第二話
「立派な家ですね・・・」
「ここに一人で暮らしているのか?」
首都の外れに位置するとある一区に、一軒の家がある。その家の前に、アリカ、世賭、翠はいた。
「そうよ。別に普通だと思うけど?」
アリカは平然とした顔で鍵を取り出し、玄関の戸を開ける。
あの後、世賭と翠は流されるようにアリカの家へ住むこととなった。確かに宿を探していたのは事実であり、有難いことではあった。
「部屋は足りるのか?」
「勿論よ。沢山あるから大丈夫」
にっこりと微笑み、アリカは家の中へと入った。
「どうぞ」
「え、っと、お邪魔します」
家の中は若干、気にならない程度に薄暗かった。アリカは電気をつけず、さっさと居間へ移動する。
「少し薄暗いですね・・・」
「ああ、私あんまり光が好きじゃないから。日当たりが悪いようになってるの、この部屋。私、夜行性みたいな感じだし」
「夜行性・・・」
まだ十代半ばであろう少女が、夜行性。翠は少し眉を顰めた。
「別におかしくはないだろう。《暗黒のアリス》、なんて異名を持つぐらいだし・・・――― 」
そのとき、アリカが纏う雰囲気が一転した。
「あたしを《暗黒のアリス》と呼ぶのはやめろ」
恐ろしい形相で、世賭を睨みつけているアリカを見て、翠は思わず息を呑んだ。薄暗い家の中で、今のアリカは一際暗く見えた。
「二つ名で、異名であたしを呼ぶな」
「・・・へぇ」
アリカの雰囲気が攻撃的なものへと変化しているのにも関わらず、世賭はいつも通りのポーカーフェイスでアリカを見つめている。その表情に恐怖や怯えと言ったものはなく、翠は慌てた。
「や、やめよう世賭。アリカちゃんが嫌がっているんだから」
その言葉を聞き、アリカから発せられる暗黒が消え失せた。
「大丈夫、ですか?」
アリカが俯きしゃがみ込んだのを見て、翠は優しく肩に触れた。だが、アリカはその手から逃げるように、身体をよじった。
「アリカちゃん・・・」
「ごめんなさい。私、二つ名で呼ばれるのが好きじゃないの。世間から外されて、一人になってしまったような気がするから。私だけが世界から除け者にされているみたいで、私だけが人間じゃないみたいで。私は一人になりたくないの、だから異名で私を呼ばないで」
大量の二つ名。最強の称号。それはきっと、アリカには重過ぎるのだろう。
「――― だったら、もう一人ではありませんね」
「え・・・?」
ゆっくりと顔を上げると、翠が温かい笑顔でアリカを見ていた。
「僕たちが居ますから」
「翠の言うとおりだ。それと、家に泊めさせて貰っている以上、して欲しいことは出来る限り答えるように努めるつもりだからな」
世賭もいつになく優しい声で、そう言った。
「っ・・・あり、がとう」
アリカはにっこりと微笑んだ。
*
世賭と翠が、アリカの家に泊まることとなってから早一週間。三人は暇を持て余していた。
「暇過ぎ! 誰か死んでも良い奴来ないかな。そしたら生き埋めして、空気穴を開けておいて、そこから水を入れて溺死させて――― 」
「いい加減にしてくれ。もっと上手い残酷な殺し方を想像しろ」
「世賭もいい加減にしてくれないかな」
翠は読んでいた本から顔を上げ、だらしなくソファに寝そべっている世賭とアリカを見やった。その表情は明らかに呆れ以外の何物でもない。
「その手の話はもう十分です。腹黒い話は止めて下さい」
それを聞き、世賭は不服そうな表情で翠を見た。ソファに寝そべっていたせいで、ぼさぼさになった髪を適当に撫で付けている。
「お前だって十分腹黒いくせに、何を言う」
「僕のどこが腹黒いのかな?」
「自覚することって大切だよ、翠さん」
先程の翠と同じ呆れ顔でアリカは言った。一向にだらけた様子から立ち直る気配は無い。
「あ、呼び捨てで良いですよ、アリカちゃん」
「それはいいけど・・・翠だって敬語じゃない」
「これは癖みたいなものです。まあ、世賭には敬語じゃありませんけど・・・。ね、世賭」
「何が『ね』、だ。可愛い子ぶるな、この腹黒僕っ子が」
世賭は眉を顰め、ぐったりとまたソファになだれかかる。小さくため息をつき、そしてふ、と窓の外を見た。
「・・・ん・・・?」
「? どうしたんですか、世賭?」
「いや・・・何でもない」
ただならぬ戦機が、訪れようとしていた。
*
「ふふ、見ぃつけたぁ・・・」
「主様のご命令・・・」
「楽しませてくれるかしらぁ」
「ふふふ、それじゃあ・・・」
「行きましょうか」
妖しい二つの人影が、動いた。
*
世賭が不意に立ち上がり、壁に立てかけていた刀を手にした。
「――― 来た」
乱れていた髪を解き結びなおすと、世賭は勢い良く扉を開けて家から出て行った。その様子を見て、翠は珍しく無表情に呟く。
「面倒なことが起きそうですね」
「もう、起きてるわよ」
ここは、世賭に任せてみましょうか。そう、翠は言った。
「え・・・良いの?」
「大丈夫ですよ。世賭ならね」
一方、世賭は眼を鋭く光らせて、虚空を睨みつけていた。
「誰だ」
「あらぁ」
「バレたみたぁい」
「甘ちゃんかと思ったのにぃ」
ばしゅっ、と鋭い水の音がして、世賭の頬にかすかな痛みが襲った。
「水・・・?」
ゆっくりと頬に手をやると、指に深紅の血が付着した。どうやら、水で切られたらしい。
「へぇ」
「驚かないのねぇ・・・」
「まあ、良いわ」
先程と同じく、またばしゅっという水の音。
「同じ手に二度も引っかかったりはしない」
世賭はほんの数ミリ、身体を捻らせた。水は勢いを失くし、地面に滴となって落ちる。
刹那、世賭は眼にも留まらぬ速さで抜刀し、何かを斬り落とした。
「っ・・・!?」
声がした方向に木があった。その木の枝が、すぱっと見事に斬れている。ぱらり、と何か水色の物体が、木から落ちた。
水色の長い髪。髪が落ちたと同時に、小さな舌打ちが聞こえた。
「そこに二人隠れているのはわかっている」
「――― なかなか楽しませてくれそうねぇ・・・」
「やっぱり主様は最高だわぁ・・・」
「主様?」
世賭の呟きを無視し、二人の女が木から飛び降りた。短髪の女と長髪の女。二人とも、瓜二つだった。
「双子か」
瓜二つの女は、妖しげににこりと微笑んだ。
「私はリデル。そしてこっちはリゼル」
短髪の女がそう言った。二人とも、同じ形の透き通った鞭を手にしていた。
「世賭・・・援助が必要かな?」
「・・・したいのなら」
いつの間にか翠が世賭の後ろに立っていた。ちらりと家の窓を見やると、アリカが不敵な笑みを浮かべてこちらを見ている。
――― 傍観者のつもりか。
それでも構わない、と世賭は思った。一人でも楽勝だが、翠と二人なのだ・・・勝算はこっちにある。
「これで2対2になったわねぇ・・・」
「これで、平等だわぁ」
「私たちが勝ったら・・・主様のご要望・・・」
「アリカって女の子を引き渡して貰うわよぉ」
「・・・上等だ」
リデルと名乗った短髪の女は、世賭には眼もくれず翠に向かって走り、鞭を構えた。水色の短い髪が揺れ、翠に顔を寄せる。
「私は貴女のお相手をするわぁ」
一方、残ったリゼルは世賭に向かって、水色の長い髪を投げた。
「何だ」
「さっき貴方に斬られた髪よぉ・・・? 大切にして頂戴」
「誰がこんな塵を」
それ聞いて、リゼルはうふふと楽しそうに笑った。世賭は軽蔑の眼でリゼルを見やっている。
「貴方、知ってるわぁ・・・《鬼刀の世賭》なんて呼ばれてるんでしょう・・・?」
「・・・」
「知ってるぅ・・・? 私たちは《水星の魔女》って呼ばれているのよ・・・」
「水が星のように煌き飛んで・・・」
「その身を突き刺すの・・・」
「さっき鞭って言ったけど・・・」
「これは剣なのよ・・・」
「水の剣・・・それを星のように使って殺す魔女・・・」
「それが私たちなのよ・・・」
離れたところに居ても、阿吽の呼吸で言葉を続け、不気味に微笑むリデルとリゼル。世賭は眉をしかめた。
「私たちはハーフなのお・・・」
「人間と・・・」
「魔物の・・・」
翠の表情が、薄ら笑いに変わった。
「そうでしたか。道理でやけに不気味な方たちだと思いましたよ・・・」
「何ですって・・・?」
いきなり表情を豹変させ、翠を睨みつける双子。翠は平然と笑みを浮かべている。
「何度でも言ってあげますよ。その不気味な顔を太陽の下に晒さないで貰いたいですね。吐き気がします」
「だったら・・・」
「殺してあげましょうか?」
「そうしたら・・・」
「私たちを見ることも」
「出来なくなるでしょう・・・?」
世賭は静かな声で呟いた。
「殺し合いのパーティーでも始めるか」
...第三話に続く
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