月のようなあの子から遠ざかり、葵は新たな世界へ行く為に、“夢”へと“入場”した。
“夢”は様々な世界へ枝分かれしていて、葵は“夢”を彷徨い続けた。
(あの子の記憶から僕を消してしまうことが出来たら、どんなに良いのだろう)
眼を逸らすことしか、僕には出来ないのだけれど。
―――そのとき、葵はいきなりぐいっ、と引っ張られたのを感じた。そのまま急降下して、葵は無理矢理一つの世界へと“入場”した。
こんなことは初めてだった。どうしてこんなことになったのか、どんな世界に自分が“入場”してしまったのかもわからず、葵は呆然と立ち尽くした。
「う、ああああああッ!!!」
葵が無理矢理引きずり込まれ、“入場”してしまったそこ―――そこで、葵は思わず目を見開いた。
「っ・・・!!」
もがき苦しみ悲鳴を上げる子供たち。その横で、無表情に立っている大人。
(人体実験・・・!?)
突然“入場”し、突如何もないところから姿を現したために、不気味な大人たちから視線を浴びる中―――“葵”は、ぞくりと背筋が凍るのを感じた。
(―――こ こ は 、 危 険 だ)
脳内で、赤く光る信号が点滅している。
“葵”が引きずり込まれたそこは―――不毛で無秩序で地獄の底―――エストラーネオファミリーのアジトであった。
*
前の世界で、葵は16歳だった。いつもそうだ、新たな世界に行っても年齢は変わらない。
それなのに―――今回は、違った。
葵の年齢は、8、9歳にまで遡っていたのだ。
「この少年、どこから現れた」
「何もないところから・・・」
「どういうことだ」
「まさか、特殊能力でも持っているのか」
「調べてみないとわからない」
「こっちへおいで」
「早く準備をしろ」
―――8、9歳という幼い身体で、抵抗することなど出来はしなかった。
「っあああああああああ!!!!!」
もう、何をされたかも覚えていない―――否、思い出したくない。ただずっと悲鳴を上げていた。
「瞬間移動能力か?」
「少し身体が違う」
「特殊兵器の実験にも耐えられるかもしれない」
「もう少し調べないと・・・」
「面白い人材が発見できたな」
不気味な大人たち。―――気持ち悪い、吐きそうだ。
(違う世界に行きたい)
だが、大人たちに随時見張られ身体をいじられ、拘束されている状態では、どうすることも出来ない。
(なんで、こんなことに)
「どこから来たのか口を割らないな」
「恐らく異空間だ、身体が我々と違う」
「《入場者(アンリミテッド)》と名付けよう」
「記録に残さねば」
―――どれだけの月日が経ったのか、葵にはわからなかった。
「何をする!」
「う、あ・・・やめろ!!!」
いつの間にか監視していたはずの大人がいなくなっており、拘束された状態で葵は一人、無人の部屋にいた。
(外が騒がしい・・・あいつらは・・・どこに、)
そのとき、微かに子供の声がした。
(まさか・・・誰かが・・・)
この研究施設を―――エストラーネオを、壊滅させた・・・?
「君も逃げると良い。もうここに縛られる必要はないのですよ」
不意に少年の声が間近でして、はっと葵は顔を上げた。整った顔立ちの少年が、にこりと微笑んでいる。
「ほら、君も逃げなさい」
いつの間にか拘束は外されており―――気がついたときには、先程の少年の姿は消えていた。
部屋から出ると、無数の死体が転がっていた。まさに、血の海。
(ああ―――さっきの少年が・・・)
やった、のか。
そして、葵はやっと―――外の世界へと、足を踏み入れた。
*
葵は麗が立ち去った自室で、ぐったりとソファに寝転がっていた。
(麗の前じゃあ、被っている偽りの仮面は無いも同じだな)
出逢ったときからそうだった。気がつけばずっと被り続けていた偽りの仮面を、麗の前では取り去って破壊したい衝動に駆られる。まるで、麗が放つ柔らかい光によって、仮面の下の醜い顔を見透かされるのを恐れるかのように。
(思えば守護者の中で、秦を抜いたら僕が一番麗と古い仲だ)
研究施設から逃げた後、葵はイタリアに来ていた蓮漣一家に助けられた。そのときは麗の母親がヴェンタッリオファミリーのボスで、温かく葵を迎え入れてくれたことをよく覚えている。
(どこの馬の骨とも知れない少年を、よく何年間も一緒に住まわせてくれたものだよ)
今でも覚えている。麗と良く似た柔らかい笑みを浮かべた、あの人の表情を。そして、傷だらけだった葵の身体を一生懸命丁寧に手当てする、幼い麗の姿も。
その二人を見たとき、葵は決めたのだ。この人たちには、一切何も言わない。嘘を吐き続けようと。そのかわり、自分の全てを、この人たちに捧げようと―――
何年経っても、その思いは変わらなかった。麗がヴェンタッリオファミリーのボスとなったとき、葵は秦よりも早く守護者になった。危険な任務は出来るだけ、自分に回して貰うよう手回しした。
(あの子を見続け、想い続けることが出来なかったこと。あの人と麗に、全てを話すことが出来ないこと。それらの罪滅ぼしだった)
前を向いて、大切な人を見ることが出来なかった。あの子や麗が放つ光が葵には眩しすぎて、眩しすぎて―――
(だから僕は、惹かれたんだ)
脆く果敢無い光。温かく柔らかい光。太陽と月のように遠くて近い、二つの存在に。
どちらの光も眩しかった。自分の影ですら明るく照らそうとするその光は、葵には眩しすぎるのだ。
(だから僕は逃げた。聖女となって、より一層深い輝きを放つあの子の傍にいることが、耐えられなくなったから。だから僕は逃げた)
そんなあの子と最もかけ離れているのに最も近い存在の麗に、葵は惹かれた。
(君はどこにも傷一つない)
(数年前と変わらず、僕は傷だらけのままなのに)
(だから、そんな君だからこそ―――僕は偽り続けてしまう)
(悪いことだとはわかってる、でもきっと僕は一生偽り続けるだろうね)
(眼を逸らし続け、青紫の影ばかり纏ってしまうけれど)
(本当に、ごめん。だけど、今度こそ―――)
月夜―――ごめんね、次は逃げずに・・・彼女が、麗がいるこの世界で、麗の傍でもう一度―――
(僕はずるい)
(麗と月夜は別の存在なのに)(麗に何かをすることで)(許されようとしている)
(だけど、それでも僕は―――)
END
お題提供:不在証明(http://fluid.hiho.jp/ap/)
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