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せんそうとへいわ
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第四話

 


 リゼルとリデルの件から数日後。四月ももう終わりに近づいていた。


「お早う、世賭、翠」


「全然お早う、の時間じゃないけどな」


 既に昼と呼ぶ時間帯に突入した頃、アリカがようやく起き出し居間へと姿を見せた。彼女の起床時間はいつも三人の中で一番遅く、しかも寝起きは機嫌が悪いのか、起床してから三十分以上経たないと階下に降りてこない。


「今日は、聖パスハ祭だよ!」


「・・・パスハ?」


 祭がつくということは、御祭りか何かだろうか。


「なんか昔いた神様が復活したことをお祝いするお祭り。聖オステルン祭とか聖エオストレ祭とか呼び名があるんだけど、一番正しい呼び方は復活祭(イースター)かな。まあ、そんなことはどうでもいいのよ! とにかく行こうよ、お祭り」


「良いですね、楽しそうですし」


「まあ、暇だから良いか」


 世賭と翠が頷きあったのを見て、アリカはにっこりと微笑んだ。


「それじゃあ早速、服を新調しに行こう!」



 「なんでわざわざ服を買いに行くんだ? いつもと違う服を着る、というのならあるもので良いだろ」


「そうじゃないんだって! 聖パスハ祭では、服を新調して、帽子とかに花を飾って出かける風習があるの!」


 面倒くさげな世賭にそう説明しながら、アリカはさっさと出かける支度をしている。翠も同様だ。


「別に、そんなしきたりにわざわざ従わなくても良いだろ・・・」


「じゃあ、花ぐらいは買おうよ。それぐらい、良いでしょう?」


「買っても良いが、僕は身に付けないぞ」


「・・・まあ、いいよ、それでも。私が帽子につけるから!」


 そう言うと、アリカは玄関へ行き、いつも通り紅い靴を履いた。


「楽しみだなぁ、お祭り! 去年は忙しくて行けなかったんだよね」


 いつもよりも人通りが多く、賑やかな首都を巡りながら、アリカが呟く。首都全体がお祭り会場だ。


「そうなんですか。じゃあ、良かったですね」


 翠は無理矢理笑いを見せた。世賭はそれほど気にしていないようだが、翠はあのリゼルの件が気になっていた。


(アリカちゃんの影が広がって、リゼルを包み込み消してしまった・・・アリカちゃんの周りだけが暗黒に切り取られたようになっていた・・・)


 だが、聞くことは出来なかった。アリカは既に、翠にとって大切な仲間だ。アリカが気に病むようなことはしたくない。もしかすると、あれこそが彼女が《暗黒のアリス》と呼ばれる理由かもしれない。そうであるならば、余計聞くことは許されない。彼女は、《暗黒のアリス》などと呼ばれるのを嫌がっているのだ。それに関わる話は、避けたいだろう。


 翠がそう思っていたとき、アリカが素っ頓狂な声を上げた。


「ああっ!!」


「あ、アリカちゃん?」


 アリカの視線を辿ると、そこには兎や卵をモチーフにした小物や、水仙や百合などの花が置いてある露店(ブース)があった。


「さいこーっ! 聖パスハ祭の良いところは露店が沢山あるところだよねっ!」


 そう言うが早いか、アリカは露店に向かって走っていった。


「うーん・・・女の子ですね」


 翠は穏やかな微笑を浮かべてアリカの後姿を見つめている。


「お前もだろ」


「そんなこと言ったら世賭、キミだっ―――


「世賭、翠、これ貴方たちにプレゼントしてあげるー!」


 アリカは翠の言葉を遮り、購入したらしい兎や卵がモチーフの小物を手渡した。


「有難う御座います、アリカちゃん」


「有難う」


「よっし、じゃあどんどん行くよ! お菓子とかも一杯売ってるんだから!」


 アリカは満面の笑みで、歩き出した。



 「リゼルとリデルの死亡確認は出来たのか?」


「リデルは確認出来たよ。アリスのアジトの庭に埋められていた。ただ、リゼルの遺体は発見出来なかったけど」


「そうか、ならもういい。きっとアリスが喰ったんだろう」


「喰った、ねえ・・・」


「アリスと共に居る二人の詳細、調べたのでしょう? 言わなくて良いんですか?」


「あ、そうだった。一人はあの凍城(とうじょう)の生き残り、凍城翠。その凍城翠の幼馴染の世賭。世賭のほうは《鬼刀の世賭》とか呼ばれているらしいんだけど、詳しいことはさっぱりわからなかった。まるで誰かが世賭の情報を漏らさないようにしているみたいでね、全然情報が掴めなかったよ」


「誰かが・・・。まあ、それだけわかれば十分だ。アリスも良い人材を手に入れたな。凍城の生き残りに《鬼刀の世賭》を手駒にするとは」


「手駒、ねえ。随分と仲良しになってるみたいだけど?」


「それも彼女の策なのでは? 彼女はもう、自分の手で戦う意思はないのですから、自分に味方する強い者を手に入れておく必要がありますし」


「戦う意思はない、か。私たちと戦うこととなったとき、果たしてそんなことを言うのかどうか・・・楽しみだな」


「・・・?」


「気にするな。そうだ、アリスのところに“蜜鏡”たちを派遣しろ。どういうメッセージか、アリスならわかる筈だ。凍城にも、な・・・」


「わかりました。“蜜鏡”、ですね。すぐにでも向かわせます・・・言葉のとおり、すぐに(・・・)


 ――― 暗黒の中で、誰かが嗤った。


 
 首都の象徴であり、政府の拠地。そして、《絶対権力者》である皇帝が居ると噂されている、首都の中心に聳え立つ(ビル)・・・別名、《絶対帝國(キングダム)》。


 その(ビル)に向かうようにして、アリカたち三人は歩いていた。


「いつもは一般ピープルが入れない《絶対帝國(キングダム)》だけど、今日だけは特別。(ビル)の一階で仮面舞踏会が開かれているの。私は行ったことないけど、誰でも自由参加出来るパーティーらしいんだ。参加してみる?」


「僕はどっちでも良いですけど・・・どうします?」


「・・・面倒だから、僕はいい」


 言葉のとおり、世賭は明らかに面倒くさそうな顔をしていた。翠は思わず苦笑する。


「そっか、じゃあ別にいいか。まあ、どちらにせよここらを一周するには(ビル)の前を通らなくちゃいけないから、少し覗く程度にしておこう。皆着飾っちゃって、眼の保養になるよ!」


「どこのオヤジですかアリカちゃん」


 アリカはにこにこと軽やかに歩きながら、徐々に塔へと近付いて行く。華やかな音楽が、微かに聞こえてきた。


「あれ?」


「どうした?」


 アリカがふと足を止めた。世賭が尋ねるのに対し、無言で正面を指差す。


 アリカが指差した先には、塔から走り去ろうとしている少女の姿があった。数秒の間もなく、後ろから追うように、劈くような悲鳴が聞こえた。そして――― 微かに聞こえた、ぴちゃり、という音。


「アリカちゃん、今の・・・!」


「行こう」


 アリカは一気に駆け出した。世賭と翠も、その後を追う。


「・・・ッ!」


 ――― (ビル)の中。舞踏会場であるはずだったそこは、血の海と化していた。


「こんな・・・酷い」


 アリカは冷静に辺りを見回すと、ゆっくりと死体を踏まないように足を進めた。そして、中央に置かれた大きいテーブルを覗き込んだ。


「・・・やっぱりね、気配がした」


「・・・アリカ?」


 訝しげに聞く世賭に向かって、アリカは薄く微笑んだ。


「生きてる、人がいる」


 アリカが覗いたテーブルの下。重なり合うようにして、二人の少年が倒れていた。ゆっくりと胸が上下しているのを見ると、どうやら気絶をしているらしい。


「とりあえず、家に運ぼう。怪我、してるかもしれないし・・・状況を聞けるかも」


「そうですね」


 翠は少年をテーブルの下から出すと、静かに抱き上げた。


 
(
・・・あれ?)


 少年の顔を見て、翠は僅かな違和感を覚えた。同じく少年を抱き上げた世賭を横目で見やると、世賭も訝しげな表情で、まじまじと少年の顔を見つめている。


――― どうしたの? 二人とも」


 世賭と翠の様子がおかしいことに気付いたのか、アリカが二人の傍に寄る。そして、少しだけ眼を丸くした。


「この二人・・・」


 二人の少年の顔は、瓜二つだった。だが、違和感を覚えたのはそこではない。



「なんだか、翠に似てない?」

 
 二人の少年は、翠に面影の似た穏やかな表情をしていた。




...第四話後編に続く

 


だいぶ時間が空きましたが、第四話です。
今回はほんの少し翠の過去を。要と棗は一体どうして・・・?な感じですね。

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