第睦話...無我夢中
パソコンのキーボードを打つ音が部屋に響いている。かなりのスピードで、淡々とリズムよく。
「また“情報”か?」
「ええ。それより、政府からのお仕事がまた入っているじゃない。今回はやるの?」
「暇だから、やる」
くす、と夕は笑った。その間もキーボードの打つ音は鳴り止まない。
「結局鎖月から逃げ出しても、鎖月が仕えるべき位置に貴女は立ってしまっているのね。まあ、そうでもしなければ自由に戦うことが出来ないものね。貴女は戦場にしか自分の価値を見いだせられないから」
聖は肯定も否定もしなかった。ただ、明らかに苛立った、怒りの表情が浮かんでいる。
「・・・・・・行って来る」
「行ってらっしゃい」
聖が部屋を出て行き、夕はキーボードを打つ手を止め、窓の外を見上げた。
――― 薄っすらと、夕闇が近づいて来ていた。
*
黒宮詩騎は、呆然と立ち尽くしていた。
ここは壱之町北部にある黒宮家が所有している高層ビルの一つ。最上階の、黒いガラス張りの部屋に、詩騎はいた。
「どうして、兄さんが」
「申し訳ありません。しかしこうでもしないと詩騎は、私に逢ってくれなさそうでしたので」
詩騎の前には、詩騎とよく似た男―――黒宮芦騎、詩騎の実兄。
全く悪びれた様子も無く、不敵な薄い笑みを浮かべてしゃあしゃあと、心のこもっていない言葉を吐く。
「カインが、私を呼び寄せたんじゃ―――」
「嘘ですよ。彼の名を使えば来ると思ったから使わせて頂いただけです。彼は何も知りません」
「そ、んな」
詩騎の肩は俄かに震え、その腰まであるウエーブのかかった黒髪を揺らしていた。睫毛を震わせながらも、その黒い瞳で芦騎を睨みつける。
「そんなに怯えなくてもいいですよ。まだ何もしませんから」
「信用なりません、兄さんなんて・・・・・・!」
「酷い言われようですね。まあ、当然ですが」
くすくすと笑い、芦騎は黒い皮製のソファに腰を下ろした。
「詩騎も座ったらどうですか? ずっと立っていては疲れるでしょう」
「結構です。長居をするつもりはありませんから!」
「そうですか。まあ、慎重なのは良いことですよ。さて、私が呼び寄せた理由はいうまでもありません、私に協力し、従うことへの了承」
「何度も言っているでしょう・・・・・・私の答えは変わりません。私は兄さんに従うつもりはないのですから」
「賢くない答えだ」
芦騎は柔らかい笑みを浮かべたまま眼を細めた。
「まあ、今はその答えのままで構いませんが。いずれは、変えてみせますよ」
「変えません! ――― 話はおしまいですか? もう帰らせて貰います」
「良いですよ、また、お逢いしましょう。ああ、言っておきますが・・・・・・次は、覚悟していて下さいね、詩騎」
下唇を噛み締め、詩騎は薄っすらと怒りを浮かべた表情で部屋から出て行った。
「本当に、あの子は私を楽しませてくれる・・・・・・」
くくっ、と喉の奥を鳴らすように笑い、芦騎は口の端を歪めた。苦渋に満ちた表情をしていた妹の姿が頭に浮かぶ。
「諦めませんよ、私は・・・・・・」
不気味な笑い声が、漆黒の部屋に響いていた。
*
睦月理世は、色鮮やかな花束を墓石の前に置いた。墓石に彫られている名は、“睦月千理”。
「千理兄・・・・・・あいつが、千理兄を殺したあいつが、この町に来てるんだ」
墓石を愛おしげに撫でながら、理世は一人で喋り続ける。緩やかに風が吹き、理世の長い黒髪を浮かび上がらせた。
「敵討ち、してみせるから・・・・・・あたしが」
鎖月聖。憎き鎖月家の次期当主。そして兄を殺した少女。許さない、絶対に――― 絶対に許さない。
「次に来るときは――― わかるよね。でも、心配しないで。あたしは絶対死なないから」
――― じゃあね、千理兄。また、必ずここに来るよ。
理世はふわりと微笑んで、立ち上がった。
――― オレンジ色の花びらが一枚、風に舞った。
...第漆話に続く
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