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あまり問題視されていないけれど、二次元好きな人は必ず見たほうが良い。
これ、最低な条例だ。
・・・・・・もしこれ通ったら、マジで半端なくほんとに、ほんとに、やばい。
第七話
「要と棗が死んだか」
遥の冷めた声が、翠の耳に届く。血と刃の金属音に塗れた灰色の部屋の中、翠と遥だけが身動き一つせず睨み合っていた。
「翠、だっけ・・・? 気に喰わないんだけど」
「奇遇ですね。僕も同感です」
刹那――― 二人の姿は元いたところから消え、一瞬にして間合いをつめて斬りかかっていた。
「ふ・・・っ」
相手の剣に衝撃を与えて、即座に離れてひらりと攻撃をかわす。そしてまた一気に間合いをつめ、鋭く攻める。世賭とは違う、鍔迫り合いを行わない戦法だ。
「くっ、」
完全に翠のペースに呑まれた遥を横目でちらりと見た黒木聖は、ぼそりと呟く。
「遥が・・・押されている・・・」
「余所見をする暇がどこにあるの? 黒木聖」
アリカと黒木聖は、空中を舞うように戦っていた。白四季はその間を縫うようにアリカを攻撃する。だが、白四季の攻撃は拳銃で止められ、全く攻撃が当たらない。完全に防御されていた。
「最年少ではあったが・・・あいつは私と同等に戦えるほどの腕の持ち主だ。まあ、劣るといえば劣るけれど」
「変わってないわね。貴女はそうやって仲間を讃えつつも、いつも下に見ている。小さく愚かな女王だな」
黒木聖を剣で一蹴し地面に一旦降り立ち、アリカは思いっきり白四季を蹴り上げた。
「ぐぁ・・・っ」
壁に叩きつけられた白四季を見やりながら、身体のいたるところから血を滴らせている遥は、翠から間合いを取って剣を構え直していた。
「・・・なかなかやるね、あんたら」
「まだそんな口を叩けるとは、驚きです。貴方方が弱いだけではありませんか? とだけ言っておきましょうか」
遥の表情に怒りが浮かんだ。それを翠は、薄い笑みで受け止める。
「――― 舐めてるの」
「少しは本気になって下さいましたか?」
「ちっ・・・!」
遥の足が、思い切り地を蹴って翠に斬りかかる。ガキィィィィィン、という音が鳴り響いた。
「はっ、」
翠の剣は遥の剣を受け流すように力を緩められ、遥が前のめりになったところで斬る。しかし、寸前で遥は倒れるのも構わずに躯を横に捻った。微かに遥の横腹が切れ、数滴の血が滴る。
「っの・・・やろ、」
「・・・・・・」
遥の表情が、変わる。
「俺、は・・・・・ッ!」
狂気に満ちた表情へ。歪んだ歪んだ表情へ。
「俺はぁぁぁッ!!!」
「っ・・・!?」
強烈な斬撃。さっきとは打って変わったような速さで、剣を振り回す。翠は喉に何かが詰まったかのように、声を出すことが出来なかった。
「最後まで、最期まで、終焉まで・・・聖さんの・・・ッ! 聖さんの役に立てるなら死んでも構わないんだぁぁぁぁッ!!!」
大きく鋭い金属音を出しながら、翠に斬撃を喰らわせる。遥の瞳にはもう、狂気の光しか残っていなかった。
「聖さんの役に立てないのならぁぁぁぁ、それを果たせないのならぁぁぁぁぁッ!!!」
「――― 黒木聖への、恐ろしいほど深い想いが・・・この人を、縛り付けている・・・?」
「それを果たせないのなら・・・ッ!!!! 全てを、壊すまでだぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
歯止めが利かないほどの、狂おしい感情が溢れ出す。
「壊して壊して壊して!! 全てを壊して聖さんの役に立てるのならば・・・ッ」
――― 俺は、何が代償であろうと・・・壊してみせる。
「・・・・・・人、というものは本当に恐ろしいですね・・・。感情に振り回され、すぐに周りが見えなくなってしまう」
「な・・・っ!?」
遥の表情が、驚愕へと変わった。
「ん、なぁ・・・ぐ、は・・・がはっ、」
口から大量の血が吐き出される。気がつけば、いたるところ、躯中傷だらけだった。
「ど、して・・・・・・がッ」
「貴方の攻撃は、荒々しすぎて、細かい動きが遅かった。だから少しずつ削るように――― その合間を縫うように、僕は攻撃をしていた。ただそれだけですよ」
それを、貴方は見切れなかった――― 狂おしく歪んだ感情に塗れて、見えなくなっていたんですよ。
そして翠は、はっきりと言い放つ。
「貴方の負けです」
ぐらり、と遥の躯が崩れ落ちる。躯のどこにも力が入らない。立ち上がれない。
「ひ、じりさ・・・・・・」
ゆっくりと、遥はまぶたを閉じかける。黒木聖がアリカと戦っている姿が、微かに映った。
「俺の、願いは・・・・・・破壊、じゃなかった・・・」
あの黒木聖が、破壊を望むはずがない。全てを壊してまで、役に立って欲しいと思うはずが、ない。
「俺、は・・・ただ、貴女の笑顔が・・・・・・見た、かったんだ・・・」
だから・・・黒木聖のためになることを、やりたかったんだ――― 。
「俺の、願いは・・・」
ゆっくりと、完全に遥の瞼が閉じられた。静かに、安らかに微笑みながら。
「――― ただ、それだけ・・・ですよね」
翠はそっと遥の亡骸を抱き、血を拭った。そして、静かに壁際へ寝かせる。
「皆、願いは同じです・・・。大切な人の笑顔を見て、ずっと一緒にいたい――― 僕も、同じですよ」
立ち上がろうとした膝が、がくんと力なく床につく。
はあ、と深く翠はため息をつくと、ずるずると腰を下ろした。あの斬撃は簡単に対抗出来るものだったが、かなり掠ってしまった。掠るだけでも、相当なダメージなのだ。
「はは・・・情けない」
荒い息を吐きながら、翠は呟く。
「アリカちゃん・・・・・・世賭、」
*
強烈な鍔迫り合い。一旦間合いを取って離れ、地を蹴って一気に斬りかかる。その動作全てが、光のような速さだ。
矢鬼は確実に急所を狙っていた。世賭の左腕は血だらけで、だらりと垂れ下がっている。右足の太腿、横腹も軽く斬られている。
一方矢鬼もまた、確実にダメージを与えられていた。左手首は若干青紫に腫れており、口の端と横腹からは、血がだらだらと流れている。
「ちっ・・・」
世賭はちらりと周りを見やった。翠は遥を倒したらしいが、深手を負ったのか壁にもたれかかっている。アリカと黒木聖、そして白四季の様子はこちらからはあまりよく見えなかった。
「余所見をするたぁ随分余裕だな? 俺にはそうは見えないが」
「それはこっちの台詞だ。そんな余計な口を叩いている余裕があるのか?」
薄っすらと汗を掻きながら、世賭は口の端をゆがめてそう言った。矢鬼は小さく舌打ちをすると、いらだった様子で世賭に向かって刀を振り下ろす。寸前で、世賭の刀がそれを受け止めた。
「気に喰わないな! お前は窮地に立たされているんだ。その左腕はもう使い物にならない。他の箇所からも血を流している。降参した方が身の為だ」
「何を下らないことを。そんな言葉で僕が降参するとでも? それにお前だって、それなりにダメージは負っているだろうが」
鍔迫り合いをしていた刀を無理矢理右方向に捻じ伏せ、右足に力を込めて左足で矢鬼の腹を蹴り上げる。そしてすかさず怯んだ矢鬼に向かって、曲線を描くように刀を振った。刀は鬼の眼のように光り、螺旋を描く。
矢鬼の肩、腹、左足の太腿があっという間に斬られて行った。
「降参なんて絶対にしない。だが、死ぬつもりもない! 僕は、絶対に死なない。僕にはまだ、やるべきことがある」
「そこまでして、何故生きようとする? お前も俺も、このまま戦いを引き延ばせば出血多量で死ぬ。それでもお前は戦うのか?」
矢鬼は刀を握る右手に力を込め、構えた。世賭の揺ぎ無いオッドアイが、矢鬼を見つめている。
「お前だってそうだろう。生きようと足掻いているにも関わらず、戦っているじゃないか。
言っておくがな、僕はどうでもいい理由で無差別に戦ったりなんかしない。この戦いには、意味がある」
すぅ、と世賭は息を吸い、一気に吐き出すように言い放った。
「護りたいものがあるから、僕は戦っている。絶対に死なせたくない、ずっと一緒にいたい、そう思えるような存在がいる。護りたいから戦う。それが僕の戦う理由であり、生きたい理由だ。
お前は何故戦うんだ? 何のために戦っているんだ? 何か大事な理由があるから、戦っているんじゃないのか? 誰のためだ? 自分のためか? 他人のためか?
この場に理由も無く戦っている奴なんか、一人もいないはずだ。皆、理由があって戦場にいる。
お前は何故戦っている? 何が願いだ? 何が望みだ? 何を叶えたい? 何を果たしたい?
・・・理由も無く戦っているというのなら、お前がそんな奴だというのなら・・・・・僕は、絶対に負けない」
世賭の刀がぎりぎりと矢鬼を押す。くっ、と矢鬼は小さく呻き声を漏らした。
「――― そんな奴は、弱いんだ」
強く押され、倒れこむ。矢鬼の首元に、世賭は刀を突きつけた。
「お前の戦う理由は何だ? 何故お前は戦っているんだ? どうして黒木聖と共にいる?」
矢鬼の首筋から、たらりと真っ赤な血が流れた。どんどん深く、刀を突きつけられる。
「ッ・・・」
「答えろ」
無表情の世賭。それに比例するように、矢鬼の表情は怒りと苦痛に満ちた表情へと変わっていく。
「聞こえなかったか? 答え――― 」
「うるせぇぇぇッ!!! お前にわかるはずがない! どんな想いかなんて、わかるはずが・・・!」
矢鬼の瞳が、狂気に染まる。
「ずっと昔から傍にいた――― だんだんと少しずつ、だが確実に狂っていく姿を・・・ただただ、見ているだけの無力な・・・存在ッ!!!
陰でアイツは人を護りながら、人を殺していた。自分さえも・・・ッ!
誰も知らなかった、でも俺は知っていた! 狂っていくアイツの心を・・・止められないアイツの感情を・・・!
止めたかった、だけど止められなかった!! どうして俺はこんなに弱いんだ? 俺が強ければ、アイツを止めることが出来るのに」
世賭の表情が翳った。アイツ、とは誰のことか、わかったからだ。
「アイツは・・・聖は、俺を見ていなかった。ずっと遠くを・・・敵だけを、皇帝だけを見ていた・・・。
男として、聖は生きる破目になったとき――― アイツはそれを簡単に受け入れた。何も抵抗せずに、ただ受け入れた。辛くないはずが、嫌じゃないはずがないのに・・・ッ!
だけど俺は何も出来なかった・・・だんだんと狂っていく聖を、俺は見つめるしかなかった・・・! 異常なほど、“女”と“強さ”に関心を持ち、惹かれていき、それらに殺意を抱いた。挙句の果てに皇帝にまで・・・殺意を向けた。それに、俺は気付いていた・・・なのに、俺は何も出来なかった・・・! 弱いから、俺があまりにも弱かったから・・・ッ!
だから、俺は今――― 出来る限り、全ての力を、俺の全てを、聖に捧げてやる・・・出来ることを全て、成し遂げてみせる・・・ッ!!!」
獣のような、叫び声に近い言葉を吐き、矢鬼は突きつけられていた刀を無理矢理、斬れて血が流れるのも構わず手で掴み、押し返した。
「っ、」
悪意に満ちた手で、刀を振り下ろす。カン、カン、と金属音が響き渡り、攻める。
「――― それが、お前の戦う理由か?」
攻撃をまともに喰らっているにも関わらず、世賭は見下したような笑みを浮かべて言った。
「下らないな」
「っ・・・!?」
蔑むような目つきから一変、鋭く光る瞳が矢鬼を刺す。
刹那――― 世賭の刀が、矢鬼の左胸に突き刺さっていた。
「が、は・・・ッ!!」
どばどばっ、と矢鬼の口から大量の血が吐かれ、倒れこむ。世賭は地に刀をつき、それを見下ろした。
「何が、『何も出来なかった』だ。お前は弱くなんかない。黒木聖のために自分の全てを捧げられるほどの気持ちを、想いを、力を、ぶつけていたじゃないか」
矢鬼の眼が、軽く見開かれた。
「自分を弱いだなんて言うな。お前は強い。お前は、ちゃんと黒木聖に何かしてあげられていた」
――― だから、安心して眠れ。
ふっ、と矢鬼の眼が細められ、そして・・・閉じられた。
「――― 何だ、幸せそうな顔・・・しているじゃないか、」
それを見届けると、世賭はぐったりと床に座り込んだ。血を流しすぎたのか、視界が霞む。
「流石に・・・やられ、過ぎたな・・・」
少量の血を吐き、世賭は目を細めた。視線の先には、《紅き小さな女王》が戦っている。
「・・・アリカ・・・」
ゆっくりと、世賭は瞼を閉じた。
...第八話に続く
それは、ヴェンタッリオファミリーに送られた、とある任務を巡るお話。
紫俄葵の元へ届けられた、次の任務の内容。麗が大変な思いをしないように、任務の内容は麗よりも先に葵のほうへと回すように手回しされているため、まだこの任務の内容は麗に伝わっていない。
(こんなもの・・・ボスにやらせられるわけがない)
――― 即座に、決心する。この任務は、他の者に・・・・・・特に、麗に気付かれないように遂行させようと。
・・・・・・それを見ていた者がいた事も知らずに。
「そういえば・・・・・・今日、葵の姿を見てないような」
「葵? ああ・・・確かに」
「葵なら任務に向かったよ」
不意に後ろから声がして、ソルトと秦は揃って肩を震わせ振り向いた。
「昴!」
・・・後ろには、やけに冷めた顔をした桐城昴が立っていた。
「任務って、どういう事だ? 葵に任務は入っていないはずだが」
「麗ちゃんのを肩代わりしたんだ」
「・・・・・・姉さんの?」
訝しげな二人に、昴は抑揚の無い声で説明する。
「ソルトは気づいていると思うけど、葵は麗ちゃんに危険な任務が回されないように、任務が来たら先に自分のところに来るよう手回ししていたんだ。
そして今回、ちょっと危険な任務が入ったみたいで、麗ちゃんの代わりに向かったみたいだよ。僕にもよくわからないけどね、盗み聞きしただけだから」
「そんなの知らないぞ!?」
秦の声が廊下に響き渡る。ソルトは渋い顔で唸った。
「ソルトは知っていたのか?」
「・・・・・・ああ、」
秦がくっ、と唇を噛み締める。
「この事、姉さんには・・・・・・」
「知らせない方が良い」
「でも・・・!」
「秦の言いたい事はわかるよ。どれだけ危険な任務だったのかは知らないけど、葵が心配だ」
「だけど俺も昴も葵の気持ちを尊重したい。俺らも麗を危険な任務に向かわせたくないしな」
「それに何より・・・・・・」
――― 麗ちゃんの辛い顔は見たくないでしょ?
「・・・・・・葵がどんな任務に向かったのか、どこに向かったのか・・・手分けして調べよう。姉さんに気付かれないように」
「ああ」
「わかったよ」
そして三人は、動き出す。
(任務は入っていないから、いるはずなんだけど・・・・・・な、)
だが、いくら探しても見つからない。
――― ま さ か 。
「麗様、」
「何ですか?」
レンは麗のいる部屋へと向かうと、本を読んでいた麗に話しかけた。
「麗様に任務、来た?」
「いいえ? もうしばらく来ていませんが・・・・・・この前の大きな抗争に関するもの以来」
「・・・・・・・・・・そっか、」
そのまま立ち去ろうとするレンに、麗は慌てて静止の声をかける。
「ま、待って下さい・・・・・・何かあったんですか?」
「・・・いや、何も。麗様は気にしないで」
「レ、レン!」
今度は呼びかけにも応じず、レンは麗の部屋を出た。そして迷う事なく、歩く。
――― 向かう先は、葵の自室。
(・・・・・・、)
コートの中には二本の短刀と一丁の拳銃が入っている。その存在を確かめるように、葵はコートの上から拳銃を撫でた。
(――― 麗)
もしかするとソルトや昴、レンには気付かれたかもしれないな、と妙に冷め切った頭で思った。
(まあ、構わないけど)
麗にばれてさえいなければ、それでいい。
一人で任務に向かうときの自分は、恐ろしく残酷で歪んでいてそして、惨めだ。
(今回の任務に関するものは、全て排除した)
愛用の刀も銃も置いてきて、ずっと使用していなかった短刀と予備の拳銃を持って来た。任務に向かう事を決心してからは、麗と顔を合わせていない。
(抜かりは無いはずだ)
麗に気付かれてはならない。自分は――― いや、ファミリーは皆――― 麗を護るためだけに動いているのだから。
「絶対に遂行させてみせる」
――― 麗を、ヴェンタッリオを護り、誇るために。
To be continued...
第七話
気がつくと、冷えた灰色の床の上に立っていた。灰色ではあるが、絢爛な螺旋階段の踊り場。
巨大な窓の外は、見たこともない風景が広がっており、しんしんと雪が降り積もっていた。
「灰色のお屋敷みたいですね」
ぼんやりと、翠が呟く。その横には、眉を顰めた世賭の姿がある。要と棗は、どこにもいなかった。
「あいつらが好きそうな雰囲気だわ」
物音一つしない、灰色の屋敷。とりあえずアリカは、上へと続く階段へと足を進める。
「――― ここが最上階みたい」
くらくらと眼がまわりそうなほど上り、ようやくついた最上階の踊り場に、先ほどの窓よりも大きな灰色の扉があった。
思わず手をひっこめてしまいそうなくらいに冷たい扉のノブを掴み、アリカは勢いよく開け放つ。
「ようこそ、アリス」
低く、澄んだ美しい声が響き渡った。だだっ広く無機質な、灰色の絢爛な部屋。
その最奥に、玉座のような椅子に座った人影があった。そのまわりを囲むように、三人の男、そして要と棗が立っている。
「久しぶりだね、黒木聖」
座っている者に向かって、アリカは呼びかける。銀色の髪を結い上げ一つに結んでいる女が、数歩アリカたちのほうに向かって歩み寄った。
「あいつが、“聖”の・・・頂点」
「女性だったんですね」
黒木聖と呼ばれた女は、薄い笑みを浮かべてアリカたちを見やる。
「ああ、久しぶりだな、アリス・・・我国ただ一人の《絶対権力者》、皇帝」
「皇帝・・・!?」
世賭と翠は眼を丸くした。そんな、この紅き少女が皇帝・・・?
「くくっ・・・仲間だというのに、何も教えていないのだな? アリス」
「黙れ」
底冷えするような、低くどす黒いオーラを帯びた声が、アリカから発せられる。
深紅の瞳がより一層深く、紅く光り、黒木聖を突き刺すように見据える。
「変わらんな、アリス・・・その眼。戦乱を誰よりも好み、愛し、勝手に始まらせ勝手に終わらせるその眼。戦乱を望む、その眼」
「望んでなんかいない。私は変わった」
「いいや、何も変わっていない。あのときのまま・・・昔と変わらずお前は、貴女は、その姿のまま・・・。歳をとらず、ただ永遠ともいえる日々を過ごすだけの《暗黒の女王》」
くっ、とアリカは下唇を噛み、黒木聖を睨み付ける。
「どういうことだ・・・?」
「歳を・・・とらない・・・?」
世賭と翠の呟きを聞いて、黒木聖はにやりと笑う。
「はは、私が話してやろう・・・昔々の御伽噺をね」
――― 私とアリスの過去を。
*
「十年も前のこと・・・私とこの三人――― 白四季、風里矢鬼、神前遥は“夜狼”の幹部だった。国を守る特別自警団、“夜狼”。
私は強かった。だから許せなかった。どうしてアリスが皇帝になれて私はなれない? 同じ女で、強くて、だというのにどうして――― 憎かった、大嫌いだった、だから私は戦いを申し込みそしてそこで自我を外してしまった。
だが私は勝てなかった。憎しみと怒り、嫉妬を胸に、私は今度こそ皇帝の座を奪うために――― 下剋上を起こすために、私は――― “聖”という組織を創った」
黒木聖はニタァ、と笑みを浮かべると、言い放った。
「私は知った――― アリスはバケモノだと!! 1865年に生まれ、14歳で彼女の時は止まった! 九百年もの時が経ったというのに、まだ生きている、まだ幼い姿のまま――― 生きて生きて生き続け、約五百年も皇帝の座に居座り続けた!! 今もなお、皇帝の座はお前の物のまま――― 今こそ・・・今こそ私がその座に座る!
――― 九百年がどれだけ長かったことか・・・そのうちの約半分の時間を皇帝として生きてきたなど、許されない行為・・・!
どうしてお前は生きているのだ、アリス? お前はどうして死なない?」
「私は・・・殺されるまで、死ねない」
「ならば私が殺してやろう。今、この瞬間――― 戦乱は始まった」
それを聞いて、即座に世賭と翠がアリカの前に出た。アリカの瞳がほんの少し、見開かれる。
「世賭、翠・・・」
「アリカの過去なんて関係ない。僕たちも、アリカを守るから」
「そうですよ。アリカちゃんの正体なんて関係ないんです。仲間だということに変わりはありませんから」
すっ、と棗が、その言葉に釣られるように前へ出た。
「棗・・・?」
要の訝しげな声が響く。
「悪いけど・・・俺はこっちに移る」
「な・・・ッ!?」
世賭、翠、要の驚きの声が上がる。
「ど、どうして・・・棗、何で・・・」
「――― 要と俺は、違うから」
棗の右手に、黒い風の塊が纏われる。それは、棗の強い意思の表れだった。
「まあ良いだろう。双子同士の戦い・・・くくっ、面白いじゃないか?」
アリカの鋭い視線が、黒木聖に突き刺さる。それを察知して、後ろの三人が身構えたのがわかった。
「――― 始めましょう、黒木聖」
――― 刹那。一瞬にして、全員が動いた。
「くっ・・・」
交わる刀と刀。キィィィィン、という鋭い音が響いた。世賭の刀と矢鬼の刀が出しているものだ。
「ふん、やるな・・・」
「かの有名な“夜狼”の幹部もこんなものか。現役から月日が経って、腕が落ちたのか?」
「・・・ちっ、」
挑発するような世賭の言葉に、矢鬼は舌打ちだけ返して刀を持つ手に力を込める。
壮絶な鍔迫り合いを繰り広げながら睨み合う世賭と矢鬼。一方、翠と遥は薄い微笑を浮かべて対面していた。
「皇帝――― アリスとは、どこで知り合ったわけ?」
「知っているくせに、そんなどうでもいい雑談をわざわざするなんて、随分と余裕があるんですね? 神前さん」
薄い微笑。その中にはどす黒いオーラが渦巻いている。
「知ってるよ? 勿論。ザコに襲われているところを助けたんでしょ? あの戦闘狂のアリスが、戦うことを禁じていたなんて、ほんと馬鹿馬鹿しい話だよね。
アリスは戦闘狂で争いごとが大好きな輩だった。その割には、戦争には絶対に出ない。ただ、見ているだけの傍観者。自分が傷つくのが嫌で、見ているだけなんてほんと、卑怯な皇帝だ」
「・・・何も貴方はわかっていない」
流れるような動きで翠は剣を抜き、斬りかかる。
「・・・ふん、」
耳を劈くような鋭い金属音。遥の剣が翠の剣を受け止めている。
「貴方にアリカちゃんの何がわかると言うのですか? アリカちゃんは傍観者でも卑怯者でもない。ただ仲間を愛し、仲間を護る、優しい女の子です」
怒りに燃えた翠の眼を、遥は卑屈な笑みを浮かべながら見つめる。
「・・・そりゃあ、どうだかね」
――― その最中にも、要の叫び声が紛れている。
「棗――― ッ!! どうして・・・っ」
「さっきも言った。俺と要は違う・・・いつかは戦わなくちゃいけなかったんだ、要」
「そんなことはない・・・! 僕と棗は一緒だ、戦う理由なんてどこにもないッ」
「何度も言わせるなよ。俺と要は違う」
いつもと変わらぬポーカーフェイスなのに、今はどこか空々しく、そして冷たく見える棗の顔。自分と同じはずのその顔が、棗の言うとおり違うものに見える。
「藍彗波!!」
要の声と共に、藍色の光を纏った渦潮が棗を襲う。
「絶対に取り戻す・・・絶対に・・・ッ!」
憎しみのこもった表情を浮かべて、要は渦を操り続ける。
「僕から棗を取りやがって・・・絶対に許さない・・・ッ! 僕らはずっと一緒だ・・・!!!」
「黒彗風・・・ッ」
黒く細い、彗星のような風が、渦潮を撒き散らす。撒き散らされて水蒸気のようになった渦潮の中から、冷めた瞳の棗が姿を現す。
「双子のお前の技が、急所をつくはず無いだろ・・・全て、お見通しだ」
「斬水波ッ!」
「風斬舞・・・」
水の刃と風の刃が両方を襲い、衝撃を与える。己の躯に滲む血を、要と棗は拭った。
「所詮、僕らは双子なんだ――― 双子という名の鎖から、逃れることなんて出来ないんだよ」
「俺の言っていることを理解していないんだな。俺はもう、その鎖を引き千切りたい。俺は、お前を別の人間として――― 」
「そんなの、無理なんだよ」
――― 僕と棗は二人で一つ。二人で一つだから友情も愛情もあり続けるんだよ。
くっ、と棗は下唇を噛み、右手を前に突き出す。
「もう、終わりにしよう要・・・」
「君を殺して君を取り戻す、棗」
走る要。棗はすっ、と瞳を閉じた。
「――― 風斬舞」
「斬水波ッ!!!」
鋭い風と水の刃。そして――― 紅い紅い、血。
「が・・・ぁぁッ」
「ぐ、は・・・ぁッ」
二人の躯が重なり刃に切り裂かれ、血に塗れた灰色の床に倒れ臥す。
「かな、め・・・、」
途切れ途切れの棗の声が、要の耳に届く。
「俺は・・・鎖、を・・・引き千切ってでも、要と・・・戦ってでも・・・、別の人間、として・・・接したかった・・・」
要の黒い瞳が見開かれる。
「双子として、ではなくて・・・別の、人間として・・・仲の良い、血縁で・・・いたかった、んだ・・・、別の、人間として・・・要を、好きで・・・いたか、・・・ッ」
「棗・・・・・・ッ、」
――― 呼吸が途絶える。二人の眼は細められ、そして・・・、
――――――― 二人は、最期を迎えた。
後編に続く...
透離と共に向かった任務で、俺は怪我を負った。透離を庇っての事だった。
「無事で良かった・・・・・・っ!」
薬品の匂いに包まれた真っ白いベッドの上で、一番初めに眼にしたのは大切な仲間の顔だった。
―――ひとり、透離を抜かした五人の顔、だった。
そこに言葉は必要ですか
俺は銃弾を幾つも受けた。俺と透離では、俺のほうが断然強い。だから敵は透離を狙った。
『透離―――ッ!!!』
『!?』
俺は、透離を庇った。何発もの銃弾が俺の身体を貫いた。
『ボ、ス―――!?』
驚愕に染まった表情。それから一転、思わず子供の頃から裏社会を知り戦場を見てきた俺でも、ビクリと肩を震わせるような―――どす黒い、憎悪の表情。
その後の記憶は無い。気を失ったからだ。
「あの後、敵は完璧に全滅した。透離がちょいと強めの幻術を使いやがってね・・・・・・周りに一般人がいたら、大惨事になるところだった」
ロキアがそう言っていた。
―――透離の顔をもう、ずっと見ていない。最後に見たのは、あの憎悪の表情。
透離は一切見舞いに来てくれなかった。リコリスが言うには、「引きこもりみたいに部屋から全く出てこない」らしい。そして、「ずっと凄く荒々しいピアノの音が聞こえる」とも。
「どうしようもないんだと思う、透離は」
ロキアが言った。
「大切な人が自分の為に傷ついた。そこにあるのは、果てしない無力感。どうやらあの子は以前にも大切な人を失くしているみたいだし―――」
それは俺も知っていた。誰かはわからないし、今その誰かさんがどうなっているのかもわからない。だが、透離は言っていた―――『当分は・・・・・・絶対に逢えないんです』。
「透離にとって、お前はその穴埋めなんだと思うよ。こう言ったら嫌な感じするだろうけど・・・」
穴埋め。それは実に的を得た言葉だと思った。
「だからさ、透離はお前にあわせる顔がねーんだよ・・・傷つけてしまったから」
―――否、きっとそれだけではない。透離は俺に怒っているのだ。自分なんかを護りやがって、とそう思っているのだろう。
(あとはそうだな・・・・・・)
あの、どす黒い憎悪の表情。あれを見られた事を、透離は気にしているのではないか・・・と。
(逢って、ちゃんと話がしたい)
透離は何も悪くない。俺が悪いのだと。勝手に護ってしまった、俺の偽善的精神が悪いのだと。
―――言葉が何のためにあるのか、わからなくなった。
*
夕方、ロキアが訪れた。午前中には日向が訪れ、昨日はリコリスとユナとリラが来てくれた。一昨日ぶりなのだが、なんだか久しぶりな気持ちになる。
「今日はサプライズプレゼント持って来てやったぜー?」
そう言ったロキアの顔は、言葉に反して酷く真面目だった。
「それ・・・・・・」
ロキアの手には、小型のCDプレーヤーと一枚のCDがあった。
「かけるぞ」
カチリ、と音がして、再生が始まる音がした。
流れ出した曲は―――
「っ・・・・・・!?」
―――ピアノの旋律。紛れもない、透離のピアノだった。
「透、離・・・・・・」
曲名はわからなかった。だが、聞いた事がある有名なクラシック。
それから延々と、透離のピアノは曲を変え曲を変え、続いた。
「・・・これが最後の一曲だ」
CDプレーヤーの表示を見て、ロキアが呟いた。最後の曲が、流れ出す。
「こ、れ・・・・・・」
この曲は知っていた。よく、知っていた。曲名も作曲者も、よくよく知っていた。
「フレデリック・ショパンの、夜想曲第二番・・・・・・」
―――透離が世界で最も愛してやまない、一曲だった。
優しい旋律は美しかった。ただただ、美しかった。
「透離―――」
ピアノを聴きながら、思った。
曲に、全てが詰まっている。透離は俺に逢いたくないわけでも、傷つけてしまって悔やんでいるわけでも、ましてや怒っているわけでもないのだと、気付いた。確かに俺に庇って貰って、悔しかったろう。自分を責めただろう。
だが、透離はそれをすっぱり斬り捨てた。斬り捨てる事が出来た。
「透離、」
透離はずっと考えていた。今の自分の想いを、言葉にする事なんて出来ない。だから、逢わない。もっと別の方法で、俺に伝えたい。
俺が逢わない事でどういう風に捉えてしまうのか。そんな事は、透離は全てわかっていた。
だがそれでも、透離は逢わなかった。逢う前に、言葉以外の方法で俺に伝えようと、していた。
「・・・ごめん、透離・・・・・・」
透離が昔、言っていた事を思い出した。俺が麗と久しぶりに対峙し、無性に嫌な気持ちになったときの事だ。
『あの人が伝えたい事、ボスが伝えたい事。きっとそれらは言葉にしたって無駄でしょう。そこに言葉は必要ないのですから。
ボス、そう思いませんか? そこに、言葉って必要でしたか? ・・・貴方とあの人の間に、もう言葉なんてものは通じないでしょう』
―――そこに、言葉は必要ですか。
「有難う、透離・・・・・・」
―――考えた末、透離が思いついた事。
大好きで大好きで、そしてそれ以外の別の想いもあるピアノで、俺に想いを伝える。
「・・・・・・ロキア」
「何?」
「透離に、言っておいてくれるか―――」
*
数日後。俺は無事に退院して、カルコラーレファミリーのアジトへと戻った。
「・・・・・・透離、」
―――久しぶりに見る透離の顔は、澄ました微笑が浮かんでいた。
「そこに言葉は必要なかったよ」
END
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Love:小説、漫画、和服、鎖骨、手、僕っ子、日本刀、銃、戦闘、シリアス、友情
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