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せんそうとへいわ
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終末のカナリア...前編

 

 白昼夢のような喧騒の中で見たあれは、華胥の夢などではなく確かに―――雨を謡う銀色の鳥だった。

 ヴェンタッリオファミリーの敵対ファミリーとして知られる、カルコラーレファミリー。その幹部の一人である少女―――楼上透離がまだ齢十四の頃の話。

 

 「―――よォ、お嬢さん」

 長い銀髪に隠れた、ふざけた表情。その整った顔に似つかわしくない笑みが、今でも残像として頭に残っていた。

「珍しいなァ、お嬢さんみたいな無能そうなガキが、こんなとこに迷い込んで来るなんてよォ」

 声のトーン。腹立たしい表情。何をとってもそれは、透離の気に障るものだった。

 これは、なんて最低な悪夢なのだろう? そう思わずにはいられなかったことを、よく憶えている。

 閉ざされた扉。鳴り響く鍵盤の音。銀髪の男。

「・・・また、この夢・・・」

 最近、毎日のように同じ夢を見る。これといって悪夢というわけではないのだが―――何故か、心苦しい。

(心苦しいけれど、あの鍵盤の音―――ピアノの音色は、凄く綺麗)

 恐らくあの銀髪の男が弾いているのだろう。いつも後ろ姿しか見えないから、顔も何をしているのかもわからないが―――きっとそうに違いない。

(もう一度、あの夢を見たい。今度は、もっと長く―――ピアノを聴かせて欲しい)

 透離は音楽家であり殺し屋でもあった両親の元に生まれた娘だった。そのせいか、透離は音楽が好きだ。どんな楽器でも、一通りかじっている。だが、透離が一番得意なのは、歌だった。

(あのピアノに歌をつけられたら―――)

 所詮は夢。あのピアノが奏でたメロディは、全く憶えていない。だが、透離が惹かれる美しい曲だったような気がする。

(もっと長く、もっと近くで、もっとはっきりと、)

 あの、ピアノを。

 透離は血に汚れた上着を投げ捨て、どさりとソファに寝転がった。酷く、疲れている。今回頼まれた仕事―――暗殺の仕事が、キツかったのだ。

(フリーの殺し屋なんて、良いものではありませんね)

 大儲けは出来るが、そこまで一流ではないので収入は不安定。失敗したら、命は無い。

「・・・・・・それをわかった上で、やっているんですけどね・・・」

 元来、自分は暗殺向きではないと透離は思っている。何の特殊能力も持たない、ただの音楽好きな少女なのだから。

 無性に身体がダルかった。疲れのせいで、眠くてしょうがない。ベッドに移動する気力もわかず、透離はそのままソファの上で、眠りについた。

 ピアノの音。美しい音色。鮮明に、はっきりと聴こえる、聞き覚えのあるメロディ。

(フレデリック・ショパンの、夜想曲第二番変ホ長調―――)

 透離が最も好きな曲だった。何度も何度も聴いて、自分でも弾いた曲。だが、今聴こえるノクターンは今まで聴いたどれよりも、上手かった。

「・・・・・・凄い・・・」

 思わず一言呟いた瞬間、不意に演奏が鳴り止んだ。

―――よォ、お嬢さん」

 はっ、と顔を上げると、黒く滑らかに光るグランドピアノの前に、あの夢で見た銀髪の男が座っていた。端正な顔に不敵な笑みを浮かべて、透離を見つめている。

「珍しいなァ、お嬢さんみたいな無能そうなガキが、こんなとこに迷い込んで来るなんてよォ」

 癪に障る声のトーンにその言葉。苛々とした不機嫌そうな表情になったことに気付いたのか、男は更に笑みを濃くした。

「俺の“世界”に入れンのは相当優秀な幻術使いか、《入場者(アンリミテッド)》ぐれェなもんだ。あとは俺に喰われる運命の餌か、俺と共鳴するヤツか」

「私は幻術は使えませんし、《入場者》でもありません」

「俺もお前を喰らうつもりなんてねェ。つーことは、よっぽど俺と共鳴してンだな、お嬢さんは」

「私は貴方みたいな人と共鳴したくなんかありません」

 透離の言葉を聞いて、男はクスクス、と笑った。長い銀色の前髪が揺れて、鮮やかな色の瞳が覗く。

「随分と毒舌なお嬢さんが迷い込んできたもンだぜ」

「・・・私はお嬢さんじゃなく、楼上透離という名前です」

 名乗ったんですからそちらも名乗って下さい、と透離は言った。

「俺は時雨だ。匂宮時雨」

 ククッ、と喉を鳴らすと、時雨はピアノの蓋を閉めた。

―――ここは“夢”ン中だ」

「・・・え?」

「世界はいくつものパラレルワールドに枝分かれしている。その分岐点がここだ」

 時雨はそう言うとピアノの椅子から立ち上がり、市松模様の床を歩いた。そして黒塗りの壁にもたれかかる。

「一人ひとつ、“夢”がある。部屋みてェにな。それを自由に行き来し操り、時には喰らう存在が俺―――《夢喰い》だ。そしてここは俺の部屋、俺の世界、《夢喰い》の“夢”」

「夢・・・喰い、」

「《夢喰い》の“夢”に入れるヤツはほんの一握りしかいねェ。だから、お前には素質がある」

 ふっ、と不敵な笑みが消え失せ、時雨の眼が透離を見据える。

「素質・・・って、何の・・・」

「さァな、俺にもそれはわからねェ。だが、いずれはわかることだ」

 時雨は髪を掻き揚げると、いつの間にか壁に出現した黒い扉に手をかけた。

「また来いよ、透離」

 扉が開き、果ての無い暗闇の中に―――透離は吸い込まれた。


中編に続く...


色々繋がっていることがおわかりになったでしょう。
透離ちゃんは毒舌です。

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