第弐話...淡々遊戯
――― 仄かに紅い月が見えた。
「血の匂いがするわ」
「・・・・・・返り血は浴びてないけど。まあ、身体に染み込んでいるだろうから当たり前だ」
紅い月の光に照らされ、少女の陶器のように白い肌が浮かび上がる。
「――― あの世賭君がやって来たそうよ・・・そして凍城家の生き残り、凍城翠も」
「・・・・・・」
「それに睦月のお嬢さんと黒宮のお二人さんもね。四大名家が勢揃いだわ」
「・・・・・・四大名家、か」
少女の苦々しい反応を楽しむかのように、女は笑う。
「――― 役者は揃ったわ。愉快な悲劇の始まりね」
*
宿で夕飯を食べ、世賭と翠は部屋へ戻った。
「見て、月が紅い」
「凄いな」
丸い窓から見える、仄かに紅い月。いつもより大きく見えた。
「先にお風呂、入って来て良いかな?」
「どうぞ。僕はちょっと散歩にでも出る」
「わかった」
一応愛用の刀を手に取り、世賭はまた部屋を出た。長い長い、廊下。
「本当に凄いな」
月はまだ紅かった。太陽よりもそれは、存在感があった。
(北部に、行ってみようか)
政府や小組織が管理しているビルが立ち並んで、近代的かつ都会的。そう、翠は言っていた。西洋風の北部や東部より、都会的だという北部のほうが見たい。
四月の下旬にしては、少し肌寒かった。
「だいぶ・・・・・・歩いたな」
薄汚れた標識があった。
“North Street⇒”
もう、周りは高層ビルだらけだった。色で表せば黒と銀の町。
・・・・・・また、あの“違和感”が世賭を襲う。
「っ・・・・・・!」
一瞬。背筋が凍るような、そんな鳥肌が立った。それと同時に、嗅ぎ慣れたあの匂いも。
「血の匂い・・・・・・!?」
眼を走らせる。人影は無い。
(どこだ、どこから血の匂いがする? どこから“違和感”が来ているんだ?)
辺りを見回しながら、真っ直ぐ歩く。血の匂いが徐々に強まっているのがわかった。
――― 細い路地裏が見えた。
(ここだ・・・・・・っ!)
ばっ、と世賭は路地裏を覗き込む。
「!?」
月光に照らされて、大量の血が輝いていた。その血に塗れた、大量の死体が倒れている。そしてもう一人――― 血と死体の海に立っている、黒髪の少女。そして、少女の右手には、鋭く光る日本刀。
「―――君が・・・殺したのか?」
「ああ、そうだ。私が殺したよ」
少女は刀を鞘に納め、振り返った。
振り返り、その顔が、世賭に、向けられ――― た。
「な・・・・・・ま、さか・・・そんな筈」
「はっ、」
頭の中がスパークした。
(知っている、僕は知っているこの少女を)
フラッシュバック。幼いあの頃。幼い少女。幼い姉妹。
(この“違和感”は、この少女の、この少女のせいだ)
フラッシュバック。小さい僕と、小さいこの少女。
(この少女は、僕の―――)
フラッシュバック。泣いている少女。涙の滴を落としている少女。
「やあ、世賭。・・・・・・思い出したか? 私のことを」
「ぁ、ああ―――」
(――― 僕の、)
「私も忘れていたよ。とある情報屋のおかげで思い出したけどね」
「聖―――お前は、聖か・・・・・・?」
「ああ、私は正真正銘、鎖月聖だ」
(聖は、僕の―――)
「聖――― 僕の、妹・・・・・・!」
聖はその端正な表情を歪ませて、嗤った。
*
少女は壁一面の本棚の中から一冊、分厚く古い本を取り出した。
――― 鎖月家禁書、『咎』。
「・・・鎖月家は、修羅の家」
・・・・・・幼い少女の呟きは、闇に吸い込まれるようにして、消えた。
...第参話に続く
第壱話...某月某日
――― 金色の鋭い眼が、暗い路地に浮かんだ。
「ひっ・・・・・・や、嫌だァァァ!!!」
容赦なく、鋭い煌きを見せて刀が振り下ろされる。
少女は一滴も返り血を浴びていなかった。人形のように整った容貌には、どす黒い笑みが浮かんでいる。
「はっ」
嘲るような乾いた笑いを響かせ、少女は路地から去っていった。
*
――― 時は2766年。武術、魔術、特殊能力の蔓延る戦乱の国。
その国の第二の首都とも言われるほど大きく繁栄した町、壱之町。その東部に位置する一軒の宿に、とある二人は昨日から宿泊していた。
「桜がもう散りかけているよ、世賭」
窓の桟に手を置いて、翠は静かな声で世賭に言った。世賭は自分の髪を結わえながら、窓の外を見やる。
「もう四月も終わりだからな」
「まだ二十二日だよ」
「あと八日も経てば五月だ」
部屋の襖を開けると大きな円形の窓があり、その窓からはいくつもの桜の木が見える。四月の下旬ともなれば、もうほとんど葉桜と化していた。
「そうか、今日は四月二十二日か・・・・・・」
「? 何かあるの?」
世賭の澄んだオッドアイが曇る。
「いや、何もない―――」
――― アリカの死から約一年が経った。裏社会に君臨し、裏で国を統べていた元皇帝で、そして仲間であったアリカ。皇帝の詳細は誰も知らない。アリカが出逢う以前何を見て、何をしてきたのかも知らない。だが、そんなことは関係なく、アリカは二人の仲間だった。大切な、大切な仲間だった。
そして二人はあの地を離れ、また旅をしている。忘れたかったからじゃなく、ただ離れたかったのだ。
――― それと同時にあのときから、世賭は密かに引っ掛かりを感じていた。何か忘れているような、“違和感”。今日になって、その“違和感”が更に大きくなった。
(僕は何を忘れている・・・・・・?)
「今日は天気も良いし、出かけようか?」
翠がにこりと微笑んでそう言った。世賭は小さく頷く。
「決まりだね。朝御飯を食べたら、行こう」
顔を洗ってくるよ、と翠が言って、世賭から離れた。
(この壱之町で、“違和感”の正体がわかるだろうか・・・・・・)
髪を結わえ終わった世賭は、静かに立ち上がった。
*
この数ヶ月、世賭の様子が若干おかしいことに、翠は気づいていた。当たり前だ、もう十年も一緒にいる。少しの変化でも気付くことが出来る。
だがその理由はわからなかったし、聞く気も毛頭なかった。否、聞けなかったのだ――― 恐ろしくて。
「第二の首都と言われるだけあって、ほんとに広いね」
「そうだな」
壱之町の中央部に位置する市場にまで、二人は足を伸ばしていた。ざわめく市場、その人の多さに圧倒される。
「北部は政府や小組織が管理しているビルが立ち並んで、近代的かつ都会的だけど、中央部と東部は和風的で華やかだね。西部と南部は西洋風らしいよ」
翠の説明を、世賭は黙って聞いている。
(何故僕は世賭に聞かない?)
市場を見ながら、自問自答を繰り返す。
(気づいているのに、どうして言わない? 何かあったの、と)
「あの果物、美味しそうだね」
「ああ」
(聞いても世賭が話してくれないだろうと思っているから? それが怖いのか?)
「違う―――」
「え?」
「ううん、何でもないよ」
(違う、怖いけどそれが怖いんじゃない)
ふ、と翠の足が止まった。訝しげに世賭が翠の顔を見つめる。
(僕は、世賭に出会う前の世賭のことを何も知らない。もしこの様子がおかしい理由にそれが関わっていたとしたら、僕はどうすれば良いのかわからない。出会う前の世賭のことを、僕は聞きたくないんだ)
「翠?」
「――― ごめん、ちょっと考え事・・・・・・気にしないで」
また、ゆっくりと歩き出す。
(何かが崩れていく)
――― この、町で。
...第弐話に続く
‡下剋上のアリス ~Astral Imperial~‡
プロローグ
―――下剋上に従う。
そこには鬼がいる。
―――少女たちは斬り開く。
黄昏は撃ち抜けない。
―――ただ、抗うだけ。
...第壱話に続く
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