第七話
気がつくと、冷えた灰色の床の上に立っていた。灰色ではあるが、絢爛な螺旋階段の踊り場。
巨大な窓の外は、見たこともない風景が広がっており、しんしんと雪が降り積もっていた。
「灰色のお屋敷みたいですね」
ぼんやりと、翠が呟く。その横には、眉を顰めた世賭の姿がある。要と棗は、どこにもいなかった。
「あいつらが好きそうな雰囲気だわ」
物音一つしない、灰色の屋敷。とりあえずアリカは、上へと続く階段へと足を進める。
「――― ここが最上階みたい」
くらくらと眼がまわりそうなほど上り、ようやくついた最上階の踊り場に、先ほどの窓よりも大きな灰色の扉があった。
思わず手をひっこめてしまいそうなくらいに冷たい扉のノブを掴み、アリカは勢いよく開け放つ。
「ようこそ、アリス」
低く、澄んだ美しい声が響き渡った。だだっ広く無機質な、灰色の絢爛な部屋。
その最奥に、玉座のような椅子に座った人影があった。そのまわりを囲むように、三人の男、そして要と棗が立っている。
「久しぶりだね、黒木聖」
座っている者に向かって、アリカは呼びかける。銀色の髪を結い上げ一つに結んでいる女が、数歩アリカたちのほうに向かって歩み寄った。
「あいつが、“聖”の・・・頂点」
「女性だったんですね」
黒木聖と呼ばれた女は、薄い笑みを浮かべてアリカたちを見やる。
「ああ、久しぶりだな、アリス・・・我国ただ一人の《絶対権力者》、皇帝」
「皇帝・・・!?」
世賭と翠は眼を丸くした。そんな、この紅き少女が皇帝・・・?
「くくっ・・・仲間だというのに、何も教えていないのだな? アリス」
「黙れ」
底冷えするような、低くどす黒いオーラを帯びた声が、アリカから発せられる。
深紅の瞳がより一層深く、紅く光り、黒木聖を突き刺すように見据える。
「変わらんな、アリス・・・その眼。戦乱を誰よりも好み、愛し、勝手に始まらせ勝手に終わらせるその眼。戦乱を望む、その眼」
「望んでなんかいない。私は変わった」
「いいや、何も変わっていない。あのときのまま・・・昔と変わらずお前は、貴女は、その姿のまま・・・。歳をとらず、ただ永遠ともいえる日々を過ごすだけの《暗黒の女王》」
くっ、とアリカは下唇を噛み、黒木聖を睨み付ける。
「どういうことだ・・・?」
「歳を・・・とらない・・・?」
世賭と翠の呟きを聞いて、黒木聖はにやりと笑う。
「はは、私が話してやろう・・・昔々の御伽噺をね」
――― 私とアリスの過去を。
*
「十年も前のこと・・・私とこの三人――― 白四季、風里矢鬼、神前遥は“夜狼”の幹部だった。国を守る特別自警団、“夜狼”。
私は強かった。だから許せなかった。どうしてアリスが皇帝になれて私はなれない? 同じ女で、強くて、だというのにどうして――― 憎かった、大嫌いだった、だから私は戦いを申し込みそしてそこで自我を外してしまった。
だが私は勝てなかった。憎しみと怒り、嫉妬を胸に、私は今度こそ皇帝の座を奪うために――― 下剋上を起こすために、私は――― “聖”という組織を創った」
黒木聖はニタァ、と笑みを浮かべると、言い放った。
「私は知った――― アリスはバケモノだと!! 1865年に生まれ、14歳で彼女の時は止まった! 九百年もの時が経ったというのに、まだ生きている、まだ幼い姿のまま――― 生きて生きて生き続け、約五百年も皇帝の座に居座り続けた!! 今もなお、皇帝の座はお前の物のまま――― 今こそ・・・今こそ私がその座に座る!
――― 九百年がどれだけ長かったことか・・・そのうちの約半分の時間を皇帝として生きてきたなど、許されない行為・・・!
どうしてお前は生きているのだ、アリス? お前はどうして死なない?」
「私は・・・殺されるまで、死ねない」
「ならば私が殺してやろう。今、この瞬間――― 戦乱は始まった」
それを聞いて、即座に世賭と翠がアリカの前に出た。アリカの瞳がほんの少し、見開かれる。
「世賭、翠・・・」
「アリカの過去なんて関係ない。僕たちも、アリカを守るから」
「そうですよ。アリカちゃんの正体なんて関係ないんです。仲間だということに変わりはありませんから」
すっ、と棗が、その言葉に釣られるように前へ出た。
「棗・・・?」
要の訝しげな声が響く。
「悪いけど・・・俺はこっちに移る」
「な・・・ッ!?」
世賭、翠、要の驚きの声が上がる。
「ど、どうして・・・棗、何で・・・」
「――― 要と俺は、違うから」
棗の右手に、黒い風の塊が纏われる。それは、棗の強い意思の表れだった。
「まあ良いだろう。双子同士の戦い・・・くくっ、面白いじゃないか?」
アリカの鋭い視線が、黒木聖に突き刺さる。それを察知して、後ろの三人が身構えたのがわかった。
「――― 始めましょう、黒木聖」
――― 刹那。一瞬にして、全員が動いた。
「くっ・・・」
交わる刀と刀。キィィィィン、という鋭い音が響いた。世賭の刀と矢鬼の刀が出しているものだ。
「ふん、やるな・・・」
「かの有名な“夜狼”の幹部もこんなものか。現役から月日が経って、腕が落ちたのか?」
「・・・ちっ、」
挑発するような世賭の言葉に、矢鬼は舌打ちだけ返して刀を持つ手に力を込める。
壮絶な鍔迫り合いを繰り広げながら睨み合う世賭と矢鬼。一方、翠と遥は薄い微笑を浮かべて対面していた。
「皇帝――― アリスとは、どこで知り合ったわけ?」
「知っているくせに、そんなどうでもいい雑談をわざわざするなんて、随分と余裕があるんですね? 神前さん」
薄い微笑。その中にはどす黒いオーラが渦巻いている。
「知ってるよ? 勿論。ザコに襲われているところを助けたんでしょ? あの戦闘狂のアリスが、戦うことを禁じていたなんて、ほんと馬鹿馬鹿しい話だよね。
アリスは戦闘狂で争いごとが大好きな輩だった。その割には、戦争には絶対に出ない。ただ、見ているだけの傍観者。自分が傷つくのが嫌で、見ているだけなんてほんと、卑怯な皇帝だ」
「・・・何も貴方はわかっていない」
流れるような動きで翠は剣を抜き、斬りかかる。
「・・・ふん、」
耳を劈くような鋭い金属音。遥の剣が翠の剣を受け止めている。
「貴方にアリカちゃんの何がわかると言うのですか? アリカちゃんは傍観者でも卑怯者でもない。ただ仲間を愛し、仲間を護る、優しい女の子です」
怒りに燃えた翠の眼を、遥は卑屈な笑みを浮かべながら見つめる。
「・・・そりゃあ、どうだかね」
――― その最中にも、要の叫び声が紛れている。
「棗――― ッ!! どうして・・・っ」
「さっきも言った。俺と要は違う・・・いつかは戦わなくちゃいけなかったんだ、要」
「そんなことはない・・・! 僕と棗は一緒だ、戦う理由なんてどこにもないッ」
「何度も言わせるなよ。俺と要は違う」
いつもと変わらぬポーカーフェイスなのに、今はどこか空々しく、そして冷たく見える棗の顔。自分と同じはずのその顔が、棗の言うとおり違うものに見える。
「藍彗波!!」
要の声と共に、藍色の光を纏った渦潮が棗を襲う。
「絶対に取り戻す・・・絶対に・・・ッ!」
憎しみのこもった表情を浮かべて、要は渦を操り続ける。
「僕から棗を取りやがって・・・絶対に許さない・・・ッ! 僕らはずっと一緒だ・・・!!!」
「黒彗風・・・ッ」
黒く細い、彗星のような風が、渦潮を撒き散らす。撒き散らされて水蒸気のようになった渦潮の中から、冷めた瞳の棗が姿を現す。
「双子のお前の技が、急所をつくはず無いだろ・・・全て、お見通しだ」
「斬水波ッ!」
「風斬舞・・・」
水の刃と風の刃が両方を襲い、衝撃を与える。己の躯に滲む血を、要と棗は拭った。
「所詮、僕らは双子なんだ――― 双子という名の鎖から、逃れることなんて出来ないんだよ」
「俺の言っていることを理解していないんだな。俺はもう、その鎖を引き千切りたい。俺は、お前を別の人間として――― 」
「そんなの、無理なんだよ」
――― 僕と棗は二人で一つ。二人で一つだから友情も愛情もあり続けるんだよ。
くっ、と棗は下唇を噛み、右手を前に突き出す。
「もう、終わりにしよう要・・・」
「君を殺して君を取り戻す、棗」
走る要。棗はすっ、と瞳を閉じた。
「――― 風斬舞」
「斬水波ッ!!!」
鋭い風と水の刃。そして――― 紅い紅い、血。
「が・・・ぁぁッ」
「ぐ、は・・・ぁッ」
二人の躯が重なり刃に切り裂かれ、血に塗れた灰色の床に倒れ臥す。
「かな、め・・・、」
途切れ途切れの棗の声が、要の耳に届く。
「俺は・・・鎖、を・・・引き千切ってでも、要と・・・戦ってでも・・・、別の人間、として・・・接したかった・・・」
要の黒い瞳が見開かれる。
「双子として、ではなくて・・・別の、人間として・・・仲の良い、血縁で・・・いたかった、んだ・・・、別の、人間として・・・要を、好きで・・・いたか、・・・ッ」
「棗・・・・・・ッ、」
――― 呼吸が途絶える。二人の眼は細められ、そして・・・、
――――――― 二人は、最期を迎えた。
後編に続く...
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