第八話
ぱらりと美しい漆黒の髪が切れ、紅いシルクハットが床に落ちた。
「腕が落ちたな? アリス」
「そう? それを言うなら貴女もじゃない、黒木聖」
アリカは唇の端に滲む血を拭った。黒木聖と白四季の攻撃を避けながら、二人に攻撃する。剣と銃を同時に操り繰り出す技は、対二人以上の場合に使う攻撃法だ。だがしかし、それにも限度がある。
銃を使えば弾が切れる。弾が切れれば剣を使う。剣を使えば剣の切れ味が悪くなる。そしてまた銃を使えば――― 長期戦には向いていない。
(出来れば世賭と翠に応戦して貰いたかったけど・・・っ)
仲間だからといって、戦わせないなんて偽善者的な思考はアリカにはない。だが、横目で見た限り、二人はもう戦えそうになかった。無理はさせられない。二人は自分のために戦っていて、自分は二人のために戦っているのだ。二人を、護らなくてはならない義務がある。
「貴女はいつも余裕ですね」
白四季の言葉に、アリカの思考が途切れる。薄っすらと笑みを浮かべているが、彼の躯はもうボロボロだ。額や首筋、横腹、太腿などから大量の血が流れ出ている。全て、アリカがやったことだ。
「貴方こそ余裕ね? そんなこと言ってる暇あるの?」
瞬間、アリカの微笑みが白四季の眼の前にあり、ザン、という鈍い音が耳に届いた。
「ぐ、ぁぁ・・・ッ!?」
どん、と床に何かが落ちる。――― 白四季の、左腕だった。
「白四季、」
どくどくと流れる血をぐっ、と押さえ、白四季は崩れ込んだ。
(もう、こいつは戦えない)
「無様だな。黒木聖、お前のせいでこうして仲間が傷を負う」
黒木聖は黙って、剣を構え直した。
「いい加減に、して下さい・・・皇帝・・・ッ」
白四季の声は苦痛で震えていたが、しっかりと怒りをあらわにしていた。
「聖の、想いが・・・貴女に、わからない・・・はずが、ない・・・」
「わからないはずがない? 何を言って、」
「貴女は・・・聖に、とても良く・・・似ている・・・。外面ではなく、内面が・・・」
微かに暗がりの中で、黒木聖の剣を掴む力が緩んだことに、アリカは気付いた。
「聖が幼い頃・・・貴女と同じように・・・彼女は、バケモノと・・・言われていた・・・。理由は定かでは・・・ありませんでしたが・・・貴女と同じ思いを・・・彼女は・・・。
成長しても・・・彼女は、聖は・・・言われ、続けた・・・。強くなって、見返してやると・・・決心した・・・護りたいものが・・・自分になった・・・。
貴女と同じだと・・・聖は気付いた・・・。自分は貴女と同じなのだと・・・なのに何故・・・貴女は皇帝になれて・・・人々を見下せるのに・・・自分はそうなれないのかと・・・」
血を吐きながら、白四季は優しい瞳で聖を見つめた。
「有難う・・・聖・・・。貴女のおかげで・・・私はここまで・・・やっていけた・・・んですから・・・。皇帝・・・私は、」
ザシュッ――― 大量の紅い血が噴き出し、白四季の頭がごろりと床に転がった。
「白、四季・・・、」
黒木聖はそっと、白四季の瞳に手をやり、眼を閉ざした。
「私も、お前の・・・お前たちのおかげで、ここまでやってこれた・・・」
視線は白四季から、要と棗、そして矢鬼と遥の死体へと移っていた。
そして、世賭と翠が立ち上がったことに気付く。
「世賭、翠・・・」
「言ったでしょう」
「僕たちも・・・アリカを護ると」
瞬間、世賭と翠の躯に漆黒の影が纏い、拘束した。
「な・・・っ」
決して固くはないが、逃れることの出来ない影の鎖。アリカの魔術によるものだと、すぐに気付いた。
「どうして、」
「私だけで戦う。私はここで、死ななければならないから」
「っ!?」
「――― 黒木聖」
アリカの凛、とした声が響き渡る。
「私は貴女を殺す。貴女を・・・助けるために。私を・・・殺すために」
「何をふざけたことを・・・」
真紅の瞳は、優しげに細められた。
「ふざけてなんかいないよ」
ざっ、とアリカは地を踏みしめ、蹴り上げ、黒木聖に向かって強く、剣を振り上げた。鋭い金属音が鳴り響く。アリカは既に銃を投げ捨てており、両手で剣を持っていた。そのアリカの剣と黒木聖の剣が、ギチギチと擦り合い、激しい鍔迫り合いを交わしている。
く、と世賭は唇を噛み、翠は一筋の涙を流していた。
――― 何も出来ないことほど、苦しいことはない。
遥の気持ちが、矢鬼の気持ちが、白四季の気持ちが、痛いほどよくわかった。
死に向かう二人の少女を、ただ見ているだけの苦しさが。
「また、何も出来ない・・・」
翠が一人で従兄弟たちを殺していたときのように。翠が消えたあのときのように。
(僕は、また・・・仲間のために、動くことが出来ないのか・・・)
「護られるばかりは、嫌なんです・・・ッ」
自分は今でも弱いままで。祖父が死んだときも、誰かに護られようとして。世賭やアリカに護って貰うばかりだった。
――― 影の鎖は、解かれない。
『私が二人を護るから―――』
何も出来ないのなら。誰も護れないのなら。
(力なんて、いらない―――!!)
「――― 私はもう、大事な人を失わないと、誓ったんだ!」
「私も同じだ! 自分一人が英雄気取りか! 私はずっとお前が皇帝でいるのを、ただ見ていた・・・! 私は何故なれなかった! なることが出来たら、私は全てを護ることが出来たのに―――!!」
火花と共に、紅い華のような血が飛び散った。
「私は、超えてみせる!」
ただ、抗いたいだけだった。ただ、護りたいだけだった。どうしてこうなってしまったのかもわからず、だがもう逃げることも許されず。
ただただ――― 下剋上を目指していただけなのに。
「これで最期だ・・・黒木聖ィィィィッ!!!」
懇親の力をこめた一閃が、放たれる。アリカから――― そして、黒木聖からも。
「が、は・・・っ、」
薄い唇から、どばっと大量の血が吐かれた。
――― ああ、私は死ぬのか。
「・・・本当は・・・私は、終わりたかったんだ・・・」
下剋上から逃れたかったのだ。
「白四季・・・矢鬼・・・遥・・・」
――― 有難う。
黒木聖の瞳が、ゆっくりと閉じられた。薄い微笑を浮かべて、ただ一言、そう残して。
「アリカ!」
「アリカちゃん!」
世賭と翠を拘束していた影がすっ、と消え、二人はアリカに駆け寄った。血溜りの中に横たわっている、アリカの元へと。
「アリカちゃん、」
「・・・そんな顔しないでよ・・・私は、ただ死ぬだけなんだから・・・」
「何を言っ――― 」
アリカの苦しげな声が、世賭の言葉を遮った。
「わからないよ、世賭にも翠にも・・・! 私は殺されない限り死ねない化け物。死ぬまで下剋上からも生からも逃れられない運命だった。何年も何十年も何百年も・・・自分の前から消えていく人々を、黙って見て行くしかなかった・・・」
――― 人も愛も、殺す化け物。
「たとえ世界が破滅のときを迎えても・・・私は、死ねない・・・。だから、良かったの・・・」
にっこりと、アリカは微笑んだ。
「私をこんな化け物にした奴らがいた。私はそいつらを許せなかったけど、そいつらもすぐに死んだ。私の憎しみはどこへ行ってしまったんだろう・・・? 怒りは? 悲しみは?
・・・私は、ただ生きるしかなかったの・・・。だから、だからね・・・」
化け物にした奴ら。彼らはどんな意図があって、アリカを死ねない躯にさせたのだろう?
「世賭、私は知ってるんだ・・・」
「え・・・?」
「世賭、貴女は女の子。そして逃れられない鎖がある」
「!?」
世賭の眼が、驚きで見開かれた。
「何故・・・」
「大丈夫。世賭、貴女には翠がいるんだから・・・だからさ、少しは女らしく・・・しないと」
そう言うと、アリカは満面の笑みを浮かべた。
「死はね、私が一番欲しかったものだったの・・・。だけど、違ったわ・・・私が欲しかったのは、仲間」
共に笑ってくれる仲間。死を見届けてくれる仲間。一生自分の存在を忘れず、ちゃんと泣いてくれる仲間が。
「私のために泣いて・・・? だけど、また笑ってね・・・私は、永遠に消えないよ・・・。世賭も翠も、誰も死んで消えることなんてないから・・・。絶対に、誰かの心の中にいるから・・・。
だから、世賭・・・翠・・・死を忘れないで・・・大切に、して・・・」
「アリ、カ・・・・・・ッ!!」
美しく眠ったアリスの横で、二人の少女は涙を流し続けた――― 。
...エピローグに続く
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