と耳障りな呼吸音。それさえも消し去るように、倒れ伏す寸前の暁に向かって、交差点の銃弾が撃ち込まれた。
「がはっ、」
シュン、と。
血だけを残して、暁の姿が消えた。
「やっぱり幻影だったね」
「殺らないと消えないってか。うざい幻影ですね」
無機質な灰色の中に、鮮血の赤。
頬についた生暖かい血に触れると、蒼は空虚な瞳でそれを拭い取った。
「チッ、余計に弾を使っちまった」
忌々しげに交差点は呟き、べしゃりと音を立てながらアスファルトに散った血を踏みつけ、歩き出す。
それに聖、蒼、愛架も続く。
「なんて居心地の悪い世界」
「さっさとこんな下らない夢からは醒めないと」
「反吐が出るくらい悪趣味な主だなァ」
―――四人が通り過ぎた血の跡を、冷たい風が吹きつけた。
*
空白の空間。
たった一人、灰色の空が続くだけの空間に、独り。
神黒黒は、そこにいた。
「……ここは、」
「どこかのビルの屋上、ね」
一人じゃなかったのか、と黒は思い直す。
しかし、この声には聴き覚えが無い、とも。
「黒―――神黒黒、でしょう」
「誰だよ、お前」
和服の少女だった。灰色の空とは似ても似つかない、空色の長髪を風に靡かせ、黒を見つめている。
「……輝夜」
「ふん、それで輝夜。下に見知った顔が幾つか見えるけど、俺はあっちには行けないのか?」
「行こうと思えば、行けるけど。……ここにいるほうが得策なのは、確か」
意味はよくわからなかったが、行きたければ行けという事だろう。下は慌しく厄介そうだから、行かない事に決めた。
恐らく高層ビルの屋上なのだろうが、広々としたこの空間を囲う柵の下は、明瞭に見る事が出来た。黒も輝夜も知っている人物たちが、いる。
「―――お前の夢じゃないよな?」
「……違う」
薄く笑って、輝夜は答える。
「わたしは確かにあの子達を傷つけたくもあるけれど、」
まるで月のように無機質な光を、両眼に燈す。
「……わたしなら、こんな悪趣味な夢は見ないわ」
「そうか。なら、いいや」
無表情の輝夜を眺めてから、ふっと視線を下ろす。
何も無い、灰色の空。冷えた高層ビルだらけの都会。誰もいない、夢の主を何も映せていない世界。
―――しばらく傍観に徹していてやろう。
黒は、一人ほくそ笑む。
(コイツは何か知ってるみたいだし、時間は十分ある。どーせ暇なんだ)
暇潰しに、犯人探しのゲームといこう。夢に厭きてしまうまで。
>>03に続く
「夢で遊ぶの、とそれは言った」
「夢に踊れと哀れな人形を操る」
「ここは誰かの夢の中。殺意しかない夢の中」
「ただ、悪夢だけをみて」
……そう、誰かが言った。
殺意の中で呼吸
気がついたら、灰色の世界だった。
しんしんと、音もなく灰色の雪が降っている。だが、積もっていない。
澱んだ空。鈍い銀色のビルが立ち並んでいて、ただひたすら道路が続いている。向こうの方に、青く光っている信号。
歩いていくと、十字路が見えた。
「……交差点…。俺の名前かよ」
灰色の雪よりも雪のような白髪と、鮮やかな血色の瞳を持った少年―――交差点は、うっとおしそうに眼を細めた。
「つゥか、ここどこだァ?」
「夢だよ」
ちっ、と思わず舌打ちが漏れた。
振り返りもせず―――もう、誰かはわかっている―――交差点は言葉を吐き出した。
「てめェもいるのかよ、鎖月」
「いたくているんじゃない」
交差点の後ろに立っていたのは、鎖月聖。折れそうなくらい細く美しい黒髪を無造作に掻きあげ、眠たげな眼で前方を見つめていた。
(夢ン中で眠たげってのも変な話だ)
「夢って……また、アイツかァ? ―――匂宮時雨」
「さぁ、どうだろうな。こんな事をするのは時雨よりも夜な気がするけど」
夢を司り、夢を操り、夢を喰らう存在―――《夢喰い》の匂宮時雨、そして匂宮夜。
夢と言ったら、彼らは必要不可欠な存在だ。
「でも、《夢喰い》の夢の中って事は有り得ない」
「誰かの夢ン中って事かァ?」
「そうなるな。でも、私の夢じゃない」
「俺の夢でもねェな」
自分の名を夢に視るなど、そんな無粋な真似は絶対にしない。それに、以前視た自分の夢は『無』だった。
「ひとまず、この夢の主と時雨を捜そう」
「そうだな」
と、言ったときだった。
「……!?」
―――斬り裂く刃の音がした。
*
「…………どういう状況よ、これ」
茶髪の少女、シロは頭を抱えていた。
「うにゃー!!」
「にゃーって、猫やん」
「オレンジは猫にならないのかーっ」
「俺は残念な事に人間やからなぁ」
「しゃーっ」
「威嚇されたっ!?」
透き通るような白に近い金髪を靡かせながら、くるくると回り猫を真似る少女と、髪色と同じ鮮やかなオレンジのマフラーをしている青年。以上が、二人が永遠と繰り返しているやり取りである。
因みに。少女の名前は夕月、青年の名前はルーク=アザゼルだ。
事の始まりは数十分前に遡る。
「ここ、どこなの……」
積もらない灰色の雪が降り注ぐ、高層ビルが立ち並んでいる空間。シロは、そこに倒れ伏していた。
「お、気がついたみたいやな。だいじょーぶか?」
はっ、と上半身を起こすと、見覚えのある青年がニカッと笑ってしゃがんでいた。
「なんで、あんた……ルーク=アザゼル!」
「どうやらここは夢みたいやな。俺も気がついたらここにいたんや。一人じゃなくて良かったわー寂しくて死んでまうとこやった!」
「ま、待って夢ってどういう事、」
「さーて、他に誰かおらんか捜しに行くで」
話も聞かず、腕を引っ張られ身体を起こされる。と、そのときだった。
「ほぁー雪が降ってるのねーっ! ねぇねぇ、積もらない雪ってどこに行っちゃうのっ?」
一人の少女―――いや、幼女が、くるくると回りながらこっちに駆け寄ってきた。
「さぁ、それはわからんのやけど。お嬢さんも気がついたらここにおったんか?」
「えぇっ、あなたも知らないのー? あたしはもっとずっと向こうの方から来たんだよっ」
「ふーん、一人ってわけやな。じゃあ、俺らと一緒に行かへん?」
「行くっ! ねぇ、あなたの名前は? あたしは夕月だよっ、夕方の月」
―――くるくるくる、と。
そうして三人は、出会ったのである。
「……で、今に至るのよね」
「何一人で喋ってるん? シロは独り言が多いんやなぁ」
「つまり、寂しい人なんだねーっ!」
「うるさいわよ! 誰のせいで独り言と溜め息が増えてると思ってるの」
あれから、夕月の動きに合わせて三人は移動している。
その間にわかった事は、夕月とルークは非常に波長が合っていて、非常に扱うのが厄介であるという事だけだった。
(未だに『夢』っていうのも理解できないし)
とりあえず、この世界は『夢』。現実ではないのだろう。
「オレンジーっ、シローっ、雪強くなってるよっ」
「あ、ほんとね」
「あのなぁ、さっきから思ってたんやけど、何で俺の事オレンジって呼ぶん? 確かに髪もマフラーもオレンジやけど、ちゃんとルーク=アザゼルって名乗ったやろ」
「ほぇー? だってあなたはルークもどきでしょっ? だからあたしはオレンジって呼ぶのであったー!」
「もどき?」
相変わらず、意味不明で奇想天外。
「……なるほどなぁ。まぁいいわ、オレンジで」
ん? と、シロはルークの顔を見つめた。一瞬だけだったけれど、冷めた表情を浮かべた気がしたのだ。でも今は、苦笑い。
「そんな事よりもねっ」
夕月の言葉が、シロの思考を遮る。
「あなたたちは後ろにいるものの事を気にした方が良いんじゃないのかなぁ」
「え、」
―――思わず、恐る恐る後ろを振り返る。
「……何よ、あれ」
ざざざざざ、と音を立てて、近付いてくる黒い集団。よく見ると、それは―――
「影……っ!? 何なの、あれっ」
「ひとまず走れ!」
ひょい、と夕月を抱えたルークに腕を引かれ、走り出した。
「人影、みたいな…っ!」
「影法師だねっ! きっと人型兵器なんだよー。あれらはあたしたちを襲ってどんどん増幅していくのだーっ!!」
「意味わかんな!」
「夢の産物は何だって意味わかんないのよー」
「誰かさん―――この夢の主の想像の産物やな…!」
「その誰かって誰よ!」
「知らへん」
「知らないよっ?」
「~っ、もう!!」
無作為に道を選び、めちゃくちゃに走っていく。
景色は相変わらず、鈍い灰色の世界。
>>02に続く
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