あの夜の事は、一生忘れない。大切なあの女が死んだ、あの夜の事は。確かにあの夜、俺は決裂したのだから―――
愛した夜が明ける
ずっと昔、まだ何も知らないガキだった頃。
「祇徒!」
カルコラーレファミリーのボスの息子である閑廼祇徒は、名前を呼ばれて振り返った。
「麗、」
ヴェンタッリオファミリーのボスの娘である蓮漣麗が、笑顔を浮かべて立っていた。
「一緒に遊ぼう」
「いいよ」
――― お互い、敵対マフィアのボスの子供ではあったけれど。そんな思考は子供の脳内には存在しなかった。ただ、相手の事が好きだった、ただ、それだけ。
*
「――― ヴェンタッリオ」
昔よりも幾分か低くなった自分の声に、驚かされた。月日はあっという間に過ぎていく。あの夜の事など何事もなかったかのように、流れていく。
(でもあの夜は確かに存在した)
だから、今の自分がいる。そしてそれは――― 眼の前に立ちはだかる少女にも、言える事だ。
(なあ、麗)
少年は心の中でつぶやく。
(もうあの夜は明けた)
武器である扇を構えた少女を見やる。
(だからもう、決裂の意思を示してやっても良いよな?)
――― 少年は静かに、剣を抜いた。
*
初恋は蓮漣麗であった、と祇徒は断言できる。そしてそれは、相手側もそうであっただろうと言える。別にこれは自惚れでも何でもなく、事実だ。
だって確かにあの頃は毎日が楽しくて楽しくて楽しくて、たまらなかった。
――― 背後に何が迫っているかも知らず、ただガキだった祇徒と麗はあの日々を愛していた。
決裂する夜が訪れる事も知らず、ただ朝が来る事しか見ていなかった。
*
あの日は朝から屋敷中がそわそわしていた。
(何か抗争でも起きるのかな)
普段はガキらしく遊んでいたけれど、幼い頃からカルコラーレファミリーのボスになる事が決まっていた祇徒は、麗よりも裏の顔に慣れ親しんでいた。だから直感的に、そういうものを感じ取っていた。
「祇徒」
ボスである父が自分の名前を呼んだ。
(麗が呼ぶ『祇徒』、とは違う響き)
「今日はあまり出歩かずに大人しくしていなさい」
「・・・・・・はい」
やはり抗争があるのだ、と祇徒は確信した。
(嫌な、予感がする)
こういう直感は自分よりも麗のほうが当たるんだよな、と淡い期待を抱いて。
でも、それは麗も感じていた事だった。
*
銃声と金属音がひっきりなしに聞こえていた。
(屋敷内で抗争、さっき見た顔には見覚えがある―――)
今度は、確信はなかったけれど、あの顔は確かヴェンタッリオの者だ。
(麗は、いないだろうな・・・・・・でも、)
麗の母親は、ヴェンタッリオのボスである。
(いや、思い違いかもしれない・・・マフィアなんて皆同じような顔だ)
どくん、と心臓が蠢いた気がした。
(――― 行かなきゃ)
・・・どこへ?
(父さんのところへ)
ただ、そこに見ておかなきゃいけないものがある気がするから。
*
「祇徒はさぁ」
「うん?」
とある昼下がりの事だった。祇徒、ロキア、透離、日向は同じ部屋にいて、不意にロキアが口を開いた。
「優しいし甘いとこもあるけど、所詮裏側の人間なんだよな、私らと一緒で」
「はぁ?」
「自分で気付かないかな、この中の誰よりも実は凄く裏に染まっている人間だって事にさ」
「ロキア、」
日向の鋭い声が入ったが、ロキアは薄い笑みを浮かべるだけだった。
「裏側の人間、ねぇ・・・」
幼い頃の記憶がぼんやりと浮かぶ。あの日、あの夜の事。幾度となく思い出し甦る、あの夜の事。
「ボスは・・・」
透離が静かに呟いた。
「裏に染まっているのではなく、元々裏の色をしているのでしょうね」
*
父と母のいる部屋は、赤く染まっていた。
「っ・・・!」
血塗れに転がっている刀。未だに止まらない鮮血。一人の、女性。
「・・・れ、・・・麗・・・お母さん、」
妙に悲しげな表情をした父さんが、それを見つめていた。血塗れになった麗の母親の死体を、ただくらい瞳で見つめていた。
「祇徒」
「父、さん」
だが、祇徒は自分で思っていた以上に心が穏やかな事に気付いた。全く動揺していない自分に動揺した。
(ああ―――)
麗の母親の死体、脳内でリンクする――― 父さんの悲しげな眼が、脳内に焼き付いた。
(母さんは、死んだのか)
妙に冷め切った頭で、幼い祇徒はそう思った。
「行くぞ」
「・・・はい」
そう答えた祇徒の顔は、幼いながら既に裏の顔だった。
*
人は死ぬ。最初からそれは決まっている事だ。
だからあの日、二人の母親は死んだ。父親も死んだ。
そして僅か十歳だった少年と少女は、今までの自分を殺した。
*
「・・・・・・・・・来たか」
父さんの酷く落ち着いた声がそう呟いた。無数の足音と叫び声が既にここまで聞こえ始めていた。
「祇徒、隠れておきなさい」
「はい、」
まるで従順な犬のように、祇徒は物陰に隠れた。
バン、と思い切り開く扉。一人の少女が姿を見せる。
(麗・・・?)
「カルコラーレ、ボス・・・命、頂きに来ました」
――― 麗。
父親と麗が喋っていた。低い声で、そして強張った声で。
(――― 麗、)
麗の表情は、立派に裏の顔をしていた。
(麗はヴェンッタリオのボスになったのか)
俺がカルコラーレのボスとなるように、麗もまた。
――― 麗の手には扇が握られていた。だが、それと共に一丁の拳銃も持っている事に、祇徒は気付いていた。
(麗がヴェンッタリオのボスになったように、俺もカルコラーレのボスになるのか)
パァン、という乾いた銃声と共に、父親が倒れた。
(・・・・・・父さん、)
父親が倒れていく姿から眼を離す事が出来なくなった。幾度となく見てきた死体なのに、それは全く違うもので――― 冷静な自分も発狂しそうな自分もいる事に驚いて、眼を見開く。
(父さん、俺は―――)
よろり、と祇徒は物陰から出た。麗が少し驚いた顔で自分の名前を呼んだのが聞こえた。
「・・・・・・・・・祇徒、?」
「・・・・・・ッ、麗!」
キッ、と麗を睨みつける祇徒に、麗はボソリと呟いた。
「・・・・・・敵同士だ、さよなら、祇徒・・・・・・」
そう言って、麗は立ち去った。
後に残されたのは父親の死体とカルコラーレのボスに定められた一人の少年。
「・・・・・・何が、さよなら、だ」
思わずそう呟く。
「お前は何もわかっちゃいないくせに」
あの少女はきっと知らない。自分の母親が殺されたように少年の母親が殺された事も、少年の父親の葛藤も、そして――― 少年の本当の姿も。
「わかるはずがないんだ」
自分の本当の姿なんて――― 俺にもわかってないんだからさ。
*
(今ならわかる、少しだけ)
剣を握り締め構え直しながら、祇徒は思う。
ロキアや透離の言ったとおりだ。
閑廼祇徒は優しくて甘いのだろう。だが、彼は誰よりも幼い頃から裏の顔を知っており、誰よりも裏に染まっていて、そして生まれたときから既に裏の色をしていた、完璧なる裏側の人間なのだ。
「お前は昔からわかっていなかった」
「・・・何が」
鋭い声。でもその奥は震えている事を知っている。
「俺の覚悟だよ」
扇を握り締める力が強まった事に気付きながら、祇徒は続けた。
「お前は裏に染まりきっていないんだ。俺とは違って――― だから覚悟もまだ出来ていない、俺の覚悟はあの夜から完璧なものになっていたし、俺はきっと最初から裏側の人間だ」
「何を言っ、」
「まだまだ甘いぜ、ヴェンタッリオ。そんなんじゃ俺は殺せないし決別なんざ出来ない。でも安心しろよ、きっかけさえあればお前はいつでも裏側に来れる」
完璧では、ないけれど。でもお前の周りにいる奴はどいつも裏に染まりきった人間だから、きっと――― 俺よりも上手い方法でお前をどうにかしてくれるだろう。
「言っておくけどな、俺はもうずっと昔からお前を決裂していたつもりだよ。お前は自分を殺したかもしれないけど、まだ俺に対してあの感情を捨て切れていないんだろ。でも俺はもうとっくに捨てちまった。お前の事は大切な存在だけど、それ以上でもそれ以下でもない」
「・・・黙れ」
「お前は母親を目標にしているんだろ? でも俺は違う。俺は父さんを目標にしてるんじゃない、俺は父さんを超える。だから父さんを超えるためならば、」
すぅ、と息を吸い込み、吐き出す。
「俺は何だって捨ててやるよ」
「っ・・・!」
そう言って、祇徒は剣を鞘に仕舞いくるりと背を向けた。
そろそろ迎えに行かないと、うちの暴君少女は手が付けられなくなる。特に頭の中に浮かぶのは二人だけだが。
「じゃあな、麗」
びくりと肩を震わせたのがわかった。
「次会うときは、完全なる決裂の時だ」
――― そのときは、きっと何かを失ったときだろうけど。
――― でも人は何かを失わなければ気付かない。
――― そうして裏に染まっていくんだよ、ヴェンタッリオ。
あの日、あの夜の事は決して忘れない。あの日、俺は表の自分を殺して裏の自分を生かした。完全なる自分との決裂。愛すべき夜。封印したいあの日。
(絶対に、俺は、お前を、)
初恋なんて曖昧なものじゃなく、確かな感情を抱いて――― 少年は仲間の名前を呼んだ。
To Be Continued...
ついでにこれはかなり麗の過去とリンクしています。麗の過去話は曖沙さんのブログからどうぞw
→http://scelta.ni-moe.com/
因みにこのブログのリンクからもいけます。
いずれ麗と祇徒の完全決裂話も書けるといいな、と思っています。恐らく葵が死んだ3年後の話ぐらいになるかと。
余談ですが、今回の話は「そこに言葉は必要ですか」で少し出て来た「俺が麗と久しぶりに対峙」のそれです。
今度曖沙さんのも含めて、時系列でも書いてみようか。でも私の話は基本現代から回想、が多いのでめんどいんだよな←
でも書いてみよう、時系列。そうしたほうがわかりやすいよねうん(
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Sex:女
Birth:H7,3,22
Job:学生
Love:小説、漫画、和服、鎖骨、手、僕っ子、日本刀、銃、戦闘、シリアス、友情
Hate:理不尽、非常識、偏見