第六話
「――― 本当に、御免」
「何度目よ? 世賭」
「もういいよ」
要と棗の件があったその次の日。未だに謝り続ける世賭を苦笑混じりで見つめながら、翠はぽつりと呟いた。
「やっぱり僕は、“聖”たちに操られたんですよね」
「まあ、そうでしょう。私をおびき寄せるための」
上手く事が運べば、アリカにそれなりの怪我を負わせ“聖”たちのところへ連れて行きたかったといったところだろう。それが恐らく要と棗に課せられた任務だったに違いない。
「要も棗も、今頃どうしているだろうな」
「死んでいるか、新たな任務を与えられているかのどっちかじゃない? 私的には後者が有力かな」
翠が作ったクッキーを頬張りながら、アリカは言った。
「最初は殺されちゃうだろうなって思ってたけど、たぶんそれはもうないかも。そろそろ本命にはしっても可笑しくない頃でしょ? ていうか、私自身そのつもりなんだけど。こんなときに、強力な味方を減らすほど“聖”らは莫迦じゃないと思うんだ」
――― “聖”。
世賭の中で、何かが引っかかる。それはアリカと“聖”に何があったのか、どんな関係なのか、どうして関わったのか、アリカは何者なのか――― そして、“聖”という名前そのものに。
(・・・名前?)
何故、今自分は“聖”という名前に引っかかったのだろう? ――― 否、違う。
(いや、今だけじゃない・・・ずっと、もっと前からだ・・・)
世賭の思考を遮るように、アリカが口を開いた。
「ごめん、関わらせたくは無かった――― だけど、こんなことになっちゃって、」
「良いんですよ。僕らは・・・仲間、なんですから」
翠の言葉に、ふっ、とアリカが笑みを漏らす。
「――― アリカ、」
「・・・」
真紅の瞳が世賭を見つめる。
「・・・いや、何でもない。とにかく・・・死ぬなよ」
「・・・そうね。世賭も、翠もね」
――― 始まってしまう、戦乱が。皇帝への下剋上が。
*
「・・・“蜜鏡”」
「――― 申し訳ありませんでした」
「・・・任務、失敗しました・・・」
暗がりに浮かぶ、玉座に腰掛けているような姿の人影。その人影に向かって、要と棗は頭を垂れていた。
任務には失敗した。自分たちは一体、どうなってしまうのだろうか。恐怖に、床に向けた顔が歪む。
「本当に、申し訳ありません――― 黒木聖様」
――― 黒木聖。要の口から出た、“聖”の頂点に立つ者の名前。
「まあ、良い。今回で、アリスにも他二人にも、私たちの意志は伝わっただろう。戦乱のパーティーの準備は、もう既に完了していることだしな。
――― 新たな任務を与える。三人をここに招待しろ。それで今回のことは免除だ」
「っ・・・! 有難う御座います、黒木様」
「・・・すぐに向かいます」
「・・・早く行け」
「はい」
瞬間、要と棗の姿が消えた。そしてタイミングを計ったかのように、一人の男の人影が黒木聖の真横に現れる。
「珍しく優しいんだな」
「・・・無駄口叩いている暇があったら、パーティーの準備でもしておけ」
「・・・・・・パーティー、ねぇ・・・」
黒木聖は笑う。心底楽しそうな笑みを貼り付けて、笑う。
――― いよいよ感動の再会、そして感動の最期だぞ・・・アリス・・・!
*
静かにアリカは顔を上げる。窓から見える夜空には、月も星も無く、永遠とダークブルーの空が広がっていた。
「・・・黒木聖・・・」
いつだって他人行儀にそう呼んだ。アリカにとって、あんな程度の存在は、味方はおろか敵とも呼ぶほどの存在ではなかった。なんてことはない、そこらへんに転がる石ころのような存在。虫けらのような、余計な部下。
(だけど、)
黒木聖は、本当はそんな程度の人間ではなかったのだろう。綺麗で、純粋で、強い存在だったのだろう。
(今となっては、ただの敵だけれど)
今となっては。黒木聖にかつての綺麗さも純粋さも強さも、無いのだろう。それが、哀しくてたまらなかった。
「黒木聖・・・」
――― 昔は私が“悪”だった。昔は貴方が“善”だった。どこから変わってしまったのだろう。どうして変わってしまったのだろう。
「待っていて、黒木聖――― 私が必ず迎えに行く」
かつての、黒木聖の姿を思い浮かべながら。
アリカは無表情で、夜空を見上げ続けた。
*
アリカが銃を左足の太腿にあるホルスターに二丁、入れたのを見た。そして、ひっそりと使い込まれた剣が置いてあるのも。
世賭はじっ、とソファに座っていた。瞑想や座禅でもしていそうな雰囲気を漂わせて、アリカの剣を見つめる。
(――― 始まるのか)
あの戦闘準備。何より、アリカの表情。何も映していないような、空虚な無表情。
(“聖”たちとの戦闘が)
神経が過敏になっているのがわかる。戦闘の前は、いつもこうだ。
「世賭?」
不意に呼びかけられて、世賭は思わず瞬きを数回した。訝しげな声を出しておきながら無表情は変わらないアリカの顔が、世賭を覗き込んでいる。
「始まるのか?」
「――― そうね」
変に誤魔化さないところが、アリカの良いところだ。
「翠は?」
「もう随分前に起きて、今は本でも読んでいると思うが」
そう、とアリカは呟き、ソファにどかりと座る。
「――― 魔術の気配がする。この魔力は要と棗のもの」
「要と棗・・・?」
「お迎えじゃないの? “聖”も良い演出するわよね」
皮肉めいた笑みを浮かべて、アリカが言う。
「・・・戦う覚悟は、ある?」
「当たり前だ」
世賭の即答を聞いて、アリカはクスリと笑みを漏らす。
「世賭がそうなら、きっと翠も同じ気持ちだね」
すっ、と笑みが消え、憂いを帯びた表情へと変わる。
「――― 全て、私から始まったんだ」
「え?」
「・・・ううん、何でもない」
――― 始まりは、全て少女。
その言葉が意味するものが何なのか、世賭にはわからなかった。
――― わかったときにはもう、全ては終わってしまっていたのだけれど。
*
翠はそっと扉を開けた。世賭とアリカが喋っている。
「世――― 」
世賭、と呼びかけようとした瞬間、部屋全体が眼を開けられないほどの光に包まれ、翠は「うっ」と呻いた。
「――― お久しぶりです」
聞き覚えのある声が響き渡り、光がすっ、と部屋の中心に吸い込まれるようにして、消えた。
「な・・・っ!」
――― 光が集まったところに、要と棗の姿があった。
「翠、」
アリカが翠の姿を見つめ、声をかける。
「アリカちゃん・・・」
アリカの手に剣があるのを見て、翠は一瞬で察した。要と棗が現れたのは、“聖”たちとの戦乱のお迎えに来たからなのだと。
思わずぎゅっ、と愛剣を翠は握り締め、世賭の隣へ移動した。
「お迎えに上がりました」
「わかってるわ」
要の口の端が、ゆるりと上がる。
「それでは、」
またも、光。今度は脳髄にまで届くような、眩んでしまうぐらいの光。
「参りましょう」
――― がらんとした部屋。その家には、五人の姿はもう無かった。
...第七話に続く
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