「夢で遊ぶの、とそれは言った」
「夢に踊れと哀れな人形を操る」
「ここは誰かの夢の中。殺意しかない夢の中」
「ただ、悪夢だけをみて」
……そう、誰かが言った。
殺意の中で呼吸
正体が見えない夢。映し出すものを失った夢。この夢の主は、本来の自分を見失っている者。
「つまりは、本人ですらも自分の正体がわからないんだ。自分を持っていないから、こんな世界になっちまった。誰かの夢をパクったような、何も無い白ってわけじゃねぇ感じがそこらへんを表してる」
「…そうね。主はわかりきってる。“あれ”しかいない……」
あぁ厭きた、と呟く。わかりきった犯人を見つける事ほどつまらないものはない、と黒は思う。
「なら…、」
「あ?」
「動機は……? どうして“あれ”はこんな事をしているの」
殺すため―――ではないのはわかっている。“あれ”がよりにもよって、鎖月聖の命を狙うはずが無いのだ。
風も無く空気が流れている。時が止まったように二人のいる空間は切り離されている。
音も無く振る積もらない灰色の雪は、この空間にだけは降って来ない。
「“あれ”の意思ではない、とかな」
「……成程」
―――刹那。
空気の流れが変わった。
何者かが切り離された空間に入り込んだ気配。
二人は、ゆっくりと“それ”を見据えた。
「………貴方ね、“犯人”は」
正解、と言う、かすれた声が空間に響いた。
*
一際、積もらぬ灰色の雪が降っている場所に交差点は出た。
音も無く、風も無く、積もらぬ雪はまるで吹雪のように激しさを増している。
(激しさなんて一ミリも感じさせねェが)
大粒の牡丹雪は空間以外のモノに触れると消えてゆく。
まるでそれは、積もる事を知らないような。
「ちっ、」
鮮やかな緋色の瞳が、何かを捉えた。
色彩の無い世界に現れた、マンダリンオレンジの何か。
「舌打ちは良くないで? ……幸せが逃げてまう」
ルーク=アザゼル。
うろ覚えではあったが、そんなような名前であったと記憶している。
先程、吹っ飛ばされる前に見たときは覚えていなかったが―――直接対峙したのは、今が初めてなのだ。
灰色の雪の中、髪色と同じ鮮やかな橙色のマフラーが靡く。
(―――靡く?)
音も無く、風も無いというのに…?
「おい、」
「くくっ、ははは」
笑い声を残して、姿が消える。
一瞬にして、ルークは交差点の頭上に移動し大鎌を振り下ろした。愛架とは違う、哀愛架よりも大きく飾り気の無い冷徹な大鎌。
しかし、そんな不意をついた攻撃も交差点には無駄だ。自身の反射能力で、逆にルークを吹っ飛ばす。
「そうやった、お前の能力は反射やったなぁ」
空中で体勢を変え、上手く着地したルークは笑いながらそう言った。
何を笑っているのだ、と思いながら、そういえば俺はコイツの能力を知らない、とも思った。
「反撃開始、やで?」
思いっきり地を蹴り、刈るように鎌を大きく横に振る。
交差点は、反射で避けた。……つもりだった。
「が、ァ…ッ!?」
切り裂かれる自身の服と肉。鮮血が噴き出す様を、眼を見開いて見つめる。
「ぐ、……ンな、」
痛みを無視して銃を取り出し、撃つ。
「―――無駄やって」
撃ったはずの銃弾は、交差点のほうに向かって撃ち込まれた。
「ぅ、ぐァ…っ」
何故、と呟く。
今、確かに自分は反射したはずで、そして相手に向かって撃ったはずなのに。
「て、めェ…ッ……無効化と、反射かよォ…っ!」
「ご名答やけど、ちょいと違うんやなぁ」
―――万物を“調和”する能力、と彼は言った。
「あらゆるものを無効化し、無効化したもんをコピー出来る能力みたいなんやけど、俺にもようわからん能力や。お前の反射能力を無効化し、コピーしたんやけど……能力だけやない。例えば重力を無効化して重力の性質を持つ事も出来るみたいでなぁ」
つまりは何でもアリやな、と付け加える。
反射で銃弾を取り除き、交差点は忌々しげに盛大に舌打ちをした。
「際限がなさすぎる上、俺自身もわかっておらん能力なもんやから、あんま使わんようにしてるんやけど……お前相手じゃそうも行かんから。能力なしで戦っても俺は強いんやで? 自分でゆうてまうけど」
それは、交差点が肉弾戦においてルークに負けるであろう事を示唆した言葉だった。
(クソ、)
きっとその通りだろう、と思う。
相手が強ければ強いほど、交差点は強くなれるが―――それは能力によるものだ。全く肉弾戦が出来ないわけではないが、眼の前の敵には負けるだろう。
(こいつは夢の主が作り出した幻影なのか)
それとも、夢の主なのか、それとも、夢の主に加担しているのか。
(そんなの、知った事じゃねェ)
気がつけば眼の前にルークはいて、鎌の切っ先がこちらに向けられていた。
思わず反射するが、それは効果を発揮せず。ぎりぎりで避けたが掠ったのか、横腹から血が流れ始めた。
再度振り翳された鎌を銃で受け止め、即座に離れて間合いを取ろうとするが、詰め寄られてしまう。
蹴り上げようとした足は受け止められ、鎌の柄から伸びる鎖鎌で斬り裂かれた。
「っぐ、」
交差点の眼よりも鮮やかな血が、灰色のアスファルトに滴り落ちる。
色の無い世界に血色が増えた、と、ぼんやりと思った。
「無様やなぁ、交差点よォ」
普段よりも幾分か低い冷酷な声が、交差点の耳に届く。
交差点に向かって大鎌が振り翳されたが、もう止めなかった。
振り下ろされる大鎌、斬り裂かれる―――否、斬り裂かれなかった。
「―――、」
鈍い金属音、振り下ろされた大鎌を受け止める刀の音。
交差点の前に立つ人影、日本刀を構えた―――鎖月聖。
「何や、良いタイミングやな」
「人を痛めつけるような嗜虐趣味、お前にあったっけ?」
ま、そんな事わかるほどお前と話した事はないけど。
気怠げに話す姿を、苦笑混じりでルークは見た。
密着していた鎌と刀が離れ、後ろに跳んだルークを鋭い眼で見据える。
「どうやったかなぁ」
「お前はどっちかって言うと、前線にいながら後ろで大々的に工作してるような奴だと思っていたけど。違うって事は、私が間違っているのかそれとも―――」
「ニセモノなのか、ってか?」
にや、とルークが微笑む。それを見て、嫌悪感を露わにした、軽蔑しきった表情を聖は浮かべた。
「―――私も夜に会った。お前も会ったんだろう?」
今度は交差点に話しかけているらしい、相変わらず振り向きもせず聖は尋ねる。
「あァ」
「私は夜に夢の主が誰かを聞きだして―――交差点と会ったって聞いて、こっちのほうに行ったってあいつが言うから来てみれば、このザマだ」
「うるせェよ。……つか、聞き出せたのか」
「まぁね。嫌だったけど、仕方ない」
(嫌だったけど、か)
恐らく何らかの手を使ったのだろう、と思う。聖と《夢喰い》は以前からの知り合いのようだから。それに、時雨と聖は仲が良い。何かしらの交換条件が、聖になら出せるに違いなかった。
それが彼女にとって、あまり好ましくない交換条件であったとしても。
(それよりも好ましくない状況だしなァ)
「ところで、交差点」
不意に今まで振り向かなかった聖が、振り返った。珍しく純粋な笑みを浮かべて、交差点を見下ろす。
「ただでさえでけェんだ、上から見下ろすンじゃねェよ」
「相変わらずの大口だな、私に庇って貰ったくせに」
「たまたまオマエが割り込んで来て、俺が助かったってだけだ」
「あ、そ。それで、交差点」
また、視線が前方に戻る。
「こいつは私が殺って良いかな」
冷徹な声色の中に、あろう事か楽しげな憎しみも混ざっていた。
「……好きにしろ」
「敵討ちってわけかいな、鎖月聖」
「五月蝿い」
眼の前に立っていた人影が消えた。
大鎌が振り上げられる間に割り込み、ルークの身体を斬っていく。
血が噴き出す。
斬る、斬る、斬る、圧倒的な斬撃。
ルークが反射を使う。
しかし、その反射は無効化されたかのように、聖の日本刀はルークの身体を貫いた。
理屈は簡単だ、寸前で刀を引き戻したのだろう。
「所詮、その反射もお前自身も偽者だ」
吐き捨てるように言う。
灰色の世界が鮮血に染まる。
「コピーの反射なんて交差点の反射に比べたら格下も良いとこだし、本物のルーク=アザゼルに比べてお前は圧倒的にクズだ」
薄ら笑いを浮かべたルークの姿が消えて、血だけが道路に残った。
「ま、交差点の傷ついた姿が見られたのは面白かったけど」
この女、ぶん殴ってやろうかァ、と思わず呟いた。
―――色彩の無い世界に、また一色。
>>06に続く
ごめん本当にごめん交差点、でも後悔はしてないんだ
…君の傷ついた姿が見たかっただけなんだよ! それにしては後半元気だけどね!
ここで弁解しておきます。
交差点はルークのコピー如きに殺られるほど弱くない、と(
ただ単純に私が傷ついた交差点を見たかっただkryあああごめんやめて銃ぶっ放すのはやめて下さい
あとついでに言えば、私と同じ事を言った聖ですが、聖的には「ざまぁw」ぐらいな感じです←
決してサディスト的な変態じみた気持ちで言ったんじゃないです、まあ聖はどっちかってーとサドだけど。
交差点は頭が良いのできっと対ルーク用の打開策なんてすぐに思いついただろうけど……
まぁ、所詮は私が書いた程度の交差点って事です。本当に御免ね猫又さんorz
次回は少し更新遅れる…かも? ストックがないので。
そろそろ終わりが見えてくる…か?
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Hate:理不尽、非常識、偏見