第三話
「くっ・・・」
水の剣で翠は家の壁に叩きつけられた。リデルはくすくすと翠を嘲り笑い、水の剣を鞭のようにうねらせ、構える。
「大口叩いていたわりには弱いわねぇ・・・」
「お喋りは禁物ですよ」
「!」
いつの間にか、翠の剣がリデルの腕に突き刺さっていた。眼にも留まらぬ速さ、痛みを一瞬でも感じさせない攻撃。
「貴女・・・」
「こんな攻撃にも気付かないだなんて、大したこと無いんですね・・・致命傷にもならないような攻撃だというのに」
「・・・その減らず口、黙らせてあげる・・・!」
「舐められたものですね、僕も」
翠は勢い良く、リデルの腕から剣を抜き取った。
「ぐぁ・・・っ!」
「気味の悪い不気味な魔物でも、痛みを感じるんですね・・・意外です」
「っ・・・その言葉、聞き捨てなら無いわね・・・!」
リデルは一瞬のうちに間合いを取り、水の剣を翠に向かって叩き付けた。翠は即座に腰を屈め、思いっきり地を蹴り木に飛び移った。
「なぁに・・・かくれんぼでもするつもりぃ?」
「何を莫迦なことを。お遊戯なんて僕はやりませんよ」
そのとき、リデルは気付いた。今の言葉、今の声。翠が飛び移った筈の木からはしなかった。もっと近く、もっと自分と近距離から・・・別の場所から、声がした。
「どういうこと・・・」
「こういうことですよ」
真後ろ。確かに、翠の声が、真後ろから。
「!?」
不敵な笑みを浮かべた翠が、リデルの真後ろで剣を構えていた。
「さようなら、気味の悪い魔物さん」
――― 地に紅い華が飛び散った。
*
「リデル!?」
紅い血を吹き出し倒れたリデルを見て、リゼルは悲鳴に近い声を上げた。
「余所見をするな、魔物。敵に背を見せるとは、何事だ」
世賭の冷たい声を浴びて、リゼルはきっ、と世賭を睨み付けた。
「睨む相手を間違っている。お前が睨むべき相手は翠だろう?」
「ちょっと世賭、酷いこと言わないでくれる?」
「事実を言ったまでだ」
水色の髪が逆立ち、烈しい怒りのオーラを放ち出したリゼルを見て、翠は口を閉ざした。
「貴様ら・・・絶対、許さない・・・!!」
「へえ。まさかこんな不利な状態でそんなことを言うとは思わなかった。なあ、アリカ?」
――― アリカ? まさか、そんな。
「な、なん・・・で・・・気配も、何も・・・!」
リゼルの後ろに、アリカがにっこりと微笑んで立っていた。
「そうね。3対1っていう不利な状況なのにね」
「いつの間に・・・っ!?」
リゼルは青褪めた顔で呟く。全く、気配に気付かなかった。いつの間に家の中から自分の真後ろに移動したのだろう。信じられない。
「最初から言っていますけど・・・もうおわかりになったでしょう? 貴女に勝ち目はありません」
「私たちに勝てるだなんて思わないほうが良いよぉ?」
翠が冷たい声で言い放つのに対し、アリカはふざけているようだった。そんな様子も、リゼルにとっては畏怖する対象でしかならない。
「もう殺してしまっても良いんじゃないか? 死にたがっているようだし」
「し、死にたがってなんか・・・」
「馬鹿だな。僕らを相手にしたときから、もう既にお前の死は決まっていた。だがお前らは逃げなかった自殺を試みていたようなものだ」
リゼルは身体をがくがくと震わせ、血の気の無い唇がかすかに動かせた。
「た、たすけ・・・」
「誰が助けるのかなぁ? 貴女の片割れはもう殺されちゃったし、貴女が仕えている“聖”たちは、仕えないものは捨てちゃうし。貴女を助ける人なんてもういないよ? もしこのまま貴女が殺されないで帰ったとしても、“聖”たちに殺されちゃうだろうし」
――― “聖”。
世賭はその名に、何か引っかかるものを感じた。何だろう、どこかで聞いたことがあるような。だが、思い出せない。
「主様、は・・・そ、そんなことしな・・・い・・・」
「するよ。“聖”たちはそういう奴等だもん」
リゼルの震えは徐々に増していた。痛々しいほどに顔を青褪め、肌には血の気が無い。そんなリゼルを嘲るような目つきで見ていたアリカが、刹那、暗黒を醸し出す恐ろしい表情へと豹変した。
「お前はあたしに殺される」
空に浮かぶ灰色の雲を吹き飛ばすかのような風が吹き、世賭と翠の髪を攫った。だが、アリカの髪だけは一切揺れ動いていない。まるで、アリカだけが世界から切り離されたかのように。
世賭と翠は、豹変したアリカの表情を見て、静かに唾を呑み込んだ。
「お前はもう、あたしの餌だ」
「ひィ・・・っ・・・」
アリカの瞳は、いつにもまして深みを帯びていた。この世の影を全て吸い取るような、深紅。
「さあ、あたしに身体を委ねろ」
世界から切り離されたかのような暗黒の空間。アリカの影が大きく揺らめき、広がり、リゼルを覆った。
「いや、ああああああッ!!!」
影はリゼルを覆いつくし、絶叫までも包み込んだ。
世賭と翠は、ただそれを見つめるばかりで動くことが出来ない。
「くくっ・・・ご馳走様」
アリカの影が消え去った後。そこにリゼルの姿は、無かった。
*
その後。アリカの表情に、あの暗黒はすっかり無くなっていた。
世賭と翠は、あのときのことについて何も聞かなかった。否、聞けなかった・・・というほうが当たっているかもしれない。
「アリカ・・・」
「なあに?」
「いや、なんでもない」
世賭が引っ掛かりを感じた“聖”についてもまた、聞くことは出来なかった。
――― でも、聞かなくても、いずれはわかるだろう。
その“聖”とやらが、アリカを狙う敵に違いないのだから。いずれ、そのときが来たら――― 知ることになるだろう、と。そう思ったのだ。
「ははっ・・・」
アリカは一人で、家の外に出た。灰色の雲は消え去り、見事に青空が広がっている。
「“聖”たち、リゼルとリデルのこと、一応調べているんだろうな。実力はまあまあだったから、惜しい人材だっただろうし」
だが、所詮雑魚は雑魚だ。
「もう、次の策を練ってるかも」
アリカはある地点で足を止めた。そしてゆっくりとしゃがみ込むと、地面を柔らかく撫でた。他よりも、少しだけ盛り上がっている地面を。
「“聖”たちなんかに縛られないで、ゆっくりお休み」
アリカは小さな笑みを浮かべると、もう一度優しく地面を撫でて、家の中へと入った。
...第四話に続く
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