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せんそうとへいわ
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 麗様が怪我をした。とあるマフィアとの抗争で、秦と葵と向かった任務だった。

 

「姉さん・・・っ!!」

 

 僕と昴は違う任務に出ていて、ソルトは別の組織の任務をやっていたときだった。

 かなりの重傷を麗様は負っていて、もう五日も眼を醒まさない。秦はずっとつきっきりで、それをソルトが悲痛な表情で見守っている。葵は部屋に引きこもって全く出てこない。

 

 改めて実感した。麗様がいなければ、僕らは本当に無力なのだということを。僕らは麗様がいなければ、繋がることが出来ないのだ。

 

「俺があのとき姉さんから離れずにいたら・・・っ」

 

 秦はそう言って自分を責める。その横でソルトは、ただただ悲痛な面持ちで突っ立っていた。

 僕から言わせれば、秦はずるい。ソルトが自分を責める言葉を聞いて、どんな思いをしているのか―――秦は、わかっているから。

 ソルトが一番、自分のことを責めている。ソルトにとって、ファミリーは―――麗様は、自分よりも大切な存在だ。その大切な存在が傷ついているとき、自分は違う仲間のもとで違う任務に就いていた。これ以上の罪悪感はないだろう。

 ソルトが悪いわけではない。それは絶対にない。だが、ソルトにとってたぶんこの世で一番忌むべき存在は自分であるから、そう思ってしまうのだろう。

 

 秦はそれを全てわかった上で、自分を責めている。それが余計にソルトの気持ちを暗くさせていることを気付いていて、でもそれでも自分を責めずにいられない。

 秦はソルトのことが好きなのだ。だからソルトがソルト自身を責めることがとても辛い。それを少しでも紛らわせようと、自分を責める。その繰り返し。それが永久に終わらないリピートだということには気付かずに。

 

 そして、その間も葵はずっと自分の部屋に閉じこもっている。

 

「葵は自分が麗ちゃんを護れなかったことを悔やんでいるのか、悲しんでいるのか、怒っているのか、僕には全くわからない。

 どうしてずっと閉じこもっているの? 夜に抜け出して麗ちゃんのところに行ってること、僕は知ってる。いつもの葵なら普通に逢いに行くだろうに、どうしてなの?

 全然わからない、葵のこと全然―――

 

 居間で自分が淹れた紅茶を飲んでいるとき、昴がそう言った。顔にも声にも感情は無く、悲痛そうな言葉は悲痛に聞こえずに僕に伝わった。

「・・・わからなくていいんじゃないの、葵のことは」

「どうして?」

 僕は黙って自分の淹れた紅茶を飲んだ。

 

「ねえ、レン」

 昨夜、久しぶりに聞いた葵の声が甦る。

「葵・・・?」

 廊下に浮かび上がる葵の姿は、凄く脆く見えた。

「どうしたら麗は眼を醒まさないだろう?」

「・・・え・・・?」

 僕は気付いた。今の葵は脆いだけではなく―――狂っている。

「もう逃げないと誓ったのに、ずっと見ていると誓ったのに、僕はまた逃げてしまった。もう麗に顔を合わせられない。

 それに・・・弱い麗を見たくないんだ・・・」

 葵はそう言った。

「弱い麗なんて見てしまったら僕は―――

 ・・・歪んだ葵の表情が、残像として酷く頭に残った。



 「葵は自分のこと、わかってほしいだなんてきっと思ってないよ。というかさ、葵に限らず他の人も。だって考えてみなよ? 僕は昴の過去のこととか知らないし、昴だって僕のこと、知らないだろ? ソルトのことだって僕は知らない。秦とか麗様はまた別だけど、勿論葵のことだって知らない。

 それぞれの過去や想いは、麗様だけが理解していればそれでいいんだよ。僕の過去のこと、知っているのは麗様だけだし。それは昴やソルトもそうなんじゃない?」


 まあ、葵のことは麗様も知っているかどうかわからないけど、と僕は呟いた。複雑な表情の昴が眼の隅に映る。

 

 葵はきっと凄く良い選択をしたのだろう。愛する麗様にも自分のことを、自分の過去を教えない。皆を仲間と言って笑顔を見せながらも、一歩退いて冷ややかな目つきで皆を見ている。

 愛するものに深入りしない。仲間と言う名の底なし沼に、決して近付こうとしない。

 

「仲間のこと、なんだからさ―――

 ぽつり、と昴の呟きが聞こえて、僕は顔を上げた。

「?」

「知りたいって思うの、変なこと? 滑稽だって思う? だけど僕は少しでも知りたいよ。過去のこととか全部教えてくれとは言わないけど、ほんとの気持ちぐらい・・・さ、仲間じゃないの? 僕らは」

 昴の言葉が、僕の胸に突き刺さる。昴の言っていることは、正しい。

 ・・・だが、僕の選択は揺るがない。

 

「・・・ソルトは麗様と秦のこと、たぶんファミリーの中で一番大切にしてる。秦はそれ以上に、憧れの入り混じった想いをソルトに抱いている。

 僕は麗様のことすごく尊敬してるし、昴は皆のこと好きだ。

 葵はたぶん麗様のことが一番大好きで愛してるけど、それは恋愛感情ではないと僕は思う。でも麗様は葵のこと好きだし、というか皆のこと大好きだけど、心の奥に違う人がいる。

 昴もこれぐらいは理解しているでしょ? これだけで僕は十分だと思うよ、だって・・・」

 

 

―――これ以上深入りしたら、もう戻れなくなるから。

 

 

 でも、わかっているのだ―――僕も、葵も。選択は良いものだったけれど、決して正しくは―――世界の真実ではないということを。

 

 

 

 

『弱い麗なんて見てしまったら僕は―――

麗を、殺してしまいそうになるよ

 

 

 

滑稽な正義

(わかってるよ、所詮人間は愛でしか生きられないんだってことぐらい)

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 麗ちゃんが怪我をした。とあるマフィアとの抗争で、秦と葵と三人で向かった任務だった。


「姉さん・・・っ!!」


 僕とレンは違う任務に出ていて、ソルトは別の組織の任務をやっていたときだった。

 かなりの重傷を麗ちゃんは負っていて、もう五日も経つのに眼を醒まさない。秦はずっとつきっきりで、ソルトはそれを悲痛な表情で見ている。葵は部屋から閉じこもって全く出てこない。

 

 こういうとき、改めて思う。僕らを繋ぐのは麗ちゃんしかいなくて、麗ちゃんがいなければ僕らはどうしようもないんだってことが。

 

「俺があのとき姉さんから離れずにいたら・・・っ」

 そう言って唇を噛み締める秦の横で、ソルトはただただ悲痛な顔で立っている。それを知っているからこそ、秦は自分を責めていると僕は思っている。ソルトが一番、自分のことを責めているから。

 

 ソルトはヴェンタッリオファミリーとは別に、違う組織にも属している。なんだか名前は忘れてしまったけれど、特別自警軍事機関とかそういう類だった。

 その任務に出向いていて、ソルトはしばらく不在だった。そのことを悔やんでいるのだ。

 たぶんソルトにとって、その特別自警軍事機関よりもファミリーのほうが大事なのだろう。だが、ソルトは心優しいからそっちの組織のことだって大切に思っているし、ちゃんと任務もこなさなくてはならない、と使命感と責任感をちゃんと持っている。

 

 ソルトは知っていた、自分が今違う任務に向かったら、その間にマフィアの抗争にヴェンタッリオが巻き込まれることを。だが、それでも軍事機関の任務に向かった。それは秦や葵に対しての信頼があったからだ。

 だから今、ソルトは自分を責めている。自分が違う任務に向かってしまったから、麗ちゃんが重傷を負ってしまったのだと。秦のように泣くこともできず、ただ黙って悲痛な表情をしているだけ。

 そしてそのことに秦は気付いている。だって秦は、たぶん物凄くソルトのことを想っていて憧れていて、そして何より好きだから。

 

 ソルトが秦のことを好きなことと、秦がソルトのことを好きなことは、違う。惚れた側が弱いのは、異性でも同性でも同じだ。

 

 

 僕がわからないのは葵だった。部屋に閉じこもっている葵だけれど、つきっきりの秦も寝てしまうほどの真夜中に、こっそり部屋から抜け出し麗ちゃんのところに向かっていることを、僕は知っている。

 

 葵は麗ちゃんが好きなのだろう、恋愛感情として。だが、葵はそれを否定する。葵どころか、レンまでもそう言う。

 

『“愛”してはいるけど、“恋”してはいないから』

 

 つまり恋愛感情ではないということか。

 葵が今何を思い何を考えているのか、僕にはわからない。だが、葵は麗ちゃんのことがきっと好きだ。絶対、好きだ。だけど、わからない。

 果たして葵は自分が麗ちゃんを護れなかったことを悔やんでいるのか、悲しんでいるのか、怒っているのか、僕には全くわからない。

 

「・・・わからなくていいんじゃないの。葵のことは」

「どうして?」

 レンは少し黙って、自分が淹れた紅茶を飲んだ。

「やっぱりソルトが淹れる方が美味しいな・・・・・・」

「そんなこと聞いてないよ」

 そう言うと、レンは苦笑を漏らした。

「葵は自分のこと、わかってほしいだなんてきっと思ってないよ。というかさ、葵に限らず他の人も。だって考えてみなよ? 僕は昴の過去のこととか知らないし、昴だって僕のこと、知らないだろ? ソルトのことだって僕は知らない。秦とか麗様はまた別だけど、勿論葵のことだって知らない。

 それぞれの過去や想いは、麗様だけが理解していればそれでいいんだよ。僕の過去のこと、知っているのは麗様だけだし。それは昴やソルトもそうなんじゃない?」

 まあ、葵のことは麗様も知っているかどうか知らないけど、と呟いて、レンは紅茶を飲み干した。

 

 確かに、そうだ。何も知らない。秦のことも、ソルトのことも、レンのことも、葵のことも―――麗ちゃんのことも。

 でも、それでも僕は―――


「仲間のこと、なんだからさ・・・」

「?」

「知りたいって思うの、変なこと? 滑稽だって思う? だけど僕は少しでも知りたいよ。過去のこととか全部教えてくれとは言わないけど、ほんとの気持ちぐらい・・・さ、仲間じゃないの? 僕らは」

 少しだけ、レンの眼が丸くなった。

「・・・ソルトは麗様と秦のこと、たぶんファミリーの中で一番大切にしてる。秦はそれ以上に、憧れの入り混じった想いをソルトに抱いている。

 僕は麗様のことすごく尊敬してるし、昴は皆のこと好きだ。

 葵はたぶん麗様のことが一番大好きで愛してるけど、それは恋愛感情ではないと僕は思う。でも麗様は葵のこと好きだし、というか皆のこと大好きだけど、心の奥に違う人がいる。

 昴もこれぐらいは理解しているでしょ? これだけで僕は十分だと思うよ、だって・・・」

 

 これ以上深入りしたら、もう戻れなくなるから。

 

 レンの言葉は僕に突き刺さった。

 戻れなくなるってどういうこと? 戻れなくなったっていいよ、仲間という名の底なし沼に、僕は自ら浸かりにいける。

 だけどレンは違うの? 葵も違う? 皆はそう思っていない?

 

「・・・やっぱり、わからないよ」

 

 ―――麗ちゃんはいつ、眼を醒ましてくれるのだろう。

(やっぱり僕らは、麗ちゃんがいないと繋がっていられないんだ)

 

 


滑稽な正義

(わかってるよ、所詮人間は愛だけでは生きられないんだってことぐらい)
 

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終末のカナリア...後編

 

   「・・・時雨」

 「あァ? いつの間に来たのか、今日は早いな」

「マフィアの方に誘われました。うちに来ないかって」

  あの後、少年は、自分はカルコラーレファミリーのボスである閑廼祇徒だと名乗った。その直後に仲間らしき少女が現れ騒ぎ出したため、透離は少し考えさせてくれとだけ告げて姿を消した。

(ファミリーに入るほうが、私の性にはあっているでしょうけど)

 幻術は確かに使える。だが幻術だけでは肉体的に殺すことは出来ない―――今の透離の力では。

 殺し屋などやって来てはいたが、そこまで透離は戦闘能力が高くない。

 そう考えると、あの誘いは透離にとってとてもいいものであるのだが―――透離は迷っていた。

(いつの間に、私は一人で決められなくなってしまったんでしょう)

 ずっと、両親が死んでから一人だった。だが、時雨と出逢ってから―――自分は、時雨に頼るようになってしまったのだろうか?

 

「へェ・・・」

「だから、あの」

 そう言った瞬間、時雨の端正な顔が歪んだ。両手で頭を押さえ、座り込む。

「だ・・・大丈夫ですか・・・?」

「・・・あァ」

 最近、いつも時雨はこうなる。痛いとも苦しいとも言わず顔を歪ませるだけであるから何が起こっているのか透離にはわからないのだが、頭痛が何かであることは確かだ。

(“夢”の中だからどうやって治せばいいのかわかりませんし・・・)

 思わず時雨に手を伸ばすと、時雨は一瞬怯えるように身を引き、立ち上がった。まるで、透離に触れられるのを拒むかのように。

「もう、平気だ。・・・今日はもう帰れ」

「え? でも今来たばかりですし・・・さっきの件のことも」

 時雨は透離の言葉を遮るように立ち上がると、扉を出現させた。

「マフィアの件、受ければ良い。お前には合ってる。それに、マフィアに入ればここに来ることもなくなるだろうしなァ」

「なっ・・・!」

 それはどういう意味だ、と言い返す余裕も与えられないまま、開け放たれた扉へ透離は吸い込まれていった。



 「はぁ・・・」

 翌日、透離はカルコラーレファミリーのアジトにまで出向き、誘いを受けることを伝えた。

 

『ほんとか!? うっわ、すげぇ嬉しい』

 

 彼―――ボスである閑廼祇徒の笑顔が、妙に眼に焼き付いた。

(やっぱり、入って良かったかもしれない)

 時雨のいうとおりに、して良かったと―――そう思う自分がいた。

(入ったことを、伝えないと・・・)

 そう思いながら、透離は眠りへと落ちた。



 バーン、と鍵盤を叩きつけたような大きい音が反響し、それと共に苦しそうな呻き声が聞こえた。

「時雨!?」

 荒い息をして顔を歪ませている時雨を見て、透離は驚きの声を上げた。

「大丈夫ですか・・・!?」

 駆け寄って触れようとした瞬間―――ぱしっ、と手を振り払われた。鋭い眼光が透離を突き刺す。

「しぐ―――

俺に触るな

 いつもとは違う低い声に、思わず透離はビクリと肩を震わせた。

 その姿を見て、時雨はハッとしたように透離から視線を外し、小さく「悪い」と呟いた。

「・・・・・・その、昨日の話・・・ファミリー、入ったのか・・・?」

「あ・・・はい、今日・・・」

「そりゃァ、良かったな・・・・・・もう、ここには来なくて良くなるだろう」

「え・・・?」

 時雨の言った意味が、わからなかった。

(―――ここに、来ない? ・・・私が?)

「それは、どういう・・・」

「そのまんまの意味だ。もう教えることは何もねェし、来る必要がねェ。だから、もうここには来るな―――いや、もう来れない、と言ったほうが正しいか。お前は自分の意思でここに来れているわけじゃねェからなァ」

「どう、して・・・!? 意味が、意味がわからない・・・」

 殴られたような衝撃。身体の芯、内側から何かがぞわぞわと這い出るような感覚。

「う、あ・・・」

「おい、―――

 自分の周りの空気が舞い上がり、髪が銀色に染まっていくのがわかった。

 ―――幻術が、発動している。

「やめろ、透離・・・!!」

「どうして・・・・・・どうして・・・・・っ!」

 声にエコーがかかり、叫び声が“歌”へと変わっていく。

 ―――禍々しい幻が、空間の歪みを創り出している。

(制御、出来ない・・・)

 幻術が暴走している。にも関わらず、どこが冷めている自分がいた。

(このまま全てを巻き込んでしまったら・・・)

―――っ、」

 刹那―――ぐわん、と反転し、透離は床に叩き付けられた。

「は、ぁ・・・・・・っ」

 時雨が深く息を吐いた。どうやら幻術を掻き消されたらしい。

「・・・こんなに成長しているとはなァ・・・・・・やっぱりもう教えられることなんてねェな」

「っ・・・・・・」

「髪、銀色になっちまったな・・・」

 そう言われて初めて、幻術が解かれたにも関わらず自分の髪が銀色のままだということに気がついた。

「力が暴走したから・・・?」

「そうだろうなァ」

 倒れ臥している透離を抱き上げると、時雨は低い声で呟いた。

「お別れだ、透離」

「しぐ、れ―――

 ・・・瞬間、世界が暗転した。



 「もう、二年も経ったんですね・・・」

「あ? ・・・何が?」

「・・・いえ、何でもないですよ」

 はてなマークを浮かべる自分の上司、閑廼祇徒を無視して、透離はテーブルにあるカップに手を伸ばした。

 

 あれ以来、透離は時雨に逢っていない。いくら“夢”へと落ちても、時雨の部屋―――時雨の“夢”には辿り着けず、ただぐるぐると幻想空間を巡り続けた。

 どうして時雨は来るなと言ったのか。どうして自分を“拒否”したのか―――透離には、もう知ることなど出来ない。

 だが―――

 

愛してた、透離

 

 最後にそう言って、柔らかく微笑んだ時雨の顔は―――決して忘れることはないだろう。

 

 巡り巡った“夢”の中で一度、銀色の鳥を見た。あれは確かに幻でも華の夢でもなく―――雨を謡う、銀色の鳥だった。

 

(私も、同じ気持ちでした・・・師匠)

 開け放たれた窓から、風が吹き込んでくる。

 銀色の長い髪を押さえて、透離は口の端をゆるりと引き上げた。

 

(私はあきらめていませんから・・・)

(今度は私の力で、私の意志で貴方の“夢”へと入って見せます)

(だから、また―――あのピアノを聴かせて下さい)

 

 

END


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終末のカナリア...中編

 

 目覚まし時計の音が鳴って、透離は眼を覚ました。ソファで寝た為か、身体が痛い。

(さっきの、あの夢は―――)

 《夢喰い》と称したあの男。時雨という名前だったか。あの不愉快な表情が頭にこびりついている。

「なんて胸糞悪い悪夢・・・」

 だが、あのピアノは―――時雨が奏でたノクターンは、素晴らしかった。

 ショパンの夜想曲第二番変ホ長調は、透離が最も好きな曲。父と母が初めて自分に聴かせてくれた曲。自分に初めて教えてくれた曲。自分が初めて、歌をつけてみた曲―――

(また来いよ、と言っていましたね・・・)

 あの時雨という男は気に食わないけれど。時雨が弾くノクターンを聴きにいけるならば―――

 柔らかい微笑を、透離は浮かべた。

 堕ちていく―――“夢”へと、銀色の闇へと。

「よォ、来たか」

「・・・・・・ぐっ、」

 睡魔に襲われた瞬間、深い闇に沈む感覚に陥り、気がついたら市松模様の床へ落ちた。

 したたか腰を打ちつけ、思わず漏らした呻き声を笑われ、不快な気持ちで時雨を睨みつける。

「随分派手な登場だなァ、透離ィ」

「うるさいです。私だって好き好んでこんな風に落ちてきたわけではないですから」

 腰をさすりながら透離はゆっくりと起き上がった。ピアノの縁に手を置き、ニヤニヤとした笑みを浮かべる時雨を睨み続けながら、透離は深いため息をつく。

「ピアノを弾いていない貴方になど毛頭興味ありません。早く現実に帰らせて下さい」

「今来たばかりなのにもう帰りたいのかァ? 慌ただしいヤツだな」

「戯言はどうでもいいです。早くあの扉を出して帰らせて下さい」

「まァそう焦るなよお嬢さん。ようやっとお嬢さんの素質に気がついたンだからよォ」

 微かな反応。時雨の口の端がゆるりと引き上がったのを見て、透離は眉を顰めた。

「昨日はわからないと言ったではありませんか」

「気付いたンだよ。お前は俺と共鳴した。俺と共鳴できンのは大概幻術使い・・・術士だ。つっても今はもう術士でも俺と共鳴出来てこの部屋に来れるヤツなんざいねェけどな」

「つまり、私には術士の素質があると?」

「まァ、そういうこった」

 そんなはずはない、と透離は口の中で呟いた。私はただの脆弱で音楽好きな殺し屋だ。

「信じてねェだろ。でもそうに違いねェんだよ。そうじゃなきゃ、この部屋には入れねェ」

 そう言うと、時雨はピアノの前へと移動し椅子に座った。

「眼を閉じて音に集中しろ。脳髄に響いたと思ったら右手の中指を動かせ」

「は・・・?」

「黙って言うこと聞け」

 その緊迫ある声に、思わず透離は眼を閉じた。一瞬の間も無く、低く沈むようなピアノの音が鳴った。

(―――これは“ソ”)

 脳髄に響く、というのがあまり理解出来なかったが、何だか違う気がした。

 しばらく経った後、また鍵盤が鳴る。

(一オクターブ高くなった・・・これも“ソ”)

 次にまた、一オクターブ高い“ソ”が部屋に響いた。

(違う)

 衣擦れの音。袖が動いた音。右腕を動かしたのだろう。

 ―――刹那。ギリギリと締め上げられるような苦しさと耳鳴り。それと共に、二オクターブ高くなり半音上がった“ソ”の音が頭の中で反響した。

「っ・・・!?」

「これか」

 ポーン、ポーン、と何度も鍵盤を叩く。ペダルを踏み、更に響く。脳髄に反響する。響く。響く。響く。

(―――不快だ)

 これほどまでにピアノの音を不快と思ったことはない。

 脳髄に刻まれていく鍵盤の音を薙ぎ払いたい気持ちに駆られ、透離は頭を押さえた。だが、音は鳴り止まない。

(やめて、)

 反響していた音がやがて不協和音と変わり、更に不快さが増していく。耳鳴りが止まない。

「ぐぁ・・・っ!!」

 ノイズが身体中を駆け巡り、世界が一瞬にして真っ暗になった。

 ガクン、と透離は床に倒れこみ、遠ざかる耳鳴りを聞いた。既に時雨はピアノから離れ、透離の真横に屈んでいる。

「半音上がった“ソ”。出せるだろ? さっきの、脳髄に響いた“ソ”だ」

 かすれた声が出た。

「あ・・・・・・・・・」

「そのまま、歌声に」

 かすれた声が次第に澄んだものとなり、やがて美しい歌声に変わった。

「歌え、」

「唄え、」

「謡え、」

 音は変化し、曲に変わった。

 ―――瞬間、透離を取り巻く空気が歪み、歪み、そして―――銀色に変わった。

「“鎮魂歌”《レクイエム》だ」

 ぶわり、と空気が舞い上がり、宙に浮かぶような感覚。いつの間にか、透離の長い黒髪が銀色に変わっていた。

 

 何が起こったのか、透離にはわからなかった。だが、自分の“歌”で何かが起こっているということだけはわかった。

 空間が歪む。銀色に染まる。歌が響く。

「もういい、やめても」

 ふっ、と力が抜けるように、透離は歌うのを止めた。歌っている間感じていた歪みが、すっかり消え失せる。

「すげェな。俺じゃなかったら取り込まれてた」

「・・・何が、です・・・?」

「幻術にだよ」

 お前のな、と時雨はつけたした。思わず透離は眼を丸くする。

「どういうことです?」

「今、お前は幻術を発動させたンだよ。言っただろ、“鎮魂歌”《レクイエム》って。今のお前の幻術は、かけられた相手が苦しみを味わう幻だった」

「でも、私は何も・・・」

 ニヤ、と時雨はまるでチェシャ猫のような笑みを浮かべた。

「お前は“歌”を媒介とした幻術を発動させたンだ」

「歌を・・・媒介・・・?」

「極めて特殊なパターンだなァ。ま、音楽好きらしいお嬢さんに似つかわしい幻術だ」

 驚きの表情を浮かべる透離を鼻で笑い、時雨はピアノの蓋を閉めた。

「なァ? お前には素質があった。俺の言ったとおりだったろう?」

 そう言って、銀色に煌く髪を揺らして、時雨は笑った。

 透離の幻術はどんどん上達していった。毎日毎日、“夢”で時雨に幻術を教わり、時雨のピアノなしで幻術が発動できるようにまで透離はなった。

 “歌”を変えれば“幻”は変わる。

 幻術の効果は幅広くなり、殺しの仕事が楽になった。

 そして―――透離は、閑廼祇徒と出逢う。

 (今では不快だったあの男は、立派な私の師匠ですか)

 仕事に向かう途中、ぼんやりと透離はそんなことを思っていた。

(師匠、なんて絶対に呼んでなんかやりませんけど)

 今回の仕事は、とある中小マフィアの壊滅だった。中小マフィアといえども、一人で相手にするにはかなり多いが、幻術で精神破壊が出来るようになった透離にはとても容易い。

 

 「“奇想曲”《カプリス》」

 次々と悶え倒れこむ人間を、透離は愛用の銃で次々と撃って行った。

(無駄に数が多いですね・・・報酬は予定より多く貰いましょう)

 そのときだった。

「危ない!」

 パンッ、という聞き慣れた音―――銃弾が放たれた音と共に、少年の声が透離の耳に届き、透離は勢い良く振り返った。

 鋭い金属音、男の悲鳴。

(一体、何が)

「大丈夫か?」

 透離の前には血に濡れた剣を手にした少年が立っていた。透離と同じくらいの年の少年は、黒い瞳をこちらに向けて、剣を一振りする。

 どうやら透離に向けられた銃弾を剣で弾き、助けてくれたらしい。

「悪いな、お前の獲物を殺っちまって」

 本当に申し訳なさそうな顔をして、少年は薄い笑みを浮かべた。

「でもこっちも仕事でさ。お前が壊滅させようとしたファミリー、うちと敵対してて」

「ということは、貴方もマフィアなのですか?」

 こんな自分と変わらないぐらいの少年がマフィアに入っているなんて・・・と透離は思ったが、自分もこの年で殺し屋などやっているので何とも言えない。

「ああ。それより、ほんと助かった。お前がほとんどの敵殺ってくれた・・・つーか、幻術か? をかけてくれたおかげで、楽だったし。それでさぁ・・・」

 ―――うちに来ないか?

 

 少年の名は閑廼祇徒。齢12にして、カルコラーレファミリーのボスだった。



...後編に続く

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曖沙さんに捧げます。






色の天使

      

                   は

い夢を

               射て、

 

 

 

 ―――鮮やかな赤が眼に焼き付いた。





 蓮漣麗は静かに武器である扇を構えた。

 

 ―――無数の敵の気配。今、自分は一人だ。

(この数であれば・・・殺れる)

 一瞬で終わらせなければ。仲間の元に、一刻も早く向かいたい。

(無事でいて下さい―――)

 確実に大丈夫なのは弟の秦だろう。



『秦は俺が必ず護る。だから安心して行け、麗』



 レンと昴も平気だろう。あの二人の連携はかなりのものだ。

(とは言っても、葵さんがいたときのほうが素晴らしかったけれど・・・)

 思わず亡き仲間の姿を思い浮かべてしまい、麗は首を振った。今は思い出に浸っている場合ではない。

(・・・っ!)

 刹那。さっきまでこちらの動きを慎重に見ていた敵が、動いた。

 

 ―――来る。

(まだ、私は・・・)

 

 疾る。

    飛ばす。

         払う。

            振るう。

                 蹴る。

                     壊す。

 

(死ぬわけにはいかないんです)

 

                     殺す。

                 殺す。

             殺す。

         殺す。

     殺す。

 殺す。

 

(仲間が、私のことを信じて待っているんですから―――)

 

 

『必ず全員生きて帰るぞ』

『姉さんの誕生日パーティーしなくちゃいけないからな』

『絶対皆で祝うからね』

『・・・ケーキ、予約してあるし』

 

 

(だから、絶対に―――)

 

 

 ・・・斬られた。

 ・・・撃たれた。

 ・・・刺された。

 

 

 だが、少女は―――麗は倒れない。

 

(絶対に、生きて―――皆の元に)





 
―――既に返り血なのか自分が流した血なのかわからなくなるほど、紅く染まってしまっていた。

(足が、上手く動かない)

 身体が麻痺しているのがわかった。視界は歪み、足がもつれる。息が荒い。

(―――鉛中毒・・・・・・)

 先程から銃弾を二発ほど受けてしまっている。そのせいで鉛中毒を引き起こしてしまったのだろう。

 

 

(・・・ごめんなさい)

 倒れそうだった。

 

(絶対に生きて帰ると、約束したのに)

 

 まだ敵は残っている。

 無理矢理身体を動かし敵を薙ぎ払うが、攻撃が避けられない。

 

 

―――麗、』

 

 思考もままならない脳内で、先程思いを馳せた少年の声が響いた。

 

『麗、』

 

(葵、さん・・・?)

 

 死を間近にして幻聴でも聞こえているのだろうか。

(葵さん、)

 だが、麗はそう思うことが出来なかった―――否、思えなかった。

 

(本当に、ずっと私たちを・・・私を見ていてくれているんですか・・・?)

 

『まだ、倒れちゃ駄目だよ』

『僕がずっと傍にいるから』

『麗、君は―――

 

 

 ふらつく足を叱咤し、麗は扇を構えた。

 

(私は、)

 

 そして一気に―――地を蹴った。

 

(必ず皆の元へ戻ります)

 

 当に限界など超えていた―――だが。

 

(約束はちゃんと守りますから―――だから、安心して下さい葵さん・・・)

 

 

『麗、君は―――

『まだ、そこで戦える』

 

 ―――疾った。


 いまだ鳴り響く銃声の中、少女は走り続けた。

 

(私はまだ、戦える)

 

 少女は―――護られているから。

 

(護られる為に、護る為に、)

(守る為に、守る為に―――)

 

 

 

 ―――・・・・・少女の勝利はもう、確実だった。

 

 

 

 

そして、


藍の不在を埋める


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