第四話
リゼルとリデルの件から数日後。四月ももう終わりに近づいていた。
「お早う、世賭、翠」
「全然お早う、の時間じゃないけどな」
既に昼と呼ぶ時間帯に突入した頃、アリカがようやく起き出し居間へと姿を見せた。彼女の起床時間はいつも三人の中で一番遅く、しかも寝起きは機嫌が悪いのか、起床してから三十分以上経たないと階下に降りてこない。
「今日は、聖パスハ祭だよ!」
「・・・パスハ?」
祭がつくということは、御祭りか何かだろうか。
「なんか昔いた神様が復活したことをお祝いするお祭り。聖オステルン祭とか聖エオストレ祭とか呼び名があるんだけど、一番正しい呼び方は復活祭かな。まあ、そんなことはどうでもいいのよ! とにかく行こうよ、お祭り」
「良いですね、楽しそうですし」
「まあ、暇だから良いか」
世賭と翠が頷きあったのを見て、アリカはにっこりと微笑んだ。
「それじゃあ早速、服を新調しに行こう!」
*
「なんでわざわざ服を買いに行くんだ? いつもと違う服を着る、というのならあるもので良いだろ」
「そうじゃないんだって! 聖パスハ祭では、服を新調して、帽子とかに花を飾って出かける風習があるの!」
面倒くさげな世賭にそう説明しながら、アリカはさっさと出かける支度をしている。翠も同様だ。
「別に、そんなしきたりにわざわざ従わなくても良いだろ・・・」
「じゃあ、花ぐらいは買おうよ。それぐらい、良いでしょう?」
「買っても良いが、僕は身に付けないぞ」
「・・・まあ、いいよ、それでも。私が帽子につけるから!」
そう言うと、アリカは玄関へ行き、いつも通り紅い靴を履いた。
「楽しみだなぁ、お祭り! 去年は忙しくて行けなかったんだよね」
いつもよりも人通りが多く、賑やかな首都を巡りながら、アリカが呟く。首都全体がお祭り会場だ。
「そうなんですか。じゃあ、良かったですね」
翠は無理矢理笑いを見せた。世賭はそれほど気にしていないようだが、翠はあのリゼルの件が気になっていた。
(アリカちゃんの影が広がって、リゼルを包み込み消してしまった・・・アリカちゃんの周りだけが暗黒に切り取られたようになっていた・・・)
だが、聞くことは出来なかった。アリカは既に、翠にとって大切な仲間だ。アリカが気に病むようなことはしたくない。もしかすると、あれこそが彼女が《暗黒のアリス》と呼ばれる理由かもしれない。そうであるならば、余計聞くことは許されない。彼女は、《暗黒のアリス》などと呼ばれるのを嫌がっているのだ。それに関わる話は、避けたいだろう。
翠がそう思っていたとき、アリカが素っ頓狂な声を上げた。
「ああっ!!」
「あ、アリカちゃん?」
アリカの視線を辿ると、そこには兎や卵をモチーフにした小物や、水仙や百合などの花が置いてある露店があった。
「さいこーっ! 聖パスハ祭の良いところは露店が沢山あるところだよねっ!」
そう言うが早いか、アリカは露店に向かって走っていった。
「うーん・・・女の子ですね」
翠は穏やかな微笑を浮かべてアリカの後姿を見つめている。
「お前もだろ」
「そんなこと言ったら世賭、キミだっ――― 」
「世賭、翠、これ貴方たちにプレゼントしてあげるー!」
アリカは翠の言葉を遮り、購入したらしい兎や卵がモチーフの小物を手渡した。
「有難う御座います、アリカちゃん」
「有難う」
「よっし、じゃあどんどん行くよ! お菓子とかも一杯売ってるんだから!」
アリカは満面の笑みで、歩き出した。
*
「リゼルとリデルの死亡確認は出来たのか?」
「リデルは確認出来たよ。アリスのアジトの庭に埋められていた。ただ、リゼルの遺体は発見出来なかったけど」
「そうか、ならもういい。きっとアリスが喰ったんだろう」
「喰った、ねえ・・・」
「アリスと共に居る二人の詳細、調べたのでしょう? 言わなくて良いんですか?」
「あ、そうだった。一人はあの凍城の生き残り、凍城翠。その凍城翠の幼馴染の世賭。世賭のほうは《鬼刀の世賭》とか呼ばれているらしいんだけど、詳しいことはさっぱりわからなかった。まるで誰かが世賭の情報を漏らさないようにしているみたいでね、全然情報が掴めなかったよ」
「誰かが・・・。まあ、それだけわかれば十分だ。アリスも良い人材を手に入れたな。凍城の生き残りに《鬼刀の世賭》を手駒にするとは」
「手駒、ねえ。随分と仲良しになってるみたいだけど?」
「それも彼女の策なのでは? 彼女はもう、自分の手で戦う意思はないのですから、自分に味方する強い者を手に入れておく必要がありますし」
「戦う意思はない、か。私たちと戦うこととなったとき、果たしてそんなことを言うのかどうか・・・楽しみだな」
「・・・?」
「気にするな。そうだ、アリスのところに“蜜鏡”たちを派遣しろ。どういうメッセージか、アリスならわかる筈だ。凍城にも、な・・・」
「わかりました。“蜜鏡”、ですね。すぐにでも向かわせます・・・言葉のとおり、すぐに」
――― 暗黒の中で、誰かが嗤った。
*
首都の象徴であり、政府の拠地。そして、《絶対権力者》である皇帝が居ると噂されている、首都の中心に聳え立つ塔・・・別名、《絶対帝國》。
その塔に向かうようにして、アリカたち三人は歩いていた。
「いつもは一般ピープルが入れない《絶対帝國》だけど、今日だけは特別。塔の一階で仮面舞踏会が開かれているの。私は行ったことないけど、誰でも自由参加出来るパーティーらしいんだ。参加してみる?」
「僕はどっちでも良いですけど・・・どうします?」
「・・・面倒だから、僕はいい」
言葉のとおり、世賭は明らかに面倒くさそうな顔をしていた。翠は思わず苦笑する。
「そっか、じゃあ別にいいか。まあ、どちらにせよここらを一周するには塔の前を通らなくちゃいけないから、少し覗く程度にしておこう。皆着飾っちゃって、眼の保養になるよ!」
「どこのオヤジですかアリカちゃん」
アリカはにこにこと軽やかに歩きながら、徐々に塔へと近付いて行く。華やかな音楽が、微かに聞こえてきた。
「あれ?」
「どうした?」
アリカがふと足を止めた。世賭が尋ねるのに対し、無言で正面を指差す。
アリカが指差した先には、塔から走り去ろうとしている少女の姿があった。数秒の間もなく、後ろから追うように、劈くような悲鳴が聞こえた。そして――― 微かに聞こえた、ぴちゃり、という音。
「アリカちゃん、今の・・・!」
「行こう」
アリカは一気に駆け出した。世賭と翠も、その後を追う。
「・・・ッ!」
――― 塔の中。舞踏会場であるはずだったそこは、血の海と化していた。
「こんな・・・酷い」
アリカは冷静に辺りを見回すと、ゆっくりと死体を踏まないように足を進めた。そして、中央に置かれた大きいテーブルを覗き込んだ。
「・・・やっぱりね、気配がした」
「・・・アリカ?」
訝しげに聞く世賭に向かって、アリカは薄く微笑んだ。
「生きてる、人がいる」
アリカが覗いたテーブルの下。重なり合うようにして、二人の少年が倒れていた。ゆっくりと胸が上下しているのを見ると、どうやら気絶をしているらしい。
「とりあえず、家に運ぼう。怪我、してるかもしれないし・・・状況を聞けるかも」
「そうですね」
翠は少年をテーブルの下から出すと、静かに抱き上げた。
(・・・あれ?)
少年の顔を見て、翠は僅かな違和感を覚えた。同じく少年を抱き上げた世賭を横目で見やると、世賭も訝しげな表情で、まじまじと少年の顔を見つめている。
「――― どうしたの? 二人とも」
世賭と翠の様子がおかしいことに気付いたのか、アリカが二人の傍に寄る。そして、少しだけ眼を丸くした。
「この二人・・・」
二人の少年の顔は、瓜二つだった。だが、違和感を覚えたのはそこではない。
「なんだか、翠に似てない?」
二人の少年は、翠に面影の似た穏やかな表情をしていた。
...第四話後編に続く
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