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せんそうとへいわ
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第三話

 


 「くっ・・・」


 水の剣で翠は家の壁に叩きつけられた。リデルはくすくすと翠を嘲り笑い、水の剣を鞭のようにうねらせ、構える。


「大口叩いていたわりには弱いわねぇ・・・」


「お喋りは禁物ですよ」


「!」


 いつの間にか、翠の剣がリデルの腕に突き刺さっていた。眼にも留まらぬ速さ、痛みを一瞬でも感じさせない攻撃。


「貴女・・・」


「こんな攻撃にも気付かないだなんて、大したこと無いんですね・・・致命傷にもならないような攻撃だというのに」


「・・・その減らず口、黙らせてあげる・・・!」


「舐められたものですね、僕も」


 翠は勢い良く、リデルの腕から剣を抜き取った。


「ぐぁ・・・っ!」


「気味の悪い不気味な魔物でも、痛みを感じるんですね・・・意外です」


「っ・・・その言葉、聞き捨てなら無いわね・・・!」


 リデルは一瞬のうちに間合いを取り、水の剣を翠に向かって叩き付けた。翠は即座に腰を屈め、思いっきり地を蹴り木に飛び移った。


「なぁに・・・かくれんぼでもするつもりぃ?」


「何を莫迦なことを。お遊戯なんて僕はやりませんよ」


 そのとき、リデルは気付いた。今の言葉、今の声。翠が飛び移った筈の木からはしなかった。もっと近く、もっと自分と近距離から・・・別の場所から、声がした。


「どういうこと・・・」


「こういうことですよ」


 真後ろ。確かに、翠の声が、真後ろから。


「!?」


 不敵な笑みを浮かべた翠が、リデルの真後ろで剣を構えていた。


「さようなら、気味の悪い魔物さん」

 
 ――― 地に紅い華が飛び散った。


 「リデル!?」


 紅い血を吹き出し倒れたリデルを見て、リゼルは悲鳴に近い声を上げた。


「余所見をするな、魔物。敵に背を見せるとは、何事だ」


 世賭の冷たい声を浴びて、リゼルはきっ、と世賭を睨み付けた。


「睨む相手を間違っている。お前が睨むべき相手は翠だろう?」


「ちょっと世賭、酷いこと言わないでくれる?」


「事実を言ったまでだ」


 水色の髪が逆立ち、烈しい怒りのオーラを放ち出したリゼルを見て、翠は口を閉ざした。


「貴様ら・・・絶対、許さない・・・!!」


「へえ。まさかこんな不利な状態でそんなことを言うとは思わなかった。なあ、アリカ?」


 ――― アリカ? まさか、そんな。


「な、なん・・・で・・・気配も、何も・・・!」


 リゼルの後ろに、アリカがにっこりと微笑んで立っていた。


「そうね。3対1っていう不利な状況なのにね」


「いつの間に・・・っ!?」


 リゼルは青褪めた顔で呟く。全く、気配に気付かなかった。いつの間に家の中から自分の真後ろに移動したのだろう。信じられない。


「最初から言っていますけど・・・もうおわかりになったでしょう? 貴女に勝ち目はありません」


「私たちに勝てるだなんて思わないほうが良いよぉ?」


 翠が冷たい声で言い放つのに対し、アリカはふざけているようだった。そんな様子も、リゼルにとっては畏怖する対象でしかならない。


「もう殺してしまっても良いんじゃないか? 死にたがっているようだし」


「し、死にたがってなんか・・・」


「馬鹿だな。僕らを相手にしたときから、もう既にお前の死は決まっていた。だがお前らは逃げなかった自殺を試みていたようなものだ」


 リゼルは身体をがくがくと震わせ、血の気の無い唇がかすかに動かせた。


「た、たすけ・・・」


「誰が助けるのかなぁ? 貴女の片割れはもう殺されちゃったし、貴女が仕えている“(ひじり)”たちは、仕えないものは捨てちゃうし。貴女を助ける人なんてもういないよ? もしこのまま貴女が殺されないで帰ったとしても、“聖”たちに殺されちゃうだろうし」


 ――― “聖”。


 世賭はその名に、何か引っかかるものを感じた。何だろう、どこかで聞いたことがあるような。だが、思い出せない。


「主様、は・・・そ、そんなことしな・・・い・・・」


「するよ。“聖”たちはそういう奴等だもん」


 リゼルの震えは徐々に増していた。痛々しいほどに顔を青褪め、肌には血の気が無い。そんなリゼルを嘲るような目つきで見ていたアリカが、刹那、暗黒を醸し出す恐ろしい表情へと豹変した。


お前はあたしに殺される


 空に浮かぶ灰色の雲を吹き飛ばすかのような風が吹き、世賭と翠の髪を攫った。だが、アリカの髪だけは一切揺れ動いていない。まるで、アリカだけが世界から切り離されたかのように。


 世賭と翠は、豹変したアリカの表情を見て、静かに唾を呑み込んだ。


お前はもう、あたしの餌だ


「ひィ・・・っ・・・」


 アリカの瞳は、いつにもまして深みを帯びていた。この世の影を全て吸い取るような、深紅。


さあ、あたしに身体を委ねろ


 世界から切り離されたかのような暗黒の空間。アリカの影が大きく揺らめき、広がり、リゼルを覆った。


「いや、ああああああッ!!!」


 影はリゼルを覆いつくし、絶叫までも包み込んだ。


世賭と翠は、ただそれを見つめるばかりで動くことが出来ない。


くくっ・・・ご馳走様

アリカの影が消え去った後。そこにリゼルの姿は、無かった。


その後。アリカの表情に、あの暗黒はすっかり無くなっていた。


 世賭と翠は、あのときのことについて何も聞かなかった。否、聞けなかった・・・というほうが当たっているかもしれない。


「アリカ・・・」


「なあに?」


「いや、なんでもない」


 世賭が引っ掛かりを感じた“聖”についてもまた、聞くことは出来なかった。


―――
でも、聞かなくても、いずれはわかるだろう。


 その“聖”とやらが、アリカを狙う敵に違いないのだから。いずれ、そのときが来たら――― 知ることになるだろう、と。そう思ったのだ。


「ははっ・・・」


 アリカは一人で、家の外に出た。灰色の雲は消え去り、見事に青空が広がっている。


「“聖”たち、リゼルとリデルのこと、一応調べているんだろうな。実力はまあまあだったから、惜しい人材だっただろうし」


 だが、所詮雑魚は雑魚だ。


「もう、次の策を練ってるかも」


 アリカはある地点で足を止めた。そしてゆっくりとしゃがみ込むと、地面を柔らかく撫でた。他よりも、少しだけ盛り上がっている地面を。


「“聖”たちなんかに縛られないで、ゆっくりお休み」


 アリカは小さな笑みを浮かべると、もう一度優しく地面を撫でて、家の中へと入った。




...第四話に続く

さて、下剋上第三話です。今回は《暗黒のアリス》大活躍ですね(笑)
第四話では前半ほのぼのです。こっから修正前とだいぶ変更しますよ。
第四話、第五話はもしかすると前編後編になるかもです。

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