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せんそうとへいわ
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「夢で遊ぶの、とそれは言った」


「夢に踊れと哀れな人形を操る」


「ここは誰かの夢の中。殺意しかない夢の中」


「ただ、悪夢だけをみて」


 


 ……そう、誰かが言った。


殺意の中で

 


 ちっ、と交差点(クロス)は舌打ちをする。


 さっきの衝撃波によってばらばらになり、一人になった事は別に構わない。


 しかし、この状況は
―――あまり宜しくなかった。


「ったくよォ、俺はこんなクソめんどくせェ夢は見たかねェんだよ」


 飛ばされた先をしばらく歩いていたら出くわしたのは、匂宮(におうのみや)時雨(しぐれ)
―――否、匂宮(よる)のほうか。


 人を蔑むような、冷めた目線を交差点に送る黒髪に銀メッシュの青年が、眼の前に立っている。交差点が知る限りの匂宮時雨は銀髪に黒メッシュであるし、そんな表情は浮かべない。


(
確か、髪色が反転したほうが夜だったなァ)


 そう、時雨が言っていた気がする。


「出来れば時雨の野郎のほうに会いたかったンだがなァ」


「相変わらず時雨のほうが人気だな。僕は好まれないようだ」


「当たり前だろ。てめェなンぞに会いたい奴なんかいるのかよ」


「さぁ、そんな物好きがいるならお会いしたいけど」


「まァ、そうだろうなァ。……で、単刀直入に聞く。てめェはタダじゃ教えてくれねェだろうが、ここは誰の夢だ? 何の意図があって俺たちをこの世界に閉じ込めてやがるンだ」


 くくっ、と夜は心底楽しそうに喉を鳴らした。この都会的な雰囲気とはまるで不釣合いな、異端な笑み。


 
―――光を失っていた信号機が、チカチカと点滅した。


「よくわかっているじゃないか。僕はただじゃあ教えないし、そもそも教えたくも無い……君には特にね」


「そうかよ。なら、」


「無理矢理にでも、力づくで? ……それは無理だよ、わかっているだろう。ここは夢だ、そして僕は《夢喰い》だ。夢を操る存在だよ? それに勝てると少しでも思っているのなら、君は相当な
―――


 莫迦だね、と嘲るように笑う夜を、見下した眼で交差点は見つめた。


「もういい。てめェと喋ってると不快な気持ちになる」


「よく言われるよ。時雨も君も聖も還神も誰も彼も、僕の事が大嫌いだ。僕は気まぐれで残酷で暗闇だから」


 嗚呼、本当に匂宮夜って奴は不快だ。


 ちっ、とまた舌打ちをし、立ち去ろうと背を向けた。


「……良い事を教えてあげるよ」


「あァ?」


 振り向かずに聞き返す。不快極まりない、冷めていながら楽しげな表情を浮かべているであろう事が、手に取るようにわかった。


「今、時雨と僕は分離している、この夢の主の意図でね。時雨に会うほうが良いだろう。時雨はこの件に関してあまり協力的ではないから、すぐに教えてくれるだろうけど…さぁ、時雨に会えるまでに君は生きていられるかな。いや、生きているだろうね……彼女が、君が死ぬ事を許さない」


「…………下らねェ事ぐだぐだ喋るンじゃねェよ。不快だっつってンだろォが」


「じゃあ最後に忠告をしてあげるよ。今日の僕は珍しく優しいみたいだから、良かったね。


 
―――夢で死んだら現実世界で精神(こころ)が死ぬ。だけど夢の主はそれを望んでいるわけではないんだよ。殺意を感じたところで殺そうとしているとは限らない。夢の主には別の意図があるんだろうね。僕には理解し難い事を、夢の主は考えている。早く夢から醒める事だね」


「あァ、そうかい。言いたい事喋り終えたンならさっさと失せやがれ」


「では、そうするよ」


 交差点は振り向かない。


 振り向かずとも、わかっている。


 後ろには、誰もいない灰色の世界が広がっているだけなのだ。


(
―――殺そうとしているとは限らない、か)


 匂宮夜の言う事は信じない。彼は匂宮時雨にとても似ていて、否、同等の存在であるが
―――絶対的違いがある。


 匂宮夜は、匂宮時雨ではないのだ。


 だから、匂宮夜の事は決して信じない。


 交差点は、静かに自身の右眼を撫でた。


 

 


 優しく呼びかける声が聴こえた。落ち着いた、聞き覚えのある低音。そして、誰かの温もり。


愛架(あいか)……、」


 自身の掠れた声。頬に触れる誰かの温もりは、愛架のものだ。


 だけど、一言呼びかけて来た低音は
―――


「しぐちゃん……?」


「そうですよッ、だから早く起きやがれいつまでも寝てんな!!


「う……頭に響く…」


 視界が開けた。


 くそ心配したんですよと、ぼそりと小さく呟く愛架の顔と、眉を顰めた時雨の顔が(あおい)の眼球に映る。そして、相変わらずの灰色の空も。


「お前も巻き込まれていやがったのか」


 心底不機嫌そうな声色で、時雨が言う。


 だからそんなに眉の間に皺を作っているのか、と蒼は思った。


 彼は、この状況を喜ばしく思っていない。この夢の主に頼まれて、皆を夢に堕とした
―――まぁ、恐らくそれをしたのは夜だろうが。


 時雨は優しいのだ、と冷めた心中で呟く。


「残念ながらねー。気がついたらこんな世界。ここで死んだら洒落になんないのに、殺されそうになるし。災難も良いとこ、って感じ?」


「殺される…かァ」


「? 何ですか?」


 時雨の(くら)い瞳が何かを映した気がしたけれど、蒼にはわからなかった。


(
何かが引っかかる)


 そのときだった。


 不意に人の気配がして、三人は一斉に後方を見た。


「あ、」


 吹っ飛ばされる前に見た少女と夕月(ゆうき)、そしてまた新たに増えた少女の三人が、いつの間にか現れていた。


「おーっ、《夢喰い(メア・イーター)》発見したんだよーっ」


「ほ、ほんとに見つけちゃったわね……」


「だから言ったでしょ。折崎(おりさき)茉莉(まつり)さんを舐めないでくれるかな」


 新たに増えた少女は、折崎茉莉と言うらしい。


 気の強そうな大きな瞳が蒼たちを見る。


「貴女たち二人はさっきの……」


「お先に見つけられちゃっていたってわけか」


(
彼女たちもしぐちゃんを探していたのか)


 まぁ、それが一番手っ取り早い方法だ。


(
あたしの場合は偶然だったけど、まーとにかくしぐちゃんと合流できたのは良かったかも)


 これで、夢の主がわかる。


「さて、そこの還神たちはとりあえずスルーで。用があるのは《夢喰い》だしね?

 ……単刀直入に聞く、この夢の主は誰」


 折崎茉莉が、真っ直ぐに時雨を見据える。


「ちょっと、ほんとに単刀直入すぎるわよ」


「私は遠回しなごちゃごちゃした言い回しは好きじゃないの。ストレートで決めるのが好きなんだってば」


「ロイヤルストレートフラッシュだねーっ」


「違うわよ」


 シロのツッコミは気にせず、夕月はくるりくるりと蒼の周りを回り、時雨の周りを回った。


 
―――雪が夕月と同じように舞う。灰色の雪が。


「教えてやるよ、皆々様ァ。そのために俺を探していたようだしな」


 黒が混じった銀髪が、雪に紛れる。


「夢の主の名前は
―――、」


 誰かの笑い声が聞こえた気がした。





>>05に続く

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