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せんそうとへいわ
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第四話

 


 リゼルとリデルの件から数日後。四月ももう終わりに近づいていた。


「お早う、世賭、翠」


「全然お早う、の時間じゃないけどな」


 既に昼と呼ぶ時間帯に突入した頃、アリカがようやく起き出し居間へと姿を見せた。彼女の起床時間はいつも三人の中で一番遅く、しかも寝起きは機嫌が悪いのか、起床してから三十分以上経たないと階下に降りてこない。


「今日は、聖パスハ祭だよ!」


「・・・パスハ?」


 祭がつくということは、御祭りか何かだろうか。


「なんか昔いた神様が復活したことをお祝いするお祭り。聖オステルン祭とか聖エオストレ祭とか呼び名があるんだけど、一番正しい呼び方は復活祭(イースター)かな。まあ、そんなことはどうでもいいのよ! とにかく行こうよ、お祭り」


「良いですね、楽しそうですし」


「まあ、暇だから良いか」


 世賭と翠が頷きあったのを見て、アリカはにっこりと微笑んだ。


「それじゃあ早速、服を新調しに行こう!」



 「なんでわざわざ服を買いに行くんだ? いつもと違う服を着る、というのならあるもので良いだろ」


「そうじゃないんだって! 聖パスハ祭では、服を新調して、帽子とかに花を飾って出かける風習があるの!」


 面倒くさげな世賭にそう説明しながら、アリカはさっさと出かける支度をしている。翠も同様だ。


「別に、そんなしきたりにわざわざ従わなくても良いだろ・・・」


「じゃあ、花ぐらいは買おうよ。それぐらい、良いでしょう?」


「買っても良いが、僕は身に付けないぞ」


「・・・まあ、いいよ、それでも。私が帽子につけるから!」


 そう言うと、アリカは玄関へ行き、いつも通り紅い靴を履いた。


「楽しみだなぁ、お祭り! 去年は忙しくて行けなかったんだよね」


 いつもよりも人通りが多く、賑やかな首都を巡りながら、アリカが呟く。首都全体がお祭り会場だ。


「そうなんですか。じゃあ、良かったですね」


 翠は無理矢理笑いを見せた。世賭はそれほど気にしていないようだが、翠はあのリゼルの件が気になっていた。


(アリカちゃんの影が広がって、リゼルを包み込み消してしまった・・・アリカちゃんの周りだけが暗黒に切り取られたようになっていた・・・)


 だが、聞くことは出来なかった。アリカは既に、翠にとって大切な仲間だ。アリカが気に病むようなことはしたくない。もしかすると、あれこそが彼女が《暗黒のアリス》と呼ばれる理由かもしれない。そうであるならば、余計聞くことは許されない。彼女は、《暗黒のアリス》などと呼ばれるのを嫌がっているのだ。それに関わる話は、避けたいだろう。


 翠がそう思っていたとき、アリカが素っ頓狂な声を上げた。


「ああっ!!」


「あ、アリカちゃん?」


 アリカの視線を辿ると、そこには兎や卵をモチーフにした小物や、水仙や百合などの花が置いてある露店(ブース)があった。


「さいこーっ! 聖パスハ祭の良いところは露店が沢山あるところだよねっ!」


 そう言うが早いか、アリカは露店に向かって走っていった。


「うーん・・・女の子ですね」


 翠は穏やかな微笑を浮かべてアリカの後姿を見つめている。


「お前もだろ」


「そんなこと言ったら世賭、キミだっ―――


「世賭、翠、これ貴方たちにプレゼントしてあげるー!」


 アリカは翠の言葉を遮り、購入したらしい兎や卵がモチーフの小物を手渡した。


「有難う御座います、アリカちゃん」


「有難う」


「よっし、じゃあどんどん行くよ! お菓子とかも一杯売ってるんだから!」


 アリカは満面の笑みで、歩き出した。



 「リゼルとリデルの死亡確認は出来たのか?」


「リデルは確認出来たよ。アリスのアジトの庭に埋められていた。ただ、リゼルの遺体は発見出来なかったけど」


「そうか、ならもういい。きっとアリスが喰ったんだろう」


「喰った、ねえ・・・」


「アリスと共に居る二人の詳細、調べたのでしょう? 言わなくて良いんですか?」


「あ、そうだった。一人はあの凍城(とうじょう)の生き残り、凍城翠。その凍城翠の幼馴染の世賭。世賭のほうは《鬼刀の世賭》とか呼ばれているらしいんだけど、詳しいことはさっぱりわからなかった。まるで誰かが世賭の情報を漏らさないようにしているみたいでね、全然情報が掴めなかったよ」


「誰かが・・・。まあ、それだけわかれば十分だ。アリスも良い人材を手に入れたな。凍城の生き残りに《鬼刀の世賭》を手駒にするとは」


「手駒、ねえ。随分と仲良しになってるみたいだけど?」


「それも彼女の策なのでは? 彼女はもう、自分の手で戦う意思はないのですから、自分に味方する強い者を手に入れておく必要がありますし」


「戦う意思はない、か。私たちと戦うこととなったとき、果たしてそんなことを言うのかどうか・・・楽しみだな」


「・・・?」


「気にするな。そうだ、アリスのところに“蜜鏡”たちを派遣しろ。どういうメッセージか、アリスならわかる筈だ。凍城にも、な・・・」


「わかりました。“蜜鏡”、ですね。すぐにでも向かわせます・・・言葉のとおり、すぐに(・・・)


 ――― 暗黒の中で、誰かが嗤った。


 
 首都の象徴であり、政府の拠地。そして、《絶対権力者》である皇帝が居ると噂されている、首都の中心に聳え立つ(ビル)・・・別名、《絶対帝國(キングダム)》。


 その(ビル)に向かうようにして、アリカたち三人は歩いていた。


「いつもは一般ピープルが入れない《絶対帝國(キングダム)》だけど、今日だけは特別。(ビル)の一階で仮面舞踏会が開かれているの。私は行ったことないけど、誰でも自由参加出来るパーティーらしいんだ。参加してみる?」


「僕はどっちでも良いですけど・・・どうします?」


「・・・面倒だから、僕はいい」


 言葉のとおり、世賭は明らかに面倒くさそうな顔をしていた。翠は思わず苦笑する。


「そっか、じゃあ別にいいか。まあ、どちらにせよここらを一周するには(ビル)の前を通らなくちゃいけないから、少し覗く程度にしておこう。皆着飾っちゃって、眼の保養になるよ!」


「どこのオヤジですかアリカちゃん」


 アリカはにこにこと軽やかに歩きながら、徐々に塔へと近付いて行く。華やかな音楽が、微かに聞こえてきた。


「あれ?」


「どうした?」


 アリカがふと足を止めた。世賭が尋ねるのに対し、無言で正面を指差す。


 アリカが指差した先には、塔から走り去ろうとしている少女の姿があった。数秒の間もなく、後ろから追うように、劈くような悲鳴が聞こえた。そして――― 微かに聞こえた、ぴちゃり、という音。


「アリカちゃん、今の・・・!」


「行こう」


 アリカは一気に駆け出した。世賭と翠も、その後を追う。


「・・・ッ!」


 ――― (ビル)の中。舞踏会場であるはずだったそこは、血の海と化していた。


「こんな・・・酷い」


 アリカは冷静に辺りを見回すと、ゆっくりと死体を踏まないように足を進めた。そして、中央に置かれた大きいテーブルを覗き込んだ。


「・・・やっぱりね、気配がした」


「・・・アリカ?」


 訝しげに聞く世賭に向かって、アリカは薄く微笑んだ。


「生きてる、人がいる」


 アリカが覗いたテーブルの下。重なり合うようにして、二人の少年が倒れていた。ゆっくりと胸が上下しているのを見ると、どうやら気絶をしているらしい。


「とりあえず、家に運ぼう。怪我、してるかもしれないし・・・状況を聞けるかも」


「そうですね」


 翠は少年をテーブルの下から出すと、静かに抱き上げた。


 
(
・・・あれ?)


 少年の顔を見て、翠は僅かな違和感を覚えた。同じく少年を抱き上げた世賭を横目で見やると、世賭も訝しげな表情で、まじまじと少年の顔を見つめている。


――― どうしたの? 二人とも」


 世賭と翠の様子がおかしいことに気付いたのか、アリカが二人の傍に寄る。そして、少しだけ眼を丸くした。


「この二人・・・」


 二人の少年の顔は、瓜二つだった。だが、違和感を覚えたのはそこではない。



「なんだか、翠に似てない?」

 
 二人の少年は、翠に面影の似た穏やかな表情をしていた。




...第四話後編に続く

 

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第三話

 


 「くっ・・・」


 水の剣で翠は家の壁に叩きつけられた。リデルはくすくすと翠を嘲り笑い、水の剣を鞭のようにうねらせ、構える。


「大口叩いていたわりには弱いわねぇ・・・」


「お喋りは禁物ですよ」


「!」


 いつの間にか、翠の剣がリデルの腕に突き刺さっていた。眼にも留まらぬ速さ、痛みを一瞬でも感じさせない攻撃。


「貴女・・・」


「こんな攻撃にも気付かないだなんて、大したこと無いんですね・・・致命傷にもならないような攻撃だというのに」


「・・・その減らず口、黙らせてあげる・・・!」


「舐められたものですね、僕も」


 翠は勢い良く、リデルの腕から剣を抜き取った。


「ぐぁ・・・っ!」


「気味の悪い不気味な魔物でも、痛みを感じるんですね・・・意外です」


「っ・・・その言葉、聞き捨てなら無いわね・・・!」


 リデルは一瞬のうちに間合いを取り、水の剣を翠に向かって叩き付けた。翠は即座に腰を屈め、思いっきり地を蹴り木に飛び移った。


「なぁに・・・かくれんぼでもするつもりぃ?」


「何を莫迦なことを。お遊戯なんて僕はやりませんよ」


 そのとき、リデルは気付いた。今の言葉、今の声。翠が飛び移った筈の木からはしなかった。もっと近く、もっと自分と近距離から・・・別の場所から、声がした。


「どういうこと・・・」


「こういうことですよ」


 真後ろ。確かに、翠の声が、真後ろから。


「!?」


 不敵な笑みを浮かべた翠が、リデルの真後ろで剣を構えていた。


「さようなら、気味の悪い魔物さん」

 
 ――― 地に紅い華が飛び散った。


 「リデル!?」


 紅い血を吹き出し倒れたリデルを見て、リゼルは悲鳴に近い声を上げた。


「余所見をするな、魔物。敵に背を見せるとは、何事だ」


 世賭の冷たい声を浴びて、リゼルはきっ、と世賭を睨み付けた。


「睨む相手を間違っている。お前が睨むべき相手は翠だろう?」


「ちょっと世賭、酷いこと言わないでくれる?」


「事実を言ったまでだ」


 水色の髪が逆立ち、烈しい怒りのオーラを放ち出したリゼルを見て、翠は口を閉ざした。


「貴様ら・・・絶対、許さない・・・!!」


「へえ。まさかこんな不利な状態でそんなことを言うとは思わなかった。なあ、アリカ?」


 ――― アリカ? まさか、そんな。


「な、なん・・・で・・・気配も、何も・・・!」


 リゼルの後ろに、アリカがにっこりと微笑んで立っていた。


「そうね。3対1っていう不利な状況なのにね」


「いつの間に・・・っ!?」


 リゼルは青褪めた顔で呟く。全く、気配に気付かなかった。いつの間に家の中から自分の真後ろに移動したのだろう。信じられない。


「最初から言っていますけど・・・もうおわかりになったでしょう? 貴女に勝ち目はありません」


「私たちに勝てるだなんて思わないほうが良いよぉ?」


 翠が冷たい声で言い放つのに対し、アリカはふざけているようだった。そんな様子も、リゼルにとっては畏怖する対象でしかならない。


「もう殺してしまっても良いんじゃないか? 死にたがっているようだし」


「し、死にたがってなんか・・・」


「馬鹿だな。僕らを相手にしたときから、もう既にお前の死は決まっていた。だがお前らは逃げなかった自殺を試みていたようなものだ」


 リゼルは身体をがくがくと震わせ、血の気の無い唇がかすかに動かせた。


「た、たすけ・・・」


「誰が助けるのかなぁ? 貴女の片割れはもう殺されちゃったし、貴女が仕えている“(ひじり)”たちは、仕えないものは捨てちゃうし。貴女を助ける人なんてもういないよ? もしこのまま貴女が殺されないで帰ったとしても、“聖”たちに殺されちゃうだろうし」


 ――― “聖”。


 世賭はその名に、何か引っかかるものを感じた。何だろう、どこかで聞いたことがあるような。だが、思い出せない。


「主様、は・・・そ、そんなことしな・・・い・・・」


「するよ。“聖”たちはそういう奴等だもん」


 リゼルの震えは徐々に増していた。痛々しいほどに顔を青褪め、肌には血の気が無い。そんなリゼルを嘲るような目つきで見ていたアリカが、刹那、暗黒を醸し出す恐ろしい表情へと豹変した。


お前はあたしに殺される


 空に浮かぶ灰色の雲を吹き飛ばすかのような風が吹き、世賭と翠の髪を攫った。だが、アリカの髪だけは一切揺れ動いていない。まるで、アリカだけが世界から切り離されたかのように。


 世賭と翠は、豹変したアリカの表情を見て、静かに唾を呑み込んだ。


お前はもう、あたしの餌だ


「ひィ・・・っ・・・」


 アリカの瞳は、いつにもまして深みを帯びていた。この世の影を全て吸い取るような、深紅。


さあ、あたしに身体を委ねろ


 世界から切り離されたかのような暗黒の空間。アリカの影が大きく揺らめき、広がり、リゼルを覆った。


「いや、ああああああッ!!!」


 影はリゼルを覆いつくし、絶叫までも包み込んだ。


世賭と翠は、ただそれを見つめるばかりで動くことが出来ない。


くくっ・・・ご馳走様

アリカの影が消え去った後。そこにリゼルの姿は、無かった。


その後。アリカの表情に、あの暗黒はすっかり無くなっていた。


 世賭と翠は、あのときのことについて何も聞かなかった。否、聞けなかった・・・というほうが当たっているかもしれない。


「アリカ・・・」


「なあに?」


「いや、なんでもない」


 世賭が引っ掛かりを感じた“聖”についてもまた、聞くことは出来なかった。


―――
でも、聞かなくても、いずれはわかるだろう。


 その“聖”とやらが、アリカを狙う敵に違いないのだから。いずれ、そのときが来たら――― 知ることになるだろう、と。そう思ったのだ。


「ははっ・・・」


 アリカは一人で、家の外に出た。灰色の雲は消え去り、見事に青空が広がっている。


「“聖”たち、リゼルとリデルのこと、一応調べているんだろうな。実力はまあまあだったから、惜しい人材だっただろうし」


 だが、所詮雑魚は雑魚だ。


「もう、次の策を練ってるかも」


 アリカはある地点で足を止めた。そしてゆっくりとしゃがみ込むと、地面を柔らかく撫でた。他よりも、少しだけ盛り上がっている地面を。


「“聖”たちなんかに縛られないで、ゆっくりお休み」


 アリカは小さな笑みを浮かべると、もう一度優しく地面を撫でて、家の中へと入った。




...第四話に続く

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第二話

 

「立派な家ですね・・・」


「ここに一人で暮らしているのか?」


 首都の外れに位置するとある一区に、一軒の家がある。その家の前に、アリカ、世賭、翠はいた。


「そうよ。別に普通だと思うけど?」


 アリカは平然とした顔で鍵を取り出し、玄関の戸を開ける。


 あの後、世賭と翠は流されるようにアリカの家へ住むこととなった。確かに宿を探していたのは事実であり、有難いことではあった。


「部屋は足りるのか?」


「勿論よ。沢山あるから大丈夫」


 にっこりと微笑み、アリカは家の中へと入った。


「どうぞ」


「え、っと、お邪魔します」


 家の中は若干、気にならない程度に薄暗かった。アリカは電気をつけず、さっさと居間へ移動する。


「少し薄暗いですね・・・」


「ああ、私あんまり光が好きじゃないから。日当たりが悪いようになってるの、この部屋。私、夜行性みたいな感じだし」


「夜行性・・・」


 まだ十代半ばであろう少女が、夜行性。翠は少し眉を顰めた。


「別におかしくはないだろう。《暗黒のアリス》、なんて異名を持つぐらいだし・・・―――


 そのとき、アリカが纏う雰囲気が一転した。


あたしを《暗黒のアリス》と呼ぶのはやめろ


 恐ろしい形相で、世賭を睨みつけているアリカを見て、翠は思わず息を呑んだ。薄暗い家の中で、今のアリカは一際暗く見えた。


二つ名で、異名であたしを呼ぶな


「・・・へぇ」


 アリカの雰囲気が攻撃的なものへと変化しているのにも関わらず、世賭はいつも通りのポーカーフェイスでアリカを見つめている。その表情に恐怖や怯えと言ったものはなく、翠は慌てた。


「や、やめよう世賭。アリカちゃんが嫌がっているんだから」


 その言葉を聞き、アリカから発せられる暗黒が消え失せた。


「大丈夫、ですか?」


 アリカが俯きしゃがみ込んだのを見て、翠は優しく肩に触れた。だが、アリカはその手から逃げるように、身体をよじった。


「アリカちゃん・・・」


「ごめんなさい。私、二つ名で呼ばれるのが好きじゃないの。世間から外されて、一人になってしまったような気がするから。私だけが世界から除け者にされているみたいで、私だけが人間じゃないみたいで。私は一人になりたくないの、だから異名で私を呼ばないで」


 大量の二つ名。最強の称号。それはきっと、アリカには重過ぎるのだろう。


――― だったら、もう一人ではありませんね」


「え・・・?」


 ゆっくりと顔を上げると、翠が温かい笑顔でアリカを見ていた。


「僕たちが居ますから」


「翠の言うとおりだ。それと、家に泊めさせて貰っている以上、して欲しいことは出来る限り答えるように努めるつもりだからな」


 世賭もいつになく優しい声で、そう言った。


「っ・・・あり、がとう」


アリカはにっこりと微笑んだ。


 世賭と翠が、アリカの家に泊まることとなってから早一週間。三人は暇を持て余していた。


「暇過ぎ! 誰か死んでも良い奴来ないかな。そしたら生き埋めして、空気穴を開けておいて、そこから水を入れて溺死させて―――


「いい加減にしてくれ。もっと上手い残酷な殺し方を想像しろ」


「世賭もいい加減にしてくれないかな」


 翠は読んでいた本から顔を上げ、だらしなくソファに寝そべっている世賭とアリカを見やった。その表情は明らかに呆れ以外の何物でもない。


「その手の話はもう十分です。腹黒い話は止めて下さい」


 それを聞き、世賭は不服そうな表情で翠を見た。ソファに寝そべっていたせいで、ぼさぼさになった髪を適当に撫で付けている。


「お前だって十分腹黒いくせに、何を言う」


「僕のどこが腹黒いのかな?」


「自覚することって大切だよ、翠さん」


 先程の翠と同じ呆れ顔でアリカは言った。一向にだらけた様子から立ち直る気配は無い。


「あ、呼び捨てで良いですよ、アリカちゃん」


「それはいいけど・・・翠だって敬語じゃない」


「これは癖みたいなものです。まあ、世賭には敬語じゃありませんけど・・・。ね、世賭」


「何が『ね』、だ。可愛い子ぶるな、この腹黒僕っ子が」


 世賭は眉を顰め、ぐったりとまたソファになだれかかる。小さくため息をつき、そしてふ、と窓の外を見た。


「・・・ん・・・?」


「? どうしたんですか、世賭?」


「いや・・・何でもない」


 ただならぬ戦機が、訪れようとしていた。



 「ふふ、見ぃつけたぁ・・・」


「主様のご命令・・・」


「楽しませてくれるかしらぁ」


「ふふふ、それじゃあ・・・」


「行きましょうか」


 妖しい二つの人影が、動いた。



 世賭が不意に立ち上がり、壁に立てかけていた刀を手にした。


――― 来た」


 乱れていた髪を解き結びなおすと、世賭は勢い良く扉を開けて家から出て行った。その様子を見て、翠は珍しく無表情に呟く。


「面倒なことが起きそうですね」


「もう、起きてるわよ」


 ここは、世賭に任せてみましょうか。そう、翠は言った。


「え・・・良いの?」


「大丈夫ですよ。世賭ならね」


一方、世賭は眼を鋭く光らせて、虚空を睨みつけていた。


「誰だ」


「あらぁ」


「バレたみたぁい」


「甘ちゃんかと思ったのにぃ」


 ばしゅっ、と鋭い水の音がして、世賭の頬にかすかな痛みが襲った。


「水・・・?」


 ゆっくりと頬に手をやると、指に深紅の血が付着した。どうやら、水で切られたらしい。


「へぇ」


「驚かないのねぇ・・・」


「まあ、良いわ」


 先程と同じく、またばしゅっという水の音。


「同じ手に二度も引っかかったりはしない」


 世賭はほんの数ミリ、身体を捻らせた。水は勢いを失くし、地面に滴となって落ちる。


 刹那、世賭は眼にも留まらぬ速さで抜刀し、何かを斬り落とした。


「っ・・・!?」


 声がした方向に木があった。その木の枝が、すぱっと見事に斬れている。ぱらり、と何か水色の物体が、木から落ちた。


 水色の長い髪。髪が落ちたと同時に、小さな舌打ちが聞こえた。


「そこに二人隠れているのはわかっている」


――― なかなか楽しませてくれそうねぇ・・・」


「やっぱり主様は最高だわぁ・・・」


「主様?」


 世賭の呟きを無視し、二人の女が木から飛び降りた。短髪の女と長髪の女。二人とも、瓜二つだった。


「双子か」


 瓜二つの女は、妖しげににこりと微笑んだ。


「私はリデル。そしてこっちはリゼル」


 短髪の女がそう言った。二人とも、同じ形の透き通った鞭を手にしていた。


「世賭・・・援助が必要かな?」


「・・・したいのなら」


 いつの間にか翠が世賭の後ろに立っていた。ちらりと家の窓を見やると、アリカが不敵な笑みを浮かべてこちらを見ている。


 ――― 傍観者のつもりか。


 それでも構わない、と世賭は思った。一人でも楽勝だが、翠と二人なのだ・・・勝算はこっちにある。


「これで2対2になったわねぇ・・・」


「これで、平等だわぁ」


「私たちが勝ったら・・・主様のご要望・・・」


「アリカって女の子を引き渡して貰うわよぉ」


「・・・上等だ」


 リデルと名乗った短髪の女は、世賭には眼もくれず翠に向かって走り、鞭を構えた。水色の短い髪が揺れ、翠に顔を寄せる。


「私は貴女のお相手をするわぁ」


 一方、残ったリゼルは世賭に向かって、水色の長い髪を投げた。


「何だ」


「さっき貴方に斬られた髪よぉ・・・? 大切にして頂戴」


「誰がこんな塵を」


 それ聞いて、リゼルはうふふと楽しそうに笑った。世賭は軽蔑の眼でリゼルを見やっている。


「貴方、知ってるわぁ・・・《鬼刀の世賭》なんて呼ばれてるんでしょう・・・?」


「・・・」


「知ってるぅ・・・? 私たちは《水星の魔女》って呼ばれているのよ・・・」


「水が星のように煌き飛んで・・・」


「その身を突き刺すの・・・」


「さっき鞭って言ったけど・・・」


「これは剣なのよ・・・」


「水の剣・・・それを星のように使って殺す魔女・・・」


「それが私たちなのよ・・・」


 離れたところに居ても、阿吽の呼吸で言葉を続け、不気味に微笑むリデルとリゼル。世賭は眉をしかめた。


「私たちはハーフなのお・・・」


「人間と・・・」


「魔物の・・・」


 翠の表情が、薄ら笑いに変わった。


「そうでしたか。道理でやけに不気味な方たちだと思いましたよ・・・」


「何ですって・・・?」


 いきなり表情を豹変させ、翠を睨みつける双子。翠は平然と笑みを浮かべている。


「何度でも言ってあげますよ。その不気味な顔を太陽の下に晒さないで貰いたいですね。吐き気がします」


「だったら・・・」


「殺してあげましょうか?」


「そうしたら・・・」


「私たちを見ることも」


「出来なくなるでしょう・・・?」


 世賭は静かな声で呟いた。


殺し合いのパーティーでも始めるか



...第三話に続く

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第一話

 

裏社会に君臨する、《絶対権力者》と謳われる皇帝というものが存在する。その皇帝が居ると噂される、政府の拠地の(ビル)


その塔がある首都の市場で、一人の少女が走っていた。


 少女はわき目も振らず、ただひたすらに走り続けていた。黒髪は乱れ、眼にも鮮やかな紅いシルクハットは地面に転げ落ちる。その少女の後ろから、黒い人影が迫っていた。


「はぁ、はぁ・・・」


 走っても走っても、追いかけて来る黒い影。少女はシルクハットと同色のエプロンドレスを翻し、延々と走り続けていた。


「くっ・・・」


 もう駄目だ。少女の腕を、黒い人影が掴む。と、そのときだった。


――― 走って!」


 黒い人影ではない、誰かの腕が、少女の左手を掴み細い路地へと引っ張った。咄嗟のことに、少女はされるがままに路地に転がり込んだ。


「大丈夫ですか? お嬢さん」


 少女の腕を掴んだ者は、一瞬少年にも見紛う(かんばせ)に、柔らかい微笑を浮かべていたそしていつの間に拾ったのか、落としたシルクハットを少女の頭に優しく被せた。


「僕は(すい)と言います。怪しい人間ではないので、安心して下さい。どこか怪我はありませんか?」


「大丈夫・・・有難う。あの、黒い奴等は・・・?」


「もう、大丈夫だと思いますよ。見て御覧」


 恐る恐る、少女が路地から顔を出すと、一人の青年が刀を手に立っていた。その周りに、少女を追いかけていた奴等が倒れ臥している。


 青年は静かに刀を鞘に納めると、顔をこちらに向けた。蒼と紅の瞳が鋭く光る。


「弱かったな」


 冷たい表情を浮かべて、青年がこちらに向かってきた。どうやら、翠と名乗った少女の仲間らしい。


「いつも通り、お見事」


 翠が青年に、にこりと微笑みかける。先程からその笑みは、全く崩れていなかった。


「何があったのかは知りませんが、無事で何よりです」


「あ、うん・・・本当に、有難う。助かった」


「それは良かった」


 翠が笑みを崩さないのに対し、青年は眼を細めて少女を見ている。その表情からは先程の冷たさは消え失せ、単なる好奇心のようであった。


「・・・紅いシルクハットに紅いエプロンドレス・・・紅い少女・・・深紅の魔女・・・?」


世賭(せと)?」


 どうやらこの青年は世賭と言うらしい。


世賭はやがて、思い出したかのように口を開いた。


「お前、《暗黒のアリス》じゃないか?」


「・・・え?」


 そうだ、と世賭は頷く。少女の表情に翳りが見え出したことには気付かず、彼は話を続ける。


「僕も詳しくは知らない。紅いシルクハットに紅いエプロンドレスを身に纏う、最強の少女。二つ名が大量にあって、《暗黒のアリス》に留まらず《下剋上のアリス》や《千年魔術師》、《最強君主》、《深紅の魔女(スカーレット・ウィッチ)暗黒の女王(ダーカーオブクイーン)》、《血染めのアリス》と様々。とにかく最強だって噂だ」


 そんな少女が何故、ここに。しかも何故奴等に追われていたのか。


「何故、戦わなかった? 最強と謳われる存在のお前が」


 少女は深紅の瞳を妖しく光らせ、自嘲するかのような笑みを浮かべた。


――― 時は2765年。表社会という平和な世界とは真逆に存在する、何もかも“在り得る”世界である裏社会。その裏社会に君臨する《絶対権力者》の皇帝。その皇帝の座を狙う裏社会の者たち。刀や剣をぶら下げている貴方たちは、裏社会の者ね。それならば知っているはず。今、裏社会の風潮が何と呼ばれているか」


 現在の裏社会の風潮――― 《第二の下剋上》。下位の者が上位の者の地位や権力をおかす風潮。


「私は強い。だけど皇帝の座なんていらないの。そんな人間は、今の裏社会では邪魔だってことぐらい、わかるでしょ? だから私は戦わない。そう、決めているの」


――― 邪魔な存在は邪魔者として引っ込んでいよう、とは見上げた精神だ」


 世賭が小さくふっ、と笑い、少女を見据えた。翠もまた笑顔を一切崩さない。


「分別ある人間なんですね、お嬢さん。感心しました」


「え・・・えっと・・・?」


「お名前、何と言うのですか?」


 少女は困惑しつつも、アリカ、と名乗った。


「アリカちゃん、ですか。では、家まで送りますね。方角はどちらでしょう?」


「え、あの・・・今の話聞いて、何も思わないの・・・? 恐がったりとか、莫迦にしたりとか・・・それに、家まで送るなんて危ないよ?」


 途端に世賭と翠は同時にくっ、と喉を鳴らし吹き出した。困惑するアリカを余所に、翠は柔らかい笑みを浮かべてアリカの頭に手を載せる。世賭は薄い笑みを浮かべて、とん、と路地の壁に背中を預けた。


「何も思わない。お前が言っただろう、裏社会というのは何でも“在り得る”世界だ。何を今更、だ」


「危ないのも承知ですよ。今の裏社会は強い奴を見つけたら潰す。それに加えて、貴女は狙われている。その狙っている者に僕らは眼をつけられたでしょうね。でもそんなこと僕らには関係ないんです」


「つまりは―――


―――
そんなものも全て、どうでもいいってことだ。

「っ、くく・・・」


「?」


 アリカは紅いシルクハットを目元まで下げ、身体を震わせた。


「あははははッ!」


「あ、アリカちゃん?」


「あははッ、気に入ったぁ・・・気に入ったよ!」


 空気が一瞬にして変わり、アリカはシルクハットを元の位置に戻し、ぎゅっ、と世賭と翠の手を握り締めた。その様子の変わりように、世賭と翠は呆気に取られてアリカを見つめる。


「そうだ、貴方たち旅人なんだよね? ということは、宿が必要ってことだ!」


「え、ああ・・・まあ」



――――――― ねえ、私のうちに来ない?


 ――― 瞬間、世界は真逆の方向へと動き出した。


...第二話に続く

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‡...登場人物...‡

アリカ ♀ 年齢不詳(見た目14歳程度)
 性格:勝気で明るく、天真爛漫。だがかなり腹黒く毒舌。冷めた面もあるが、仲間思い。
 容姿:漆黒長髪に深紅の瞳。色白。身長152cm、体重41kg。紅いシルクハットに紅いエプロンドレス。
 詳細:最も謎が多い。戦闘能力は神級以上。武器は銃や剣。魔術も使える。誕生日は2月14日。


世賭/Seto ♂ 17歳(数え年で18歳)
 性格:冷静かつ真面目で好戦的だが、少々短気かつ天然な面もある。非常に仲間思い。
 容姿:藍色の長髪でポニテ。右・蒼、左・紅のオッドアイ。中性的な顔立ち。身長177cm、体重57kg。
 詳細:翠とは10年来の仲の幼馴染。戦闘能力は高く、武器は日本刀。誕生日は12月27日。


凍城 翠/Sui Touzyou ♀ 17歳(数え年で18歳)
 性格:優しく穏やかで温厚、丁寧かつ聡明だが芯は強い。少々腹黒い面もある。一人称は僕で常に敬語。
 容姿:焦げ茶の短髪。眼は蒼。中性的な顔立ちでよく少年に間違えられる。身長166cm、体重48kg。
 詳細:頭脳明晰。戦闘能力は世賭よりも低いが、かなり強い。武器は剣。誕生日は9月26日。

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