慈しみにかける黒...前編
空を映したような瞳。それはだんだんと深い海の底に沈んだような色へと変わった。ああ―――彼女は聖女になったのだ。
碧い、蒼い瞳を持った少女。陶器のように白い肌に良く映える黒髪が、甦らせる。
『―――葵』
冷たく、何の感情も表していないかのような、抑揚のない声。脆くて果敢無くて、軽く抱きしめたら手折れそうなあの子の声。大切なものに触れるような、優しい硬さがあの子にはあった。
『―――葵さん』
温かくて柔らかい彼女とは、まるで正反対なのに。それなのに、あの子と彼女はとても―――似ている。
『葵、葵、葵さん、葵、葵さん、葵さん、あお―――』
僕の名前を呼ぶな。一点の穢れもないあの二人に、僕はあまりにも似合わない。だから、呼ばないで、お願いだから。
『葵、葵さん』
―――オ願いダカラ、僕ノ名前ヲ呼バナイデ。
・・・吐き気がして、僕は目覚めた。
*
「―――・・・てる?」
雑音。ノイズ。人の、声。
「ねえ、聞いてる? 葵、」
ソファに寝転がっていた紫俄葵を覗き込むようにして、桐城昴が話しかける。
「ああ、ごめん・・・聞いてなかった」
「なんだか最近葵、ぼーっとしてるよね」
「・・・確かに」
昴の言葉に、真向かいのソファに座って紅茶を飲んでいたレン・ウェルヴァーナが同意する。
今日はヴェンタッリオファミリーのボスである蓮漣麗とその弟の蓮漣秦、そして葵たちと同じくヴェンタッリオの守護者であるソルト・ヴァルヴァレスが不在で、葵と昴、レンの三人が留守を任されていた。
「気にしないで。ちょっと寝不足でね」
「そうなの? 大丈夫?」
「ああ、うん。えーと・・・それで、何の話だっけ?」
「そうそう、だからさ、」
ソファから上半身を起こし、葵はテーブルに置いてあるカップに手を伸ばしかけた。
「《入場者(アンリミテッド)》って知ってる? って話」
「―――・・・ぇ」
カップに伸ばしかけた手が、ぴたりと止まった。
「葵なら知ってるかなって。レンは知らないって言うからさ―――葵?」
はっ、と葵は小さく肩を震わせて、手を元に戻した。そして強張った笑みを即座に貼り付けて、答える。
「ごめん、知らない」
「そっかー・・・」
「・・・それより、その・・・《入場者》っての、どこで?」
いつもの薄い笑みを浮かべて、葵は尋ねながらカップを取って口をつけた。
「ああ、この前ちょっとした用事で図書館に行ってね。そのときにたまたま手にした本に書かれてあって・・・。確か、マフィア関係の本だった気がするんだけど、ぱらぱらっと捲っただけだったから題名も内容も全然覚えてないんだけどね」
なんだか眼に留まったからさ、と昴は付け加えた。
「そこには全然説明がなくて。だから聞いてみようかな、と思ったんだ。でも、もうどーでもいいや」
既に興味を失ったらしく、昴は大きく欠伸をした。元々興味がなかったらしいレンは、一人で黙々と紅茶を飲んでいる。
「へーぇ・・・《入場者》、ねぇ・・・」
「あ、そうだ! ねえ、トランプでもしない? 暇だし」
「良いよ。葵は?」
「ああ、僕もやるよ」
嬉々とした表情でトランプを取りに行った昴を横目で見やりながら、葵は小さくため息をついた。無表情に紅茶を飲み、ソファにもたれかかかる。
「・・・どうかした?」
「いや? 別になんでもないよ、」
にこ、といつも葵らしく笑みを貼り付けて、トランプがやれるようテーブルの上を片付け始めた。―――内心では、全く別のことを考えながら。
(全く、昴の口から《入場者》が出てくるとは思わなかった・・・)
本当に、予想外だった。
(まさか、まだ《入場者》についての文献が残っていたとはね・・・してやられたよ、エストラーネオ)
先程の狼狽した様子とも、またいつもの微笑とも違う―――思わず鳥肌が立つような、妖しい笑みを、葵は浮かべた。
(あの夢も昴から《入場者》の言葉が出たのも、偶然ではないね。・・・思い返して、苦しさに心を苛ませろ、とでも言いたいのか?)
思わず、自嘲するようにため息をついた。
(だったら、そのとおりに・・・してやろうじゃないか)
―――そして・・・、聖女の姿が甦る。
...中編に続く
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