あの夜の事は、一生忘れない。大切なあの女が死んだ、あの夜の事は。確かにあの夜、俺は決裂したのだから―――
愛した夜が明ける
ずっと昔、まだ何も知らないガキだった頃。
「祇徒!」
カルコラーレファミリーのボスの息子である閑廼祇徒は、名前を呼ばれて振り返った。
「麗、」
ヴェンタッリオファミリーのボスの娘である蓮漣麗が、笑顔を浮かべて立っていた。
「一緒に遊ぼう」
「いいよ」
――― お互い、敵対マフィアのボスの子供ではあったけれど。そんな思考は子供の脳内には存在しなかった。ただ、相手の事が好きだった、ただ、それだけ。
*
「――― ヴェンタッリオ」
昔よりも幾分か低くなった自分の声に、驚かされた。月日はあっという間に過ぎていく。あの夜の事など何事もなかったかのように、流れていく。
(でもあの夜は確かに存在した)
だから、今の自分がいる。そしてそれは――― 眼の前に立ちはだかる少女にも、言える事だ。
(なあ、麗)
少年は心の中でつぶやく。
(もうあの夜は明けた)
武器である扇を構えた少女を見やる。
(だからもう、決裂の意思を示してやっても良いよな?)
――― 少年は静かに、剣を抜いた。
*
初恋は蓮漣麗であった、と祇徒は断言できる。そしてそれは、相手側もそうであっただろうと言える。別にこれは自惚れでも何でもなく、事実だ。
だって確かにあの頃は毎日が楽しくて楽しくて楽しくて、たまらなかった。
――― 背後に何が迫っているかも知らず、ただガキだった祇徒と麗はあの日々を愛していた。
決裂する夜が訪れる事も知らず、ただ朝が来る事しか見ていなかった。
*
あの日は朝から屋敷中がそわそわしていた。
(何か抗争でも起きるのかな)
普段はガキらしく遊んでいたけれど、幼い頃からカルコラーレファミリーのボスになる事が決まっていた祇徒は、麗よりも裏の顔に慣れ親しんでいた。だから直感的に、そういうものを感じ取っていた。
「祇徒」
ボスである父が自分の名前を呼んだ。
(麗が呼ぶ『祇徒』、とは違う響き)
「今日はあまり出歩かずに大人しくしていなさい」
「・・・・・・はい」
やはり抗争があるのだ、と祇徒は確信した。
(嫌な、予感がする)
こういう直感は自分よりも麗のほうが当たるんだよな、と淡い期待を抱いて。
でも、それは麗も感じていた事だった。
*
銃声と金属音がひっきりなしに聞こえていた。
(屋敷内で抗争、さっき見た顔には見覚えがある―――)
今度は、確信はなかったけれど、あの顔は確かヴェンタッリオの者だ。
(麗は、いないだろうな・・・・・・でも、)
麗の母親は、ヴェンタッリオのボスである。
(いや、思い違いかもしれない・・・マフィアなんて皆同じような顔だ)
どくん、と心臓が蠢いた気がした。
(――― 行かなきゃ)
・・・どこへ?
(父さんのところへ)
ただ、そこに見ておかなきゃいけないものがある気がするから。
*
「祇徒はさぁ」
「うん?」
とある昼下がりの事だった。祇徒、ロキア、透離、日向は同じ部屋にいて、不意にロキアが口を開いた。
「優しいし甘いとこもあるけど、所詮裏側の人間なんだよな、私らと一緒で」
「はぁ?」
「自分で気付かないかな、この中の誰よりも実は凄く裏に染まっている人間だって事にさ」
「ロキア、」
日向の鋭い声が入ったが、ロキアは薄い笑みを浮かべるだけだった。
「裏側の人間、ねぇ・・・」
幼い頃の記憶がぼんやりと浮かぶ。あの日、あの夜の事。幾度となく思い出し甦る、あの夜の事。
「ボスは・・・」
透離が静かに呟いた。
「裏に染まっているのではなく、元々裏の色をしているのでしょうね」
*
父と母のいる部屋は、赤く染まっていた。
「っ・・・!」
血塗れに転がっている刀。未だに止まらない鮮血。一人の、女性。
「・・・れ、・・・麗・・・お母さん、」
妙に悲しげな表情をした父さんが、それを見つめていた。血塗れになった麗の母親の死体を、ただくらい瞳で見つめていた。
「祇徒」
「父、さん」
だが、祇徒は自分で思っていた以上に心が穏やかな事に気付いた。全く動揺していない自分に動揺した。
(ああ―――)
麗の母親の死体、脳内でリンクする――― 父さんの悲しげな眼が、脳内に焼き付いた。
(母さんは、死んだのか)
妙に冷め切った頭で、幼い祇徒はそう思った。
「行くぞ」
「・・・はい」
そう答えた祇徒の顔は、幼いながら既に裏の顔だった。
*
人は死ぬ。最初からそれは決まっている事だ。
だからあの日、二人の母親は死んだ。父親も死んだ。
そして僅か十歳だった少年と少女は、今までの自分を殺した。
*
「・・・・・・・・・来たか」
父さんの酷く落ち着いた声がそう呟いた。無数の足音と叫び声が既にここまで聞こえ始めていた。
「祇徒、隠れておきなさい」
「はい、」
まるで従順な犬のように、祇徒は物陰に隠れた。
バン、と思い切り開く扉。一人の少女が姿を見せる。
(麗・・・?)
「カルコラーレ、ボス・・・命、頂きに来ました」
――― 麗。
父親と麗が喋っていた。低い声で、そして強張った声で。
(――― 麗、)
麗の表情は、立派に裏の顔をしていた。
(麗はヴェンッタリオのボスになったのか)
俺がカルコラーレのボスとなるように、麗もまた。
――― 麗の手には扇が握られていた。だが、それと共に一丁の拳銃も持っている事に、祇徒は気付いていた。
(麗がヴェンッタリオのボスになったように、俺もカルコラーレのボスになるのか)
パァン、という乾いた銃声と共に、父親が倒れた。
(・・・・・・父さん、)
父親が倒れていく姿から眼を離す事が出来なくなった。幾度となく見てきた死体なのに、それは全く違うもので――― 冷静な自分も発狂しそうな自分もいる事に驚いて、眼を見開く。
(父さん、俺は―――)
よろり、と祇徒は物陰から出た。麗が少し驚いた顔で自分の名前を呼んだのが聞こえた。
「・・・・・・・・・祇徒、?」
「・・・・・・ッ、麗!」
キッ、と麗を睨みつける祇徒に、麗はボソリと呟いた。
「・・・・・・敵同士だ、さよなら、祇徒・・・・・・」
そう言って、麗は立ち去った。
後に残されたのは父親の死体とカルコラーレのボスに定められた一人の少年。
「・・・・・・何が、さよなら、だ」
思わずそう呟く。
「お前は何もわかっちゃいないくせに」
あの少女はきっと知らない。自分の母親が殺されたように少年の母親が殺された事も、少年の父親の葛藤も、そして――― 少年の本当の姿も。
「わかるはずがないんだ」
自分の本当の姿なんて――― 俺にもわかってないんだからさ。
*
(今ならわかる、少しだけ)
剣を握り締め構え直しながら、祇徒は思う。
ロキアや透離の言ったとおりだ。
閑廼祇徒は優しくて甘いのだろう。だが、彼は誰よりも幼い頃から裏の顔を知っており、誰よりも裏に染まっていて、そして生まれたときから既に裏の色をしていた、完璧なる裏側の人間なのだ。
「お前は昔からわかっていなかった」
「・・・何が」
鋭い声。でもその奥は震えている事を知っている。
「俺の覚悟だよ」
扇を握り締める力が強まった事に気付きながら、祇徒は続けた。
「お前は裏に染まりきっていないんだ。俺とは違って――― だから覚悟もまだ出来ていない、俺の覚悟はあの夜から完璧なものになっていたし、俺はきっと最初から裏側の人間だ」
「何を言っ、」
「まだまだ甘いぜ、ヴェンタッリオ。そんなんじゃ俺は殺せないし決別なんざ出来ない。でも安心しろよ、きっかけさえあればお前はいつでも裏側に来れる」
完璧では、ないけれど。でもお前の周りにいる奴はどいつも裏に染まりきった人間だから、きっと――― 俺よりも上手い方法でお前をどうにかしてくれるだろう。
「言っておくけどな、俺はもうずっと昔からお前を決裂していたつもりだよ。お前は自分を殺したかもしれないけど、まだ俺に対してあの感情を捨て切れていないんだろ。でも俺はもうとっくに捨てちまった。お前の事は大切な存在だけど、それ以上でもそれ以下でもない」
「・・・黙れ」
「お前は母親を目標にしているんだろ? でも俺は違う。俺は父さんを目標にしてるんじゃない、俺は父さんを超える。だから父さんを超えるためならば、」
すぅ、と息を吸い込み、吐き出す。
「俺は何だって捨ててやるよ」
「っ・・・!」
そう言って、祇徒は剣を鞘に仕舞いくるりと背を向けた。
そろそろ迎えに行かないと、うちの暴君少女は手が付けられなくなる。特に頭の中に浮かぶのは二人だけだが。
「じゃあな、麗」
びくりと肩を震わせたのがわかった。
「次会うときは、完全なる決裂の時だ」
――― そのときは、きっと何かを失ったときだろうけど。
――― でも人は何かを失わなければ気付かない。
――― そうして裏に染まっていくんだよ、ヴェンタッリオ。
あの日、あの夜の事は決して忘れない。あの日、俺は表の自分を殺して裏の自分を生かした。完全なる自分との決裂。愛すべき夜。封印したいあの日。
(絶対に、俺は、お前を、)
初恋なんて曖昧なものじゃなく、確かな感情を抱いて――― 少年は仲間の名前を呼んだ。
To Be Continued...
大概、ヴェンタッリオファミリーは数名で任務をこなす。だがたまに、幹部一人で向かわされる事がある。
これは、ヴェンタッリオファミリー幹部の六人それぞれの、一人で任務をこなすお話。
ここには人殺ししかいない
Case1:蓮漣 秦の場合
自分は強くなった・・・と思う。基本的に万能なソルトに、稽古に付き合って貰い、実力はあがった・・・はずだ。
(だから姉さんは任務を任せてくれた。一人でこなさなくてはならない任務を、)
強くなったという事を、認めてくれたから。
(だから、だから俺は・・・・・・)
蓮漣秦は、姉であるボスと良く似た眼で、姉であるボスと同じように、真っ直ぐに前を見据える。
「だから、俺はお前を殺すんだ」
ターゲットをしっかりと見据えたまま、少年は鎖を振り翳す。その瞳に、人殺しの光を燈して。
Case2:紫俄 葵の場合
一体自分は幾つ破壊してきたのだろうか。
「ひっ・・・・・・!!!」
青紫色の影を纏い、少年はぞっとするような笑顔を浮かべ、容赦なく刀を振り下ろした。
ぴちゃ、と少年の白い肌に紅い血が飛び散る。
「・・・・・・もう終わりか」
先ほどの笑顔が嘘のように、冷めた瞳で自分が斬った死体たちを見下ろし、頬に付いた返り血を拭った。
少年の歩んできた道には、無数の死体と深紅の血の海。無様に転がっている、死体共。
「あはは、はははははははははは、ははは・・・・・・」
戦う意義―――《彼女》を護る為。ここで生きる意義―――《あの子》に懺悔する為。
だが一人だとそれらは意味をなさない。だから歯止めが利かない、嗤いが止まらない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・こんな姿、“キミ”には見せられないな」
二人の少女に思いを馳せ、少年は天を見上げた。
Case3:桐城 昴の場合
パーン、と虚空に響き渡る銃声。
勢いよく飛び散る血飛沫、それを何の感情も浮かんでいない眼で見下ろしている少年が一人。
「・・・・・・気持ち悪い」
頬に付いた返り血を拭い、吐き捨てるように言った。
無数に転がっている死体を踏みつけ、少年は呟く。
「―――早く皆のところに帰らなくちゃ」
まるで死体や血の海など存在しないかのように、少年は楽しそうに微笑んだ。それは楽しそうに、楽しそうに・・・・・・・。
Case4:レン・ウェルヴァーナの場合
血を見ると自分が人殺しだという事を実感する。色んな事を思い出して吐き気がするし、発狂したくなるときもあるけど、それを抑えられるのは仲間がいるから。
だから一人での任務のときは、吐き気が止まらない。破壊衝動のみで突き進みたい気持ちになって、おかしくなりそうになる。
「・・・・・・誰か、」
嗚咽が漏れそうになって、僕はゆっくりと自分の手で両眼を閉ざした。
自分が殺した彼女の姿が甦って、余計に吐き気が増した。
「・・・うあ」
一気に駆ける、無差別に殺す、全てを壊す、思い出さない為に―――「帰る」為に。
「っは・・・・・・」
―――また、血が僕の身体を染める。
発狂しそうなのを抑えて震えている身体を両手で抱きしめ、少年は血の海に身を伏せた。
Case5:蓮漣 麗の場合
一人は恐ろしい。時折自分が何をしているのか、本質を見失う。焦りと不安、時には憎悪や悪意までも脳内を支配する。
普段、自分がどれだけ周りの者に自身を委ねているのかが、身に沁みる。
「はぁ・・・はぁ・・・、」
荒く息を吐き出し、扇を一振する。その拍子に、数滴の血が飛び散った。
(帰らないと・・・・・・早く、皆の元へ帰らないと・・・・・・)
早く、帰らないと。
(見失ってしまう)
自分を―――全てを。まるで濁流に呑み込まれるかのように、掻き混ぜられる。
「母さん・・・・・・」
こういうとき、必ず母の姿が思い浮かぶ。それと共に、かつて愛おしかった憎き少年の姿も・・・・・・。
(早く、帰らないと―――見失ってしまう、今の自分を―――戻ってしまう、過去の自分に―――)
だから、奔る。だから、駆ける。だから―――殺す。
(帰る、為に―――還る、為に―――)
ただ、それだけを考えて、少女は殺す。
Case6:ソルト・ヴァルヴァレスの場合
キン、と鋭い金属音を響かせ、サーベルの先が頚動脈の真横に突き刺さった。
「っ・・・・・・!!」
「正直に話してご覧。俺はちゃんと聞いてやるから」
す、と優しげに瞳を細め、ソルト・ヴァルヴァレスは穏やかに問いかける。手に持ったサーベルはそのまま―――否、寧ろだんだんと相手の頚動脈へと近付かせながら。
「ひっ・・・・!」
「怯えてないで、答えろ。お前は報告どおり、ヴェンタッリオを裏切ったのかな? それとも、元々敵対マフィアのスパイだったのかな?」
ぐ、と首筋にサーベルを突きつけ、ソルトは尋ねる。相手は畏怖の表情で身体を震わせていた。
「震えてばかりじゃ解らない。ちゃんと答えないと―――くちなしじゃあないんだから」
「う、う、う―――」
「う? お前は裏切ったのか? ヴェンタッリオ―――いや、麗を裏切ったのか? ほら、ちゃんと答えろ。怯えていないで、答えないと―――そうしないと、」
細められていた瞳が、す、と開く。
「殺してしまうかもしれないよ」
―――その後、切り刻まれ頭を刎ねられた死体があったかどうかは・・・・・・定かではない。
END...?
それは、ヴェンタッリオファミリーに送られた、とある任務を巡るお話。
紫俄葵の元へ届けられた、次の任務の内容。麗が大変な思いをしないように、任務の内容は麗よりも先に葵のほうへと回すように手回しされているため、まだこの任務の内容は麗に伝わっていない。
(こんなもの・・・ボスにやらせられるわけがない)
――― 即座に、決心する。この任務は、他の者に・・・・・・特に、麗に気付かれないように遂行させようと。
・・・・・・それを見ていた者がいた事も知らずに。
「そういえば・・・・・・今日、葵の姿を見てないような」
「葵? ああ・・・確かに」
「葵なら任務に向かったよ」
不意に後ろから声がして、ソルトと秦は揃って肩を震わせ振り向いた。
「昴!」
・・・後ろには、やけに冷めた顔をした桐城昴が立っていた。
「任務って、どういう事だ? 葵に任務は入っていないはずだが」
「麗ちゃんのを肩代わりしたんだ」
「・・・・・・姉さんの?」
訝しげな二人に、昴は抑揚の無い声で説明する。
「ソルトは気づいていると思うけど、葵は麗ちゃんに危険な任務が回されないように、任務が来たら先に自分のところに来るよう手回ししていたんだ。
そして今回、ちょっと危険な任務が入ったみたいで、麗ちゃんの代わりに向かったみたいだよ。僕にもよくわからないけどね、盗み聞きしただけだから」
「そんなの知らないぞ!?」
秦の声が廊下に響き渡る。ソルトは渋い顔で唸った。
「ソルトは知っていたのか?」
「・・・・・・ああ、」
秦がくっ、と唇を噛み締める。
「この事、姉さんには・・・・・・」
「知らせない方が良い」
「でも・・・!」
「秦の言いたい事はわかるよ。どれだけ危険な任務だったのかは知らないけど、葵が心配だ」
「だけど俺も昴も葵の気持ちを尊重したい。俺らも麗を危険な任務に向かわせたくないしな」
「それに何より・・・・・・」
――― 麗ちゃんの辛い顔は見たくないでしょ?
「・・・・・・葵がどんな任務に向かったのか、どこに向かったのか・・・手分けして調べよう。姉さんに気付かれないように」
「ああ」
「わかったよ」
そして三人は、動き出す。
(任務は入っていないから、いるはずなんだけど・・・・・・な、)
だが、いくら探しても見つからない。
――― ま さ か 。
「麗様、」
「何ですか?」
レンは麗のいる部屋へと向かうと、本を読んでいた麗に話しかけた。
「麗様に任務、来た?」
「いいえ? もうしばらく来ていませんが・・・・・・この前の大きな抗争に関するもの以来」
「・・・・・・・・・・そっか、」
そのまま立ち去ろうとするレンに、麗は慌てて静止の声をかける。
「ま、待って下さい・・・・・・何かあったんですか?」
「・・・いや、何も。麗様は気にしないで」
「レ、レン!」
今度は呼びかけにも応じず、レンは麗の部屋を出た。そして迷う事なく、歩く。
――― 向かう先は、葵の自室。
(・・・・・・、)
コートの中には二本の短刀と一丁の拳銃が入っている。その存在を確かめるように、葵はコートの上から拳銃を撫でた。
(――― 麗)
もしかするとソルトや昴、レンには気付かれたかもしれないな、と妙に冷め切った頭で思った。
(まあ、構わないけど)
麗にばれてさえいなければ、それでいい。
一人で任務に向かうときの自分は、恐ろしく残酷で歪んでいてそして、惨めだ。
(今回の任務に関するものは、全て排除した)
愛用の刀も銃も置いてきて、ずっと使用していなかった短刀と予備の拳銃を持って来た。任務に向かう事を決心してからは、麗と顔を合わせていない。
(抜かりは無いはずだ)
麗に気付かれてはならない。自分は――― いや、ファミリーは皆――― 麗を護るためだけに動いているのだから。
「絶対に遂行させてみせる」
――― 麗を、ヴェンタッリオを護り、誇るために。
To be continued...
透離と共に向かった任務で、俺は怪我を負った。透離を庇っての事だった。
「無事で良かった・・・・・・っ!」
薬品の匂いに包まれた真っ白いベッドの上で、一番初めに眼にしたのは大切な仲間の顔だった。
―――ひとり、透離を抜かした五人の顔、だった。
そこに言葉は必要ですか
俺は銃弾を幾つも受けた。俺と透離では、俺のほうが断然強い。だから敵は透離を狙った。
『透離―――ッ!!!』
『!?』
俺は、透離を庇った。何発もの銃弾が俺の身体を貫いた。
『ボ、ス―――!?』
驚愕に染まった表情。それから一転、思わず子供の頃から裏社会を知り戦場を見てきた俺でも、ビクリと肩を震わせるような―――どす黒い、憎悪の表情。
その後の記憶は無い。気を失ったからだ。
「あの後、敵は完璧に全滅した。透離がちょいと強めの幻術を使いやがってね・・・・・・周りに一般人がいたら、大惨事になるところだった」
ロキアがそう言っていた。
―――透離の顔をもう、ずっと見ていない。最後に見たのは、あの憎悪の表情。
透離は一切見舞いに来てくれなかった。リコリスが言うには、「引きこもりみたいに部屋から全く出てこない」らしい。そして、「ずっと凄く荒々しいピアノの音が聞こえる」とも。
「どうしようもないんだと思う、透離は」
ロキアが言った。
「大切な人が自分の為に傷ついた。そこにあるのは、果てしない無力感。どうやらあの子は以前にも大切な人を失くしているみたいだし―――」
それは俺も知っていた。誰かはわからないし、今その誰かさんがどうなっているのかもわからない。だが、透離は言っていた―――『当分は・・・・・・絶対に逢えないんです』。
「透離にとって、お前はその穴埋めなんだと思うよ。こう言ったら嫌な感じするだろうけど・・・」
穴埋め。それは実に的を得た言葉だと思った。
「だからさ、透離はお前にあわせる顔がねーんだよ・・・傷つけてしまったから」
―――否、きっとそれだけではない。透離は俺に怒っているのだ。自分なんかを護りやがって、とそう思っているのだろう。
(あとはそうだな・・・・・・)
あの、どす黒い憎悪の表情。あれを見られた事を、透離は気にしているのではないか・・・と。
(逢って、ちゃんと話がしたい)
透離は何も悪くない。俺が悪いのだと。勝手に護ってしまった、俺の偽善的精神が悪いのだと。
―――言葉が何のためにあるのか、わからなくなった。
*
夕方、ロキアが訪れた。午前中には日向が訪れ、昨日はリコリスとユナとリラが来てくれた。一昨日ぶりなのだが、なんだか久しぶりな気持ちになる。
「今日はサプライズプレゼント持って来てやったぜー?」
そう言ったロキアの顔は、言葉に反して酷く真面目だった。
「それ・・・・・・」
ロキアの手には、小型のCDプレーヤーと一枚のCDがあった。
「かけるぞ」
カチリ、と音がして、再生が始まる音がした。
流れ出した曲は―――
「っ・・・・・・!?」
―――ピアノの旋律。紛れもない、透離のピアノだった。
「透、離・・・・・・」
曲名はわからなかった。だが、聞いた事がある有名なクラシック。
それから延々と、透離のピアノは曲を変え曲を変え、続いた。
「・・・これが最後の一曲だ」
CDプレーヤーの表示を見て、ロキアが呟いた。最後の曲が、流れ出す。
「こ、れ・・・・・・」
この曲は知っていた。よく、知っていた。曲名も作曲者も、よくよく知っていた。
「フレデリック・ショパンの、夜想曲第二番・・・・・・」
―――透離が世界で最も愛してやまない、一曲だった。
優しい旋律は美しかった。ただただ、美しかった。
「透離―――」
ピアノを聴きながら、思った。
曲に、全てが詰まっている。透離は俺に逢いたくないわけでも、傷つけてしまって悔やんでいるわけでも、ましてや怒っているわけでもないのだと、気付いた。確かに俺に庇って貰って、悔しかったろう。自分を責めただろう。
だが、透離はそれをすっぱり斬り捨てた。斬り捨てる事が出来た。
「透離、」
透離はずっと考えていた。今の自分の想いを、言葉にする事なんて出来ない。だから、逢わない。もっと別の方法で、俺に伝えたい。
俺が逢わない事でどういう風に捉えてしまうのか。そんな事は、透離は全てわかっていた。
だがそれでも、透離は逢わなかった。逢う前に、言葉以外の方法で俺に伝えようと、していた。
「・・・ごめん、透離・・・・・・」
透離が昔、言っていた事を思い出した。俺が麗と久しぶりに対峙し、無性に嫌な気持ちになったときの事だ。
『あの人が伝えたい事、ボスが伝えたい事。きっとそれらは言葉にしたって無駄でしょう。そこに言葉は必要ないのですから。
ボス、そう思いませんか? そこに、言葉って必要でしたか? ・・・貴方とあの人の間に、もう言葉なんてものは通じないでしょう』
―――そこに、言葉は必要ですか。
「有難う、透離・・・・・・」
―――考えた末、透離が思いついた事。
大好きで大好きで、そしてそれ以外の別の想いもあるピアノで、俺に想いを伝える。
「・・・・・・ロキア」
「何?」
「透離に、言っておいてくれるか―――」
*
数日後。俺は無事に退院して、カルコラーレファミリーのアジトへと戻った。
「・・・・・・透離、」
―――久しぶりに見る透離の顔は、澄ました微笑が浮かんでいた。
「そこに言葉は必要なかったよ」
END
―――何が、いけなかったのだろう。
―――何が、駄目だったのだろう。
―――好きだった、はずなのに。
―――それも全て、終わったはずなのに。
―――自分には、わからなかった。
―――少年には、わからなかった。
―――わからなかった、のだ。
―――どうしても。
*
カルコラーレファミリー。『計算する』という意を持つそのマフィアは、現在十五歳の少年が首領(ボス)を勤めている。
少年の名は、閑廼祇徒。生まれてきたときから、マフィアのボスとなることが義務付けられていた少年。
(わかっては、いたんだ―――それが、どういうことかだなんてさ)
わからなかったのは全て、あの少女の事だけだ。
(マフィアってもんがどういうものなのか、あいつだって理解していたはずなのに)
ただ、わからないだけなのだ、祇徒は。
(どうしてあんなに苦しそうな顔をするのかが)
敵対しているはずなのだ。憎んでいるはずなのだ。もう、終わったはずなのだ。
なのに。
(たまに俺にだけ見せる、あの表情。悔やむように悲しむように―――)
好きだった、少女の事が。
(今でも大切には想ってる)
だが、あのときあの瞬間に―――終わったのだ、もう。祇徒にとっては、全て終わった事でしかないのだ。
(でももう、それ以上の感情はねぇんだよ)
(お前もそうじゃなかったのかよ? なあ、)
閑廼祇徒は短気で口が悪くぶっきらぼうで、でもとても優しい少年だ。だが、彼には彼自身気付かない、残酷さがある。
所詮は、生まれながらにしてマフィア側に染まりきった人間だという事なのだ。
―――少年にはわからない。少女は自分とは違うという事に。少女はあの感情を捨て切れていないという事に。
―――少年にはわからない。自分では終わった事だとしても、少女にとっては終わっていないという事を。
―――少年にはわからない。結局のところ、そこに“愛”は無かったのだという事を。
「・・・麗、」
―――少年には、わからない。
恋の神様は失恋しました
(要するに、恋の神より運命の神が強かったって事だろ?)
―――少年にはわからない。それ自体が、間違っている事に。
03 | 2024/04 | 05 |
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Sex:女
Birth:H7,3,22
Job:学生
Love:小説、漫画、和服、鎖骨、手、僕っ子、日本刀、銃、戦闘、シリアス、友情
Hate:理不尽、非常識、偏見