戦う意義なんて知らない。
戦う理由なんて判らない。
戦う意味なんて見えない。
……それでも戦うのは―――、
戦場は雨
「あれ、貴方は……ヴェンタッリオの」
「あ」
ある日の昼下がりの事だった。
ヴェンタッリオのボスである蓮漣麗、そして幹部の蓮漣秦、ソルト・ヴァルヴァレス、紫俄葵の四人がそれぞれ任務に赴いていて、同じく幹部の桐城昴は暇潰しに散歩に出ていた。
そこで―――敵対マフィアであるカルコラーレファミリーの幹部の一人、同じ術士の楼上透離と出くわした。
「お久しぶりですね。散歩ですか?」
「あ、うん。暇でさー」
「奇遇ですね、私もです。任務に出ている方が多くて」
「同じ!」
にこやかに微笑みながら会話する二人。
以前出会ったときも、このように和やかに会話をした。敵対関係ではあったが、仕事中ではないので気にしない。どうも話が合う二人なのだ。
「天気が良くないね。散歩に出るときは凄く晴れていたのに」
「そうですね。そろそろ降り出すかもしれません」
「そういえばソルトが言ってたなぁ。今日から一週間、天気あんま良くないんだって」
「嫌ですね、雨は好きですが曇りは嫌いですし、雨が続くと色々困ります」
「へぇ、雨好きなの?」
「……えぇ、」
(? 何だろう、この間)
雨が好きだと答えた彼女は、苦笑混じりの笑みを浮かべた。
「―――この前、任務に出たのですが」
「え? …うん」
「簡単な任務だと思っていたのですが、意外に難しくて。梃子摺ってしまっていたんです」
澄んだ銀色の瞳が、すっと細められた。
髪よりも少し濃い、綺麗な銀色の瞳。
「私は少し怪我を負ってしまって。私は術士としての才能はあると自負しているのですが―――自惚れだと言われたらお終いですけれど」
「…そんな事、ないよ。君の幻術は凄いと思う」
「有難う御座います。それでですね、私は、術士としては強い方ですが、戦闘能力として考えるとそこまで強くありません。幹部の中では、最下位です」
それが、最初は―――悔しくて、申し訳なくて、劣等感を抱いていました。
静かに微笑んで、透離は言った。
「でも、ボスが優しい言葉を言ってくれました。だから、私は劣等感を抱くのをやめた。でも、それでもこういうピンチのときは困りました。本当に、死ぬかと思った」
「助けに、来てくれた……?」
「ええ、助けに来てくれました。私は、実のところ、戦うのがあまり得意ではありませんから、戦うこともあまり好きではないんです」
「そう、なの?」
「はい。でも、私は結局戦ってしまうんですよね。大切な人たちを護る為に。それを、今回の件で実感しました。私の戦う理由は、誰かのため」
―――貴方の戦う理由は何ですか?
黙った昴から眼を逸らし、透離は空を見上げた。
「……雨が降り出す前に帰ったほうが良さそうですね」
「―――そうだね、大雨になりそうな予感」
じゃあ、また。
昴はにっこりと微笑むと、透離に背を向けた。
―――雨はその晩から降り出した。
*
「ただいまー」
「お帰りなさい、昴さん」
笑顔の麗に迎え入れられ、昴は笑顔を返した。
「任務、お疲れ様です。怪我がないようで何より」
「うん。他の皆は?」
「秦君とソルトさんはまだ任務中で、レンさんは昴さんより一足早く帰って来ました。葵さんと二人で、トランプをしていましたよ」
「えっ、トランプ!? 僕もやりたいのに!!」
くすくすと笑う麗を恨めしげに見つめ、昴はすぐに自室へ走って着替えをし、葵とレンのいる居間へと向かった。
「あ、お帰り、昴」
「お帰り」
「ただいま。トランプ、僕も入れてよ」
「言うと思ったよ」
ソファに座ると、手札が配られるのをじっと待つ。
「そういえば、カルコラーレの術士がさ」
「え?」
急に話し出した葵に、思わず間抜けな声で返してしまう。
レンは何の話か知っているのか、無表情で手札を配っている。
「……カルコラーレの、術士?」
「そ。今日、その子と下の人たちが戦ったらしくて。結構手酷くやられたんだって。だから、次会ったら……わかるよね?」
突き刺さる言葉。
カルコラーレの術士といわれて、思い出すのは彼女しかいない。
彼女―――美しい銀髪を持つ、雨が好きだといった少女。
「楼上、透離の事……?」
「―――そういえば、昴はその子と仲が良かったね」
嘲笑じみた、葵の笑みが、酷く歪んで見えた。
*
自分の戦う理由は、わからない。
わからないけど、きっと透離と同じ。皆、同じ。
麗ちゃんも秦もソルトもレンも葵も。
誰かのために、戦っている。
「来ると、思っていました」
叩きつけるように降る雨の中で対峙する二人―――昴と透離は、酷く醒めた眼でお互いを見つめていた。
「私を殺しに来たのでしょう?」
「……違うよ」
大雨はまるで霧のように、辺りを霞ませていた。
その中で、透離が少し意外そうな顔をしたのがわかった。
「僕は、君と戦いに来たんだ」
「……なるほど、そういう事ですか」
ならば、受けて立ちましょう。
瞬間―――雨の中から、美しい歌声が聴こえ―――巨大な銀色の鳥が現れ昴を襲った。
「“幻想曲《ファンタジア》”」
「戦う意義も意味も理由もわからないよ」
それを自分の幻術で相殺し、昴は叫ぶように言う。
「僕も戦う事、好きじゃないのかもしれないって思った」
「いいえ、貴方は違います。私とは、違います」
雨の中、お互いは一切動かずに―――ただひたすら、幻だけが激しく攻防を繰り返している。
「―――私が、雨が好きな理由……“鎮魂歌《レクイエム》”」
「え? …っ!」
昴の幻術が怯んだ隙に、透離が畳み掛けるように攻撃をする。
「私の幻術の師匠が、雨とつく名前だったからです。…単純でしょう?」
「っ……そう、だね」
二人の姿が霧に紛れた。
刹那―――二つの、銃声。同時に放たれた幾つもの銃弾が、二人の身体を突き抜けていった。
「がはっ……、」
「っく…!」
雨が二人を突き刺すように、激しく降り注ぐ。
「雨は―――師匠の事を思い出して、好きだけど、辛くて、そして……痛いです」
「……」
不意に、雨の中、傷だらけの身体で外に放り出された母の姿を思い出した。
そして―――絶望で放心状態になった母の姿と、惨めにふらふらと歩いた幼い過去の僕。
「雨は……痛いね」
焼け付くような痛みと、眼に痛い赤と。
それと、遠くから聞こえる―――自分の名前を呼ぶ声。
「昴!!」
「透離!!」
ああ、来てくれた―――そう思って、昴は眼を閉じた。
「―――だから、戦うんです」
少女の美しい声が、鼓膜の底へ吸い込まれた気がした。
END
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Love:小説、漫画、和服、鎖骨、手、僕っ子、日本刀、銃、戦闘、シリアス、友情
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