繊細ビート...後編
16歳の誕生日を迎え、ソルトは“メタトロン”での地位が上がり、幹部クラスに入ることとなった。しかし、幹部クラスに入っても、今までとなんら変わりなかった。一人で任務をこなし、人を殺す。他の幹部クラスの人々にも逢わせて貰えず、ソルトは一人苦しんだ。そして、こう思うようになった。
他の幹部クラスの奴等に逢ってしまったら、きっと仲間意識が生まれてしまう。そうしたら、俺の手で仲間を穢してしまう。だから、これで良かったんだ―――と。
実際はそんなはずもなく、ただヴァルヴァレス家が“メタトロン”の上の人にそう命じていただけの話だった。そしてそれを、セシルは知っていた。だがそれを言うことは許されず、もし許されていたとしても―――セシルには、言えなかっただろう。余計悲しみを背負わせてしまうことになる、と、そう思っていたから。
他の幹部クラスのメンバーが、新たに幹部クラスに入ったにも関わらず、一度も顔を見せないソルトに対してどう思っていたのか―――それはまた、別の話。
*
“メタトロン”の任務とは別件で、直接ヴァルヴァレスから任務が入った。とある中小マフィアを壊滅しろ、という内容だった。
「壊滅・・・か」
気分が酷く沈んだ。壊滅させるということは、少なくとも十人以上の人間が死ぬということだ。それに加えて、いくら中小マフィアとはいえこっちは一人だ。失敗する確率が高い。失敗、つまりそれは―――
「俺は、死んでも良いって言うことか」
わかっていた。ヴァルヴァレスに、セシルの父に、自分がどう思われているか。重々承知しているつもりだった。だが―――やはり、心が痛い。面と向かって死ね、と言われるよりも、ずっと。
だが、ソルトは割り切ってしまっていた。所詮、自分は汚らわしい暗殺者。犬死にしたって誰も悲しみやしない。ならば任務で死ぬ、というほうが様になるではないか、と。
大切な仲間が出来ないまま、死んだ方が、俺にとっては・・・良いのだ、と。
*
「っ・・・は、」
少量の血を吐き、ソルトは壁にもたれかかった。こんなことをしている場合ではないことはわかっていた―――まだ敵は残っている。だが、体力的にも精神的にも、限界が近付いていた。
敵は恐らく、あと数人。だがその数人が、ソルトを苦しめる。
(本当に・・・ここで死ぬ・・・か)
―――誰も、助けてはくれない。たった一人、孤独と絶望を。
「くっ・・・」
眼が霞んだ。黒いわだかまりが広がる。脳内が赤に染まった。
敵が近付いてくるのを感じた。ソルトは、ぎゅっ、と愛剣を握り締める。
(せめて、任務は成功させよう)
そしたらヴァルヴァレスの望みどおり―――死んでやろうじゃないか。
―――たった一瞬。残りの力を全て使い切るように、ソルトは、敵を全て斬り倒した。
(・・・ほら、ヴァルヴァレス)
(ちゃんとあんたらの言うとおりにしてやった)
(マフィアを壊滅させて)
(そして俺も―――)
―――そして、ソルトは意識を失った。
*
知らない天井だった。
「え・・・?」
柔らかいベッドの感触。痛む身体を押さえながら、ソルトはベッドから起き上がった。
(・・・ここは、どこだ)
知らない部屋。広い部屋だった。どうして自分がここにいるのかもわからず、ソルトは困惑した表情で部屋を見回す。
(傷もちゃんと手当てされている・・・)
白い包帯が綺麗に巻かれ、しっかり消毒もされているようだった。血に汚れた剣も、どうやら洗われたらしく、綺麗な状態でベッドの横に立てかけてある。
カチャリ、と扉の開く音がして、ソルトは一瞬身を強張らせた。ソルトよりも年下であろう少年の顔が現れた。
「あ、」
少年はソルトを見て小さな声を漏らすと、扉の方に引き返していった。
「姉さん、起きたみたいだ」
やがて、ソルトの部屋に先程の少年よりも少し大人びた顔の少女が入ってきた。さっきの少年の姉であろう、面影が少し似ている。
「傷、痛みますか? えーと・・・お名前は、」
「あ、ああ・・・大丈夫だ。俺の名前はソルト・ヴァルヴァレス」
「ソルトさんですか・・・良かった」
少女は年相応の柔らかい笑みを浮かべて、ベッドの近くにあった椅子に座った。
「あの・・・俺を助けてくれたのは、君か?」
「ええ、そうです。因みに手当てをしたのは秦―――あ、さっきの男の子です。私の弟」
「そう、か・・・有難う。その、弟君にもそう伝えておいてくれ」
この少女が自分を助けてくれたのか、とソルトは思った。でも何故、裏社会とは縁のなさそうなこの少女が、あの場に―――あの、惨劇の場に? たまたまあの屋敷にいただけだろうか、マフィア関係ではなく訪れていた可能性だってありえる。
「驚きました。あのファミリーを倒したのは、貴方ですよね? たった一人で、こんな傷だらけになって・・・」
―――ファミリー。それは、マフィアを指す言葉だ。思わずソルトの顔が驚きに変わる。
「君、は・・・マフィア関係者・・・なのか? まだ、そんな幼いのに・・・」
「ええ。そうですね、普通は驚きますよね。でも、もっと驚くと思いますよ」
―――私は、ヴェンタッリオファミリーのボスです。
「ヴェンタッリオファミリー・・・の、ボス・・・?」
名前だけは、聞いたことがあった。確か、イタリアの超最大手マフィアの同盟ファミリーだ。そのヴェンタッリファミリーのボスが、この子。この、優しそうな―――柔らかい少女が、ヴェンタッリオファミリーのボス。
「・・・本当に、驚いた」
「でしょう?」
クス、と少女は小さく笑って、そしてすっ、と真剣な表情に変わった。
「―――どうしてたった一人でマフィアを壊滅させようとしたんです? いくら中小マフィアとはいえ、とても危険なことです。私がたまたま助けなければ、死んでいたのかもしれないんですよ?」
「・・・・・・任務で、な」
「任務・・・!? こんな危険な任務を、たった一人に背負わせられたのですか・・・!?」
その反応を見て、つくづくこの子は優しい子なのだな、と場違いなことを思った。裏社会では浮いてしまうような、“純白”。
「俺はヴァルヴァレス家の人間でな、暗殺業のほうを任されている。俺はヴァルヴァレスでは邪魔者扱いされているから、こんなことはよくある」
いつの間にか、そんなことまで喋ってしまっていた。
「そんな・・・酷い」
少女の表情が翳ったのを見て、ソルトは言わなければ良かった、と後悔した。“純白”と評せるようなこの少女にそんな顔をされると、心が痛む。
「―――ソルトさん」
少女が顔を上げた。ソルトをすっ、と見据え、口を開く。
「ヴェンタッリオファミリーに入ってくれませんか?
「・・・え?」
少女は先程の翳りが嘘のように、にっこりと笑みを浮かべた。温かくて柔らかい、あの笑みを。
「血の繋がった人間を邪魔者扱いして、わざと危険な任務に行かせるようなところになんていなくていいです。殺しをしたがっていない人間に、無理矢理やらせようとするところになんていなくていい。孤独を怖がっているような人に、孤独を味合わせるようなところになんていなくていい。自分をもっと大切に出来るようなところにいなきゃ駄目です。
だから、私と一緒に来て下さい。私たちならそんなこと、そんな思い、絶対させません。ファミリーの絆は絶対です。だから、」
―――私の、仲間になって下さい。
ソルトの全てをたったこれだけの時間で悟った少女は、優しい白い手を伸ばして、ソルトに微笑みかけていた。
(・・・・・・穢してしまうかもしれない)
(何にも染まらない真っ白なこの少女を)
(それはとても恐ろしいことだ)
(・・・だけど、)
―――この手に、触れたいと。そう、思ったのだ。
「・・・・・・Avec plaisir,volontiers.」
少女の表情が、ぱっ、と輝いた。
「Mon nom est Rei Hasuren. Enchante!」
*
―――ヴェンタッリオファミリーのボスである蓮漣麗と出逢って、ソルト・ヴァルヴァレスは確かに変われた。
ヴェンタッリオファミリーに入ったその後、ソルトは自らヴァルヴァレス家当主の元へと出向いた。
「俺は、ヴァルヴァレスから抜けます」
「ヴァルヴァレスの人間ではない、と公式にそうなさってくれて構いません」
「今後一切、俺はヴァルヴァレスには関与しない」
そう宣言した。何を言われても、もうこれ以上何も言わずに黙って出て行こう、そういう思いを込めて。
だが、当主が言った、たった一言の言葉は、ソルトが予想していた言葉とは全く違うものだった。
「別に構わない。好きにすれば良いだろう。元々私はお前のことをヴァルヴァレスの人間と認めてなかった」
「だが―――」
「・・・・・・ヴァルヴァレスを名乗ることを、許してやる」
苗字がなくては困るだろう。そういって、口元に薄い笑みを浮かべた当主の顔。初めて見る、当主の笑みだった。
「さっさと去れ。お前はもう、公式にはヴァルヴァレスの人間ではないのだからな」
―――好きではなかったヴァルヴァレスが、セシルの父親が、ほんの少し―――好きになれた。そんな瞬間だったように思う。
*
大切な仲間が出来た。自分が何もかも全て捧げても良いとさえ思う、大切な仲間が、大切な人が。凄く、凄く自分は幸せだ。
だからこそ、幼い頃から血が染み付いて、穢れた自分の手で彼女に触れるのが恐ろしくてたまらない。今でもやはり、自分が穢れているのは変わらないから。だから、自分が触れることで、何にも染まっていない純白の彼女が、仲間が、穢れてしまうような気がして。
そんなことを言ったら笑われるだろう。怒られるかもしれない。だが、やっぱりソルトは―――この幸せを自分が壊してしまいそうで、それがとてつもなく恐ろしくて、そしてまた、自分が仲間を穢してしまいそうで、どこか一歩退いてしまう自分が―――憎い。
でも、ソルトは知った。どこにでも絶望は侵蝕している。孤独に、絶望に呑み込まれる人間は多い。だが、どんな人でも絶望に染まらず生きていけることが出来るということを。
まだ触れることが出来なくても良い。ただ、護ることさえ出来れば、今はそれで良い。
(この手で彼女に触れることは、許されないかもしれないけれど)
(いずれ―――)
END
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