第漆話...落日皆既
長い黒髪の青年が、黒塗りの花笠を目深に被って歩いている。着物は眼を惹く赤、花笠に通されている硝子の鈴が辺りに響いていた。
(あの青年は誰だ・・・?)
―――見覚えがあるのに思い出せない・・・・・・いや、思い出したくないのか・・・?
「やあ、聖・・・・・・久しぶり」
青年が花笠を取り、投げ捨てた。赤茶色の瞳が妖しく光り、突き刺すように見つめてくる。
「っ!?」
――― 夢。
「また、この夢か・・・・・・」
聖は額に浮かんだ汗の玉を拭い、よろよろと起き上がった。時計を見ると五時、寝たのは四時半だから、三十分の睡眠だ。
(久しぶりに寝たな)
ぼんやりと、聖は窓の外を眺めた。聖は何年も前から軽い不眠症に罹っている。聖の精神が、不眠症を引き起こしているのだ。
(・・・・・・所謂、心的外傷・・・か。莫迦莫迦しい)
――― 過去の記憶が、聖を蝕むのだ。
*
「聖のことなんてずっと忘れていた・・・・・・記憶の底に閉じ込めていた、はずだったのに・・・・・・。思い出すきっかけはたくさんあった。同名の人間と戦い、そして四月二十二日――― 聖の誕生日だ」
「腹違いの姉妹、なんでしょう?」
ああ、と世賭は頷いた。表情はまだ硬い。
宿の、畳んだ布団に寄りかかりながら、世賭は遠くに眼をやった。
「ほんとうの母親の顔なんて知らないから、どうも言えないけど・・・・・・僕は十二月生まれだから、計算がおかしくなる」
「この前の十二月で十八歳になったばかりだもんね・・・・・・今年の十二月で十九歳だ」
世賭は小さく頷き、ゆっくりと髪を掻き揚げる。そして深いため息をついた。
「一瞬、信じられなかった。だって聖は――― ここにいるはずがないんだ」
「どういうこと・・・・・・?」
翠は眉を顰めた。ここにいるはずがない、とはどういうことだ?
「だって、聖は鎖月家に閉じ込められて――― っ!?」
・・・・・・昔、幾度も聞いて怯えた鈴の音が、世賭の耳を貫いた。
「世賭――― ?」
世賭は勢い良く立ち上がり、焦りの表情で辺りを見回した。
(幻聴・・・? 翠には聞こえていない、だけどこれは・・・っ!)
鈴の音が止まない。―――左眼が、疼く。
「っ・・・・・・!!」
左眼を押さえて、世賭は立ち尽くしている。
「どうしたの、世賭っ」
「篝、だ」
「え・・・・・・?」
脳裏に一人の青年の姿が浮かぶ。黒塗りの花笠を被り、花笠に通されていた鈴の音が鳴る。着物は眼を惹く紅、そして紅に成り損なった赤茶色の瞳―――。
「現れた・・・のか・・・・・・? あの、人が・・・」
翠が世賭、と小さく呼ぶ。世賭は驚愕の表情を浮かべたまま、床に崩れこんだ。
「篝、って鎖月家の・・・・・・? 何が、聞こえたの・・・・・・?」
翠の呼びかけに応じず、世賭は呆然と崩れこんだままだ。世賭の右手が、顔を覆う。
「ねえ、世―――」
「そんなはずがないんだ、聖も篝も・・・・・・現れるはず、がない――― そんなまさか」
「どういうこと、世賭!」
世賭の唇が動き、小さい声で紡ぎ出す。
「――― 鎖月家現当主、鎖月篝がお見えになった」
*
幼く美しい少女は、窓の無い、だだっ広い部屋に閉じ込められた。壁一面本しかない、何も無い部屋に。
少女は泣かなかった。これが自分のゆく道なのだと諦めた。
ずっとずっと本を読んで暮らした。さまざまな本があった。物語だけでなく、伝記も数学の本も、なんだってあった。
そうして――― 少女は、十二歳になる。
...第捌話に続く
ただ、深い湖の底に沈むように。
…夢へと、堕ちて行くのだ。
永久的トートロジー
ヒグラシが鳴く森の中存在する、鳥居。
何十、何百、何千、何万と続く、赤い鳥居の道を、一人の少女が歩いていた。
――― 鴉の様な漆黒の髪を揺らし、深紅を纏った少女。
「ここは夢、ね」
夢。現実ではない、いわば誰かの心の中。
世界は幾つもの世界に枝分かれしている。その分岐点であり、中枢世界が夢だ。
そして一人ひとつ、夢が存在する。まるで部屋のように、一人ずつ夢の世界が存在している。ここは、誰かさんの夢の世界。
「They told me you had been to her, And mentioned me to him; She gave me a good character, But said I could not swim.」
口ずさむように、《小さな紅き魔女》は謡った。紅いエプロンドレスが鳥居に当たるのも気にせず、優雅に舞いながら、だが確実に歩み続けている。
「He sent them word I had not gone,」
「随分と機嫌が良いですね、《暗黒のアリス》」
不意に後ろから、自分の二つ名を呼ばれて、少女は謡うのをやめ振り向いた。
そこには、闇を映したような漆黒の髪を持つ少年が立っていた。
「今、貴方に二つ名を呼ばれて機嫌が悪くなったわ」
「それは申し訳ないですね。じゃあ、《下剋上のアリス》? 《最強君主》? 《深紅の魔女》? 《暗黒の女王》? 《血染めのアリス》? 《千年魔術師》? それとも…」
「私の名前はアリカよ。それ以外の何者でもない。それらは下種な人間共が勝手につけたものだし」
「そうですね、その通りだ。下種な人間たちは何もわかっちゃいませんからね。大体、《千年魔術師》は本来俺につけられるべき二つ名です」
「その通りね。単に『魔術師』だけで考えたら、最強なのは貴方だわ――― 黄昏時」
黄昏時と呼ばれた少年は、暗闇の中でさえも妖しく光る碧い瞳をきらめかせ、アリカを見つめた。
次第に弱まっていく落日の光が、最後の力を振り絞るかのように、二人に向かって光を刺す。
「それで、何の用? しばらくぶりだけど。最近、あの家のお嬢さんにご執心らしいじゃない」
「あの子とは、単に俺が近しい距離感を抱く相手なだけですよ。ま、ご執心っちゃご執心かもしれませんけど」
「貴方が近しい距離感を抱くなんて珍しい。いつだってその茨で距離を測り、姿を偽り、細胞ごと相手を騙すくせに」
「否定はしませんよ」
くすくすと、楽しそうに――― だが眼は笑っていない――― 黄昏時は笑った。
それをアリカは不快そうに見て、そしてまた歩き出す。紅いシルクハットを深く被りなおし、ただ”赤”だけを身に纏って。
ヒグラシは鳴き続けている。すっかり日の落ちた暗い森の中、鳥居にぶら下がっている提燈の明かりだけが道を照らす。
「ところで、あんたも俺と向かう先は一緒ですかね?」
「この鳥居の道は夢へと続く一本道。行き先が同じなのは出会った瞬間から判ってたでしょ? 判りきった質問をしないでよ、ウザいから」
「認めたくない判りきった事実だってあるんですよ。大体、あんたは違うかもしれませんが、俺は望んでここに来たわけじゃないんですから。急に夢に堕とされるなんて、たまったもんじゃない」
「私だって望んで来たわけじゃないんだけど。この夢が誰のものかは大体予想がつくけど、それにしたって夢なんて不確定で曖昧で、でも確立された世界に連れて来られるなんて最悪よ」
歩いていくうちに、最後の鳥居が見えてきた。
急にひた、と二人は声も足も止めた。呼吸する事も憚られるくらいの静寂に包まれる。
「――― 着いた」
最後の鳥居の先は――― 暗闇。
*
――― 深海と夢は似ている、と誰かが言った。
「久しぶりだね、」
白い少年と白い少女が向かい合っていた。どちらも白髪で陶器のように白い肌、そして白い服に包まれている。違うのは、瞳の色。
眼に痛いショッキングピンクの瞳と、暗い月光を映したような金色の瞳が、交差する。
「さて、君を殺してもいいかな」
「……皆、わたしを狙うけど。…誰もわたしを殺せない…」
「………はぁ。――― ねぇ、赫夜」
白い少女は赫夜と言う名であるらしい。名前を呼ばれ、小首を傾げた。ちりん、と、金色の簪についた硝子の鈴が鳴る。
「もうじき―――」
少年が口を開きかけた、その瞬間。
遮るように、眼にも留まらぬ速さで何かが赫夜を襲い、捕らえた。
「茨……?」
「やっぱりここはあんたの夢でしたか。今日こそ、殺してやりますよ」
腕から無数の茨を生やし、操っているのは――― 黄昏時。その後ろから、呆れた表情のアリカが姿を見せる。
「黄昏時、血の気多すぎ。カルシウムちゃんと摂ってるの? 少しお話してから殺しあいましょうよ」
「嫌ですね。大嫌いですから」
「……嫌われるのは、慣れてる。……わたしは、《聖女》だから」
「もういいわ。それにしても久しぶりね、雪慈」
白い少年――― 雪慈が、くくっと喉の奥で笑った。いつの間にか服の下―――身体中に巻いている包帯のうち、両腕の包帯を地面に突き刺し、浮いている。
「元・皇帝にして900年近く生きている紅き魔女に、千年以上生きている、史上最高位の魔術師と、全てを操作する聖女……それと、僕か。随分と凄い役者が揃ったものだね」
「足りないわ。ここは夢……そうでしょう? 夢には欠かせない存在が足りない」
「そのとおりだなァ」
不意に、誰のものでもない青年の声がした。
全員が一斉に、同じ場所へ視線を向ける。
そこには、不敵な笑みを浮かべた青年が立っていた。
「《夢喰い》……」
茨に拘束されたままの赫夜が呟く。
「おいおい、今日は聖女さんを殺す会の集まりかァ? 言っとくが、俺は別に聖女にゃ興味ねェ」
「ちょっと。あんた、時雨のほうですね? 夢を操るのは夜のほうでしょう。どうしてあんたが、」
「俺は、今日は喰らいに来たんだ。大体、夜だろうと俺だろうと《夢喰い》は《夢喰い》だぜ。夢を司ってる事には変わりねェんだ、俺だって夢を操れないわけじゃねェ」
夢を自由に行き来し、誰の夢の世界にも自由に入る事が出来、そして夢を喰らい夢を操る存在――― 《夢喰い》。
いよいよ、5人も人から外れた者たちが集まった。
「誰の計らいだ? 俺を含めて全員、黒幕にふさわしい奴ばっかじゃねェか」
「どうせこいつでしょう。判りきってる事です。自分を殺したい奴を集めて莫迦にする悪趣味をお持ちなんですよ」
「……否定はしない。殺せるなら殺してみて。………出来ないだろうけど」
――― 刹那。
先端の尖った純白の包帯が、赫夜の胸に突き刺さった。ずぷっ、という音と共に、大量の血が滝のように流れ落ち始める。
続けて、銃声。黒い拳銃から放たれた弾丸が、額の中心を突き抜けた。
「っ、がは…ッ」
容赦なく、茨がぐちゃぐちゃと傷を抉る。とめどなく血が滴り落ち、全員が顔を顰めた。
「気持ち悪い」
白い包帯と茨から解放され、支えるものをなくした赫夜の身体は血塗れの床に倒れ伏した。
それを待っていたかのように、雪慈は幾多の鋭い包帯が赫夜の身体を突き刺した。
「あァァぁぁぁああああぁぁぁああぁぁッ!?」
焦げた匂い。魔術師である黄昏時から放たれた炎が、赫夜を焦がし劈くような悲鳴を上げさせた。
「ざまぁないですね。無様だ」
「滑稽な姿だね」
「あ、あ、あ、あ、ぁぁぁああああぁあぁぁああああ!!!!」
「煩いですよ。少し黙って下さい―――」
黄昏時の瞳が、じわりと金色に光った。そして――― 少年であったはずのその姿が、一瞬にしてチェーンソーへと変わっていた。
「ふうん」
シルクハットが落ちないように押さえながら、アリカがチェーンソーを拾い上げ、構える。それを視線で追っていた赫夜の瞳が、恐怖に見開かれた。
「あ、あ―――」
「どーん」
けたたましい音を鳴り響かせているチェーンソーが、少女の柔らかな肉を突き破り抉りぐちゃぐちゃに掻き乱して行く。血と肉片が飛び散り、どんどんと紅く染まっていった。
「あ、が、ががががぁぁあああぁあが、がはっぁあああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
大量に血を噴き出しながら、骨が砕かれていく。最早、顔以外は原型をとどめていなかった。
「煩いよ、赫夜。少し黙って」
ぐちゃ、と。包帯の先端が、赫夜の喉を突き刺した。
「っひ――― !?」
少女の悲鳴と共に、チェーンソーの音も鳴り止んだ。
赫夜の白は全て血の色に染まり、肉片は原型をとどめておらず、紅く染まった骨は粉々に砕かれ、臓器は全てぐちゃぐちゃに掻き乱され、ハラワタは赤黒く光っていた。
金色の瞳は虚空を見つめ、ひゅーひゅーと喉の奥が耳障りな音を奏でている。
「――― ほんと、無様ですね」
いつの間にか、チェーンソーからいつもの少年の姿に戻った黄昏時が、蔑んだ目付きでそれらを見ていた。
「気は済んだみてェだな」
終始黙ったままで、ただ何もせず血の届かない範囲に退散していた時雨が、ようやく口を開いた。赫夜に手をかけた三人が、時雨のほうを見つめる。
「この悪夢も、これにてお開き。美味しく俺が頂いてやるよ」
「そ。じゃあ、僕はお先に帰らせて貰うね。もうここには用はないし」
さよならの一言も告げず、雪慈は無数の包帯を羽のように広げ、一気にどこかへ消え去った。
「じゃ、俺も。もうこの女には逢いたくないものですね」
「私もよ。願い下げだわ」
続けて黄昏時、アリカも夢から消えた。
残ったのは、《夢喰い》と赫夜の肉片。
「――― 頂きます」
一瞬、ほんの一瞬だけ…歪んだ。ただ、それだけだった。
「……いつまで寝てる? ここは夢だ、夢ン中でも寝てるンじゃねェよ」
「……寝てるわけじゃない…起きれないんだから、しょうがない」
「ちっ、うぜェな。もう悪夢は俺が喰ったンだ。動けるだろうが」
むくり、と。
ぐちゃぐちゃであるはずの身体が、起き上がった。全ての肉片ごと、全ての血液ごと、文字通り――― 立ち上がった。
「ほんと、どうやってんだァ? それ」
「…全てを”操作”できるだけの事。ただ、それだけ」
「相変わらず、意味不明だなァ。その”操作”の定義がわからねェ」
「定義は、全部。全て。…そのままの意味」
肉片は血液と合体し、赫夜の言うところの”操作”により――― 元に、戻った。そう、文字通り…そのままの意味で。
「あいつらも戻る事がわかってて、よくやるぜ。あんなぐっちゃぐちゃに赫夜の身体を痛めつけようと、結局は元に戻るンだ。意味ねェのになァ」
「…さあ。でも痛みはあるから、楽しいんだと思う。……痛かった、凄く。物凄く」
徹底した、無機質な無表情の中に、多少の狂気と恨めしさが浮かんでいた。
完全体となった自分の姿を一瞥してから、赫夜は夢の出口へと足を向ける。
「…もう、疲れた。それじゃ、またね…時雨」
「あァ」
ふ、と。夢に堕ちたときのように、一瞬にして現実へと戻っていった。
「――― 所詮は夢だ。人格が存在し反映されたとしても、夢に変わりねェ。だが、同時に夢の定義がない事も確かだ。赫夜は死んだ。アリカと黄昏時と雪慈は殺した。それは事実だ。だが赫夜は死んでないし、アリカと黄昏時と雪慈は殺してねェ。それが、あいつの”操作”したものの一つって事か。…ほんとに定義がわかんねェな」
深いため息を吐き、《夢喰い》は壁にもたれかかった。
夢は、甘美だ。同時に、深い深い奈落の底でもある。どこまでも存在し続け、定義は存在せず、ただそれは底のない深海のようにあり続ける。
そこにあるのは、一体なんなのか。
それは、誰にもわからない。
第睦話...無我夢中
パソコンのキーボードを打つ音が部屋に響いている。かなりのスピードで、淡々とリズムよく。
「また“情報”か?」
「ええ。それより、政府からのお仕事がまた入っているじゃない。今回はやるの?」
「暇だから、やる」
くす、と夕は笑った。その間もキーボードの打つ音は鳴り止まない。
「結局鎖月から逃げ出しても、鎖月が仕えるべき位置に貴女は立ってしまっているのね。まあ、そうでもしなければ自由に戦うことが出来ないものね。貴女は戦場にしか自分の価値を見いだせられないから」
聖は肯定も否定もしなかった。ただ、明らかに苛立った、怒りの表情が浮かんでいる。
「・・・・・・行って来る」
「行ってらっしゃい」
聖が部屋を出て行き、夕はキーボードを打つ手を止め、窓の外を見上げた。
――― 薄っすらと、夕闇が近づいて来ていた。
*
黒宮詩騎は、呆然と立ち尽くしていた。
ここは壱之町北部にある黒宮家が所有している高層ビルの一つ。最上階の、黒いガラス張りの部屋に、詩騎はいた。
「どうして、兄さんが」
「申し訳ありません。しかしこうでもしないと詩騎は、私に逢ってくれなさそうでしたので」
詩騎の前には、詩騎とよく似た男―――黒宮芦騎、詩騎の実兄。
全く悪びれた様子も無く、不敵な薄い笑みを浮かべてしゃあしゃあと、心のこもっていない言葉を吐く。
「カインが、私を呼び寄せたんじゃ―――」
「嘘ですよ。彼の名を使えば来ると思ったから使わせて頂いただけです。彼は何も知りません」
「そ、んな」
詩騎の肩は俄かに震え、その腰まであるウエーブのかかった黒髪を揺らしていた。睫毛を震わせながらも、その黒い瞳で芦騎を睨みつける。
「そんなに怯えなくてもいいですよ。まだ何もしませんから」
「信用なりません、兄さんなんて・・・・・・!」
「酷い言われようですね。まあ、当然ですが」
くすくすと笑い、芦騎は黒い皮製のソファに腰を下ろした。
「詩騎も座ったらどうですか? ずっと立っていては疲れるでしょう」
「結構です。長居をするつもりはありませんから!」
「そうですか。まあ、慎重なのは良いことですよ。さて、私が呼び寄せた理由はいうまでもありません、私に協力し、従うことへの了承」
「何度も言っているでしょう・・・・・・私の答えは変わりません。私は兄さんに従うつもりはないのですから」
「賢くない答えだ」
芦騎は柔らかい笑みを浮かべたまま眼を細めた。
「まあ、今はその答えのままで構いませんが。いずれは、変えてみせますよ」
「変えません! ――― 話はおしまいですか? もう帰らせて貰います」
「良いですよ、また、お逢いしましょう。ああ、言っておきますが・・・・・・次は、覚悟していて下さいね、詩騎」
下唇を噛み締め、詩騎は薄っすらと怒りを浮かべた表情で部屋から出て行った。
「本当に、あの子は私を楽しませてくれる・・・・・・」
くくっ、と喉の奥を鳴らすように笑い、芦騎は口の端を歪めた。苦渋に満ちた表情をしていた妹の姿が頭に浮かぶ。
「諦めませんよ、私は・・・・・・」
不気味な笑い声が、漆黒の部屋に響いていた。
*
睦月理世は、色鮮やかな花束を墓石の前に置いた。墓石に彫られている名は、“睦月千理”。
「千理兄・・・・・・あいつが、千理兄を殺したあいつが、この町に来てるんだ」
墓石を愛おしげに撫でながら、理世は一人で喋り続ける。緩やかに風が吹き、理世の長い黒髪を浮かび上がらせた。
「敵討ち、してみせるから・・・・・・あたしが」
鎖月聖。憎き鎖月家の次期当主。そして兄を殺した少女。許さない、絶対に――― 絶対に許さない。
「次に来るときは――― わかるよね。でも、心配しないで。あたしは絶対死なないから」
――― じゃあね、千理兄。また、必ずここに来るよ。
理世はふわりと微笑んで、立ち上がった。
――― オレンジ色の花びらが一枚、風に舞った。
...第漆話に続く
これから日記や小説関係以外のバトンをこっちでやりたいと思っていますw
実は数日前にFC2のほうでも色々やってみたんですが、うん、ジュゲムのがよくね?と思って←
リンクにも貼っているけれども、一応こっちにもURLを。
http://assassin0422.jugem.jp/
これでこっちは完全に小説ブログになるわけだ、すっきりした。
たぶん不定期更新になると思われるけど、そっちも覗いてくれると有難いですね。
さて、そろそろジュゲムのほうのブログの更新と曖沙さんからのバトンと文芸部用の小説をやらねば・・・
第伍話...螺旋回廊
鎖月世賭に接触したのねと、聖の同居人・・・・・・もとい、情報屋である月城夕が言った。
「さすが、政府公認情報屋。情報が早いな」
「勿論よ。四大名家の情報は、たとえほんの些細なことでも見逃さないわ」
本当にその言葉のとおりであるから恐ろしい。
「驚いていたんじゃないかしら? 彼女・・・・・・いえ、彼でいいかしらね。彼は知っているから。聖がずっと閉じ込められていた事を」
「本来ならば、まだ出て来られない。だというのに私が目の前に現れた。色々な意味でショックだろうな」
―――世賭は私の存在を“忘れて”いたから。
「人間は脆いわ。嫌な記憶は消したいと思ってしまう、そして消してしまう。脳は人間に、とても優しく残酷よ。
彼は鎖月家が嫌いで、消し去りたいと思っていた。そしてそれを思い出させてしまう聖の記憶を消してしまった。一番嫌な存在であるはずの鎖月篝を消すより、簡単だったから。
まあ、それは貴女もそうだけどね、聖。貴女の記憶も欠陥だらけ」
だが消したといっても、根本的に“無かった”ことには出来ない。少なからず、意識の底には残ってしまっていた。
「元皇帝、アリカの敵の名は黒木聖だった。それに加えて昨日は貴女の誕生日。そして逢ってしまった、貴女に。思い出すには十分過ぎるぐらいだわ」
そうそう、とつけたすように夕が続けた。
「黒宮芦騎が動き出したわ」
「・・・へェ。詩騎が泣くことになるな」
「可哀想に。彼女は最後まで兄に弄ばれる運命にあるのね」
「詩騎のことは嫌いじゃないから、私が関わることになったら協力する」
「良い心がけじゃない、聖」
四大名家も大変ね、と夕は静かに呟いた。
――― 口の端をゆるりと引き上げ、聖は端正な顔を歪ませた。
*
翠が宿に帰って来たのは深夜だった。
「翠!」
探し回った挙句見つからず、宿に戻って丁度・・・・・・翠が帰って来た。
「どこに行ってたん―――」
「世賭」
感情を感じさせない、冷たい声で翠が世賭の名を呼ぶ。世賭は射竦められたかのように動けなかった。
「世賭が鎖月家の人間って本当? 世賭が鎖月家元次期当主って本当? 世賭が鎖月家次期当主の腹違いの姉って本当? 嘘だよね?」
翠は吐き捨てるように、まくし立てるように、一気に喋った。世賭は驚愕の表情で翠を見つめる。
――― 誰からそんなこと聞いたんだ、ダレカラソンナコトキイタンダ。
「な、んで―――」
「ほんとうなんだね」
まるで機械人形のように冷たく言い放つ。世賭はそれが無性に恐ろしくて、声が出なかった。
「――― 睦月家次期当主と名乗る女の子に逢った。彼女は鎖月聖を殺したくて、それで協力して欲しくて僕に接して来たらしい。そして最後に言ったんだ、世賭が鎖月家の人間だって。僕は信じられなくて、もうそれ以上聞きたくなくて・・・・・・その場から逃げ出した。それでさっき――― 適当なところで時間を潰して戻って来た」
翠は焦げ茶色の髪で顔を隠すように、うつむいた。
「言ってくれれば良かったのに、と思ったよ。だけど普通は言えないよね。僕だって薄々、何か四大名家に関わりがあるんじゃないかとか、そういうこと考えていた。だけど聞かなかったのは怖かったから。恐ろしかったから。だから、世賭は悪くない。逃げていた僕が悪いんだ。でもね、世賭。別に鎖月家の人間だって言っても良かったんだよ、だって」
――― 僕は鎖月家の人間だからって、世賭を嫌いになったりなんかしないから。
「――― え」
「僕は世賭が好きなんだ、鎖月なんてどうでもいい。だからね、何があったのかはやっぱり聞かない。でも喋りたいなら聞くよ」
――― だからこれからも、幼馴染で、友人で、仲間で・・・・・・あってくれればそれでいいんだよ、世賭。
「・・・・・・あり、がとう」
「うん」
泣いていたらしく、翠は若干眼の縁を紅くしていた。思わず、罪悪感を映した笑みが世賭から零れる。
「四大名家の重要人が動き出す、って・・・睦月理世が言ってた。僕らが巻き込まれることは確実だ」
実体も影も無く、それは動く。
「・・・・・・何かが動き出しているよ」
...第睦話に続く
02 | 2024/03 | 04 |
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Sex:女
Birth:H7,3,22
Job:学生
Love:小説、漫画、和服、鎖骨、手、僕っ子、日本刀、銃、戦闘、シリアス、友情
Hate:理不尽、非常識、偏見