第壱話...某月某日
――― 金色の鋭い眼が、暗い路地に浮かんだ。
「ひっ・・・・・・や、嫌だァァァ!!!」
容赦なく、鋭い煌きを見せて刀が振り下ろされる。
少女は一滴も返り血を浴びていなかった。人形のように整った容貌には、どす黒い笑みが浮かんでいる。
「はっ」
嘲るような乾いた笑いを響かせ、少女は路地から去っていった。
*
――― 時は2766年。武術、魔術、特殊能力の蔓延る戦乱の国。
その国の第二の首都とも言われるほど大きく繁栄した町、壱之町。その東部に位置する一軒の宿に、とある二人は昨日から宿泊していた。
「桜がもう散りかけているよ、世賭」
窓の桟に手を置いて、翠は静かな声で世賭に言った。世賭は自分の髪を結わえながら、窓の外を見やる。
「もう四月も終わりだからな」
「まだ二十二日だよ」
「あと八日も経てば五月だ」
部屋の襖を開けると大きな円形の窓があり、その窓からはいくつもの桜の木が見える。四月の下旬ともなれば、もうほとんど葉桜と化していた。
「そうか、今日は四月二十二日か・・・・・・」
「? 何かあるの?」
世賭の澄んだオッドアイが曇る。
「いや、何もない―――」
――― アリカの死から約一年が経った。裏社会に君臨し、裏で国を統べていた元皇帝で、そして仲間であったアリカ。皇帝の詳細は誰も知らない。アリカが出逢う以前何を見て、何をしてきたのかも知らない。だが、そんなことは関係なく、アリカは二人の仲間だった。大切な、大切な仲間だった。
そして二人はあの地を離れ、また旅をしている。忘れたかったからじゃなく、ただ離れたかったのだ。
――― それと同時にあのときから、世賭は密かに引っ掛かりを感じていた。何か忘れているような、“違和感”。今日になって、その“違和感”が更に大きくなった。
(僕は何を忘れている・・・・・・?)
「今日は天気も良いし、出かけようか?」
翠がにこりと微笑んでそう言った。世賭は小さく頷く。
「決まりだね。朝御飯を食べたら、行こう」
顔を洗ってくるよ、と翠が言って、世賭から離れた。
(この壱之町で、“違和感”の正体がわかるだろうか・・・・・・)
髪を結わえ終わった世賭は、静かに立ち上がった。
*
この数ヶ月、世賭の様子が若干おかしいことに、翠は気づいていた。当たり前だ、もう十年も一緒にいる。少しの変化でも気付くことが出来る。
だがその理由はわからなかったし、聞く気も毛頭なかった。否、聞けなかったのだ――― 恐ろしくて。
「第二の首都と言われるだけあって、ほんとに広いね」
「そうだな」
壱之町の中央部に位置する市場にまで、二人は足を伸ばしていた。ざわめく市場、その人の多さに圧倒される。
「北部は政府や小組織が管理しているビルが立ち並んで、近代的かつ都会的だけど、中央部と東部は和風的で華やかだね。西部と南部は西洋風らしいよ」
翠の説明を、世賭は黙って聞いている。
(何故僕は世賭に聞かない?)
市場を見ながら、自問自答を繰り返す。
(気づいているのに、どうして言わない? 何かあったの、と)
「あの果物、美味しそうだね」
「ああ」
(聞いても世賭が話してくれないだろうと思っているから? それが怖いのか?)
「違う―――」
「え?」
「ううん、何でもないよ」
(違う、怖いけどそれが怖いんじゃない)
ふ、と翠の足が止まった。訝しげに世賭が翠の顔を見つめる。
(僕は、世賭に出会う前の世賭のことを何も知らない。もしこの様子がおかしい理由にそれが関わっていたとしたら、僕はどうすれば良いのかわからない。出会う前の世賭のことを、僕は聞きたくないんだ)
「翠?」
「――― ごめん、ちょっと考え事・・・・・・気にしないで」
また、ゆっくりと歩き出す。
(何かが崩れていく)
――― この、町で。
...第弐話に続く
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